自然農法の福岡正信さんがお亡くなりになった事が報道されました。
福岡さんは日本よりむしろ外国での評価が高いそうですね。粘土団 子により、荒廃激化中の或いは砂漠化した土地の復活には大きな成 果が期待出来るが、日本はそれでもまだ緑豊かな国土だとゆうこと が、福岡自然農法が今ひとつ普及しなかった理由かも知れません。
中村塾長執筆による『日本を救う?新旧農法あれこれ』を、縄文塾 通信(&時事小論)にて発表されましたが、そこでも当然に、粘土 団子を核にした福岡自然農法が取り上げられていました。
中村塾長の、「自然農法の基礎的な理論は、他を排除する『モノカ ルチャー(単一農法)』の矛盾を見事についたものといえよう」‥と の論は、それこそ見事に自然農法を言い表していると思います。
土地を耕せば耕すほど土質が単一になる。つまり団粒が壊れ畑作に おけるフレキシビリティーが失われる事は、私も痛いほど経験しま した。堆肥を入れれば良いと思われるけれども、堆肥はくせ者です。
私の町は、くせ者堆肥に気が付かず、いわゆる牛糞堆肥を畑に施し 続けた結果、メロン産地を台無しにしました。品質が一定でない堆 肥の弊害と、当局が指導する単一なマニュアル栽培が、一気にツル 割れ病を蔓延させたのですが、まさに『mono/単一』恐るべしです。
福岡正信さんは、「緑を育む大地・人を育む社会、ともに単一では なく多様性にこそ活路がある」との想いから深い宗教哲学を会得さ れ、それに基づいて開発されたのが『粘土団子農法』だと思います。 何れにしろ、自然農法の基礎的理論は、やはり侮れないないですね。
福岡さん亡き後の日本における自然農法ですが、中村塾長ご指摘の 「アグロ・フォレストリー」にこそ出番があると思います。粘土団 子から出る1本の太い根が、荒れ果てた里山や耕作放棄された農地 を必ずや蘇生させる事でしょう。私は種蒔きが大好きですが、まだ 一度も粘土団子はやった事がありません。亜流の『泥ヨウカン』へ の種蒔きは旨く行きますが、アグロ・フォレストリーには不向きで す。粘土団子に挑戦してみます。する事がひとつ増えました(笑)。
ようやく酷暑も峠を越えたのか、過ごしやすくなりました。しかし、 まだ日中は残暑きびしい事と思われます。ご自愛下さいませ。
|
|