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●不条理日記●
「仏道をならふというは 自己をならふなり 自己をならふというは 自己を忘るるなり
自己を忘るるというは 万法に証せらるるなり 万法に証せらるるといふは
自己の心身および佗己の心身をして脱落せしむるなり」
/道元   合掌

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3870.さらに独り言  
名前:LEIKO    日付:2017/11/18(土) 9:56
「八」はち  という漢字は

末広がりの「山」の形をしている >末広がりがおめでたいというのはなぜ?

末広がりの「山」の形をイメージすると、ピラミッドの形だよね
   ピラミッド
     ‖
    八間(やま)>四角に八方向の山と谷(記号があるけど、検索できず)
その八の間に8父韻が入る(らしい…これがよく理解できない)

〜生命の言葉の八相(八父韻)〜を「見る」のが『ヤマツミ』
(見るもの=>神代文字 文字のことがヤマツミ)

で。

八父韻が入る

クシフルタケ
振る振る〜

父韻の並びで、心が変わる。


あ。モーゼのことを考えてたんだっけ。
十戒が刻まれたタブレットが有名だよね〜
チャールトンヘストンの映画『十戒』で
神が稲妻になってタブレットに十戒を刻むシーン。
昔の映画なんで、若い人は知らないだろう。あれ。稲妻。
「神は雷鳴のように語る」だっけ???
神の言葉が刻まれたタブレット。それが十戒石で、アークの中に入ってる。
アークは、お神輿の形にそっくりというので、日ユ同祖論の発想が出てくる。
四国に本物があるとかいう伝説もある。
竹内文書には「モーゼ来朝する」とあるとか。小笠原先生によれば、その時、脳にガツンとインプットされたのが、十戒であると。
古事記にある、天津罪>なんだっけ「みぞうめナントカ〜」が天津罪。それが十戒。

日が駆ける、光、脳内の光は言霊のひらめき。

人間の脳の中では、毎分10億も光がピカピカしてるらしい。
言葉が脳内で組まれるとき、10億くらいは光るかもしれない。

量子力学の世界の「ブランク時間」ビックバンの起きる瞬間の時間は1秒の何千分の1
それが人間の脳の中で毎分起こり続けている日駆りのことみたい。

唯識(アビダルマ哲理)でも同じことを言う。

ダルマが過去のカルマで今ここに瞬時に現象を起こして、すぐに過去へ流れていく。
仏教はいい線まで行ってる。



実在は今ここの瞬間しかない。
不動とは、動かないと言うことではなく
全てに満ちている状態。遍満。遍満を不動という。
大日如来の化身が不動尊なのはそう言う比喩を込めた表現だ。

動かないではなく、全てに満ちているから不動。

そのことを気づいたら、言霊ブログでも同じ内容の記事が載っていた。
これも符号。

ずっと、動きについてのこと、考えてたから。その答え。

動き。命。息。生きる。命の間。今。イの道。イの満ち。

名前 内容

3869.符号する色々  
名前:LEIKO    日付:2017/11/7(火) 22:45
ひとりごとです
なぜこの命題が。という疑問のまま。
秩父で分水嶺を感応したとき、甲武信岳かと思ったんだけど、明後日「笠取山」に登ることになったこの流れは一体?と考えてしまう。大菩薩嶺と近い山。秩父多摩甲斐国立公園の旅が続く。

くらおかみ
「くら」は谷、「おかみ」は水をつかさどる竜神の意
渓谷の水をつかさどる神。記紀神話では、伊弉諾尊いざなきのみことがその子軻遇突智かぐつちを斬ったときに化成したとする。京都の貴船神社の祭神。

くらみつは
「闇」は谷間、ミツハは罔象女神の罔象と同意味の水の神で、「水つ早」と考えられ、「早」は早いことを意味し、始め、端、初期といった意味も持っている。
または「水走」と解して灌漑のための引き水のことを指したものとも、「水つ早」と解して水の出始め(泉、井戸など)のことともされる。そこから、水の出始めを表すとし、闇罔象神は峡谷の出始めの水を司る神。

谷神は死なず
之を玄牝(げんびん)と謂う
玄牝の門
是を天地の根と謂う
緜緜(めんめん)として存する如く
之を用いて動ぜず  …老子…

谷は八間、八父韻と関係してるのが分水嶺ってことなのでしょうかー。水は情報。情報を流す。わからん!

名前 内容

3868.インド占星術  
名前:LEIKO    日付:2017/10/30(月) 22:41
友達がインド占星術のクラスを開講してて
ちょっと見学に行った。

そのあと、色々と、イン哲のクラスの話題になり
思うところいっぱいなじ時間を過ごす。

イン哲のクラスは浮世離れしてる感と、すごく世俗的なことに関わることが
交差してて、考えさせられる。
人は、聖と俗とをどう和合させていくのかって
そういうトピックをいっぱい考えてた時期があったなあ、そういえば。

名前 内容

3867.毎日色々ある  
名前:LEIKO    日付:2017/10/19(木) 20:36
昨日は、近所の猫が車に轢かれた

とても人懐こい猫で、車にも突進してしまう危なっかしい猫だったけど
夜勤明けらしい、早朝の車にはねられたらしい。
ぐったりしてるのを発見して「死んでるかも」と思って
家人と一緒に駆け寄り抱き上げると暖かい。
まだ生きてる!と思ったけど、もうかなり虫の息。
弱々しい微かな息を感じたけど、もうダメそうだった。
急いで、部屋に戻ってタオルを持って外に出たら、歌人が「今死んだ」って。

瞳孔が開いて、肛門から尿が垂れ流し。
なんてことだろう。。。。
小さな命が、旅立ってしまった。
人懐こさが仇になってしまった。
夜勤明けの車は駐車場に停めてあって、轍の跡が物語ることは歴然としていた。
轢いたらなら、どうにかしろよ!と、怒りもこみ上げてくるけど、どうしようもない。

朝っぱらからそんな事件で、ため息が一日中止まらない。

野菊を摘んで、備えてあげた。



あああああああああああああああああああああ〜〜〜っっっっ

名前 内容

3865.如来蔵思想  
名前:LEIKO    日付:2017/10/17(火) 20:28
最近、あれもこれもと手を広げすぎな感。

インド哲学の授業に始まり
サンスクリット語の文法
唯識の講座
ヨーガスートラ購読会
法華経の精読
如来蔵思想
そして、神道の講座まで受講予定
あと、天台の法話


インド哲学は、3講座あって
 カタウパニシャッド
 ヴァガバッドギーター
 ヨーガスートラ

こうして書き出すとすごいね〜
これはいくら何でもやりすぎでしょう

ということをうすうす感じたのか
サンスクリット語の文法と唯識は少しお休みすることにした
(サンスクリット語は来年の3月まではやるつもり)
法華経は一応終了して、修了証ももらった(!)
インド哲学は、授業料がないからいいけど
他はみんなお金がかかる

知識は高い!
無理!

本当に、入谷の先生には感謝しかない。
貧乏な私がここまで勉強を続けられたのは
先生のおかげ。

あと、言霊学は、ネットと本で自己学習。

本当に必要な知識は、もうほとんど得られたような気がする。
傲慢かな?
世の中の知識のかけらしか知らないけど
世の中の、人類全部の頭から出てきた知識を網羅しようなんて
そんな大層なことは考えちゃあいないから。

本当に珠玉のような真実の知識だけでいい

それは多分、言霊学とインド哲学と仏教をすり合わせすることで
大雑把なところは掴んだから

あとは一人で切磋琢磨 習熟と繰り返し、離欲で何とかなると思う

行き詰まったらまた何かの講座に出てもいいし
それなら、入谷の授業で事足りるよ


なんか本当に駆けずり回ったなあ〜

しみじみ

3866.LEIKO > 如来蔵思想のことを書こうと思って、タイトルに入れたのに、すっかり違うトピックになっちゃったわ。如来蔵思想にあること、インド哲学で得たもの、言霊学で学んだこと、それらが一つのベクトルを持って、向かってる先が見える。だから、如来蔵。それは、いのちのことなんだって、思ってる。何とも表現のしようのない、すごいものだ。 ( 2017/10/17(火) 20:31 )

名前 内容

3864.山に行って  
名前:LEIKO    日付:2017/10/15(日) 10:8
山はやっぱりよかった

大変な道行きで、ヘトヘトだったのに
下山したら、また「山」とか言ってるし
つける薬もない。中毒。

今回は(今回も)色々あって、時間の計算違い。
山小屋に着くのが、日没に間に合わずにヒヤヒヤしながら
片方崖の道を歩いた。
一番怖かったのは丸太橋を渡るとき。後方の人がライトをつけてくれたものの
ライトが邪魔で余計に怖い。

群馬でよくナイトウォークするけど、あれはライトをつけない。
ライトをつけると、かえって目がやられてしまって、闇が見えない。
ライトはつけないほうが見える。
人間の目の不思議。

まあ、曇ってガスってたけども満月だったというのが大きい。
何度かナイトウォークをする中でわかったのは、満月の時は曇って居ても明るいってこと。
新月では晴れて居ても、真っ暗。

今回は満月にも助けられた。

という経緯ありの。

楽しかった。

山は美しい1また行きたくて、地図を調べて色々わかること。山梨、なんか呼ばれてる。

名前 内容

3863.苦しむ人々  
名前:LEIKO    日付:2017/10/4(水) 0:31
いこの方便の作り出した世界と苦闘している人を見る

そうだよね。私の毎日もそうだもの。
苦しんでいる。そう、何一つ変わらないことがわかって苦しむ。
その中で、私が得た答えは、自我とう幻を捨てること。

自我というのは、自己統一性を保つ「記憶」の中にのみ存在する幻のようなもの。
記憶が存在するのか、問われれば、それは幻としか言いようがなく。
昨日会ったことは今日はない。
全ては刹那滅に進行している。

世界は刹那に生成して刹那に消滅している
という唯識での世界観を知った時
その刹那滅で断ち切れているはずの瞬間を何が繋げているのか、という疑問が湧き。

瞑想していて、自己統一性というのが消滅して、この世界との関わりが
消滅してしまうような感覚がきて慌てた。
この世界は、記憶とうものが前の世界と今の世界、これからの世界を繋げている。
記憶がなければ、全てはバラバラに飛び散って、宇宙は構成されない。

非可換幾何学とは、そういう世界を証明しているのかも。
単なる想像だけど。

そして、法華経。
アンタリクシャ、と、アーカーシャ。
数珠のように個々の世界が連なるイメージが
自己統一性を保つ記憶の瞑想と酷似していた。


世界はそんな風に出来上がってるんだろう。
瞑想しなくても、よく識別して考えてみれば、そのような世界のイメージにたどり着く。

これは想像でも何もなく事実なんだと思う。
そして、その数珠繋ぎの世界観は、古事記の禊祓いの章で出てくる
筒の男の神のイメージにも酷似している。

三柱の貴子が産まれるところ。
テケメヘレネイセ、トコモホロノヨソ、ツクムフルヌユス
と連なって出てくる子音のイメージとそっくり。
法華経では、それぞれの数珠の玉のような世界の中に一人一人の如来(?仏?)がいて
それがずるずると連なっているイメージだった。



まあ、私のたどり着いた結論があってるかどうかは定かでないけど
なんかきっとそんな感じなんだろうな、と思う。

それがわかっても何も変わらないけど。


ただ、自我が存在しないというのが、ものすごい救い。

私というのはどこを探してもいない、存在しないのだというのが理解されたので。
それは、文法を学んでいて出てきた結論とも同じ。

行為者は誰なのか?というトピック。
行為者とは、私ではなく、五大というか、命というか、如来というか
世界を動かしているブラフマンと言おうか。。。。

私はいない。

あるのは、世界を動かしている神のごとき存在のみ。

名前 内容

3862.あらまあな一月  
名前:LEIKO    日付:2017/10/2(月) 19:18
怠惰に過ごしています

だいたい、週の半分くらいしか動いてないなー
今週は、大菩薩峠、ちゅうか、大菩薩嶺に山小屋一泊で行ってくる予定。それ以外はない〜
勉強しなくちゃ〜
だけどしてない〜

言霊学の深部に触る感覚が生じていて、すげーなーって思い中
まあ、錯覚かもしんないけどねー
ただ、わかりかけてる感じがするだけー

法華経と唯識のおかげかも〜あとイン哲。
聖人方々、および師匠に感謝。
ここまできました私。
色々あったなあ〜って言うか今も色々あるんだけど!
何一つ変わらないんだけど!
先日、大魔女と6時間ぶっ通しておしゃべりして、一体何をそんなにしゃべったのか
定かではないのですけども、何かを変えたくて自分を変えることと
何も変わらないことを受け入れて、自分が変わっていくのは違う、と言う話になった。
前文は、欲望主体。後文は知恵が主体と言えるかね。。。ちょっと説明し難い。
今のスピ界は、欲望主体で、自分を変えるやり方が主流。
欲望肯定、自我肯定。それのどこが悪いって、そう言う話は山ほど聞く。
だから、金城音図。

それを、八針にとり裂き「太祝詞音図」に宣り直す。
それが、本当のスピリチュアリズムであるけど、それに気づく様子もないスピな人々。

まあ、そう言うことがわかっても、どうしようもないといえばどうしようもない。
ただ、自分の生き方がわかってきた。楽にはならないけど、楽になったね。
あはは。

そゆまいにち

名前 内容

3860.「オ」も面白い  
名前:LEIKO    日付:2017/9/8(金) 10:49
面白いも「オ」か。。。。
ううう〜む記憶とは恐ろしい

インド哲学でも「怒り」は過去に聞いする、記憶に起因すると言ってるようなもの。
人は記憶で戦い、争う。あのときああされたからこうする、を歴史で永遠に繰り返している。

「オ」の神名は「アシカビヒコヂ」の神
葦の芽は、どこからどこまでが何で何かわからないほど絡み合ってるそうで
それになぞらえた神名が、アシカビヒコヂ。
記憶とはそのようにどこが始まりで終わりかわからない(インド的にいえばアナーディアナンタ不生不終>『無知』-無明-のことをアナーディ=不生、始まりのないものともいう)
それが、果てしない争いを生んでいる。
記憶というのは厄介ではあるけれども、それが科学の発展にも寄与している。
だから、言霊『オ』は学問・科学を司る。
この世界が発展してきたのは、オとウの言霊次元が支配してきたから。
仏教の聞法もこれに当たる(らしい)
原因結果が果てしなくぐるぐるしていく世界。
ここからの離脱が、これからの世界で、小笠原先生は「第三世界」と呼んでいたとか。
ここからが正念場というか、新しい世界を担う一人一人の人類の働き、その言葉が重要になってくるという示唆も含めて、島田先生は講義をしていた。
残念なのは、私がここまでわかった時にはもう先生がご存命でないこと。
言霊の会のことは、私がネットを始めた当初の2000年前後には目に入っていたけども
私のレベルがそこまで追いつていなかったために、全て出遅れ状態で。

んで昨日の言霊ブログ
言霊『オ』は、尻尾の『オ』でもあることを、禅の公案を使って
紐解いている。
---------------
2017年09月07日
言霊 布斗麻邇講座・何の話をしてるのか?

天下の名僧といわれた兄弟が橋の上を歩いていた。そうしましたら向こうから絶世の美人が渡ってきた。二人共にあんぐり口を開けてしまって、兄はよだれも垂らして、言葉も出ない。

弟の方は過ぎ去るとハッと我に返って「坊主とあろう者が情けない」、兄は振り返って、美人の方を見て、又、よだれを垂らしてしまった。橋を渡り終わって、兄に弟が「兄さん、あまりにも不設楽すぎる、少しは行儀も考えろ。」

「美人を見てよだれを垂らすのは仕方がない、通り過ぎたならまともに返れ」と弟が窘めると、兄が「お前は何の話をしてるのか?」、美人をみてよだれを垂らしていたじゃないか、「あぁ、そんなことか。」

弟はそれから修行僧として兄にはとてもかなわないと悟ったという話です。
どこが違うのか、通り過ぎてしまったなら尻尾もないのですから、兄さんの方は忘れてしまった。弟は覚えていて「何であんなことをやるんだ」、どうして尾っぽだけが現れているのか。

3861.れーこ > ちなみに「面白がれる」のは、『記憶』があるからなんだね!過去との照らし合わせで面白いって思うんだ。。。やだね〜笑。楽しいは違うね。きっと。 ( 2017/9/8(金) 10:51 )

名前 内容

3858.メモ  
名前:れーこ    日付:2017/9/5(火) 12:44
言霊メモ *重要*『ウ』


言霊 布斗麻邇講座・ウる

 ウる=得る
 総て手にする、自分のものにする心の象徴(欲望)を表わします。大きな事業を起こすのは大きな利益を得たいから。政治家は日本の国を動かしてみたい、動かしたい、その結果が最終的に総理大臣を生みます。

今の政治は本来「エ」の次元でするものが、イとエが隠れてしまっておりますので、ウが突出して世界を動かしております。そこに矛盾が起こります。

どんなことでも一生懸命やるのは隣の人に儲けさせたいというのは有り得ない。隣人が好きだから、恋人のためというのは有り得ても、それは自分が好きな人に対する行動で「得る」に変わりはございません。

3859.LEIKO > 5日の言霊ブログ〜ウる〜は売るにも通じる。なるほど!!!!売り買いは、ウりカう。売り支う。買うとは交うこと、たたかいにも通じる。。。。日本語おそるべし。 ( 2017/9/6(水) 8:45 )

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3857.コトタマ〜物理  
名前:LEIKO    日付:2017/8/16(水) 10:16
今日みた夢。

目覚める寸前までみてた。

なにやら、数学の難しい方程式や、理論物理の法則が、一つの単純な方程式で説明できてしまう、大統一理論、というのを考えて眠りについたせいか。

その大統一理論が理解されて、ああ、全てはこのようにシンプルに明快に説明できるのだなあ…と夢の中で思っている。。。。全てが必然でこうなってああなって、これでこうなるんだ、ということが理論と数式で確かめられて、起きる寸前まで、そうか、そうか、と納得していそして目覚めた。

この世界の混乱は言葉の混乱で、その乱れを正せば、全てはスっっと美しく流れて行く、そのような意味合いかも。

古事記にある「畔を離ち溝うめ…」とは、その言葉の乱れのことだった。
それを正すのが、大祓祝詞だった。

現象世界のことは、心を正せば良い。
現象とは表、心は裏。
万葉言葉の「うらないまかなはす」「うらかなし」等々の「うら」とは心のこと。
裏を知れば、表が知れる。
裏を変えれば、表も変わる。
裏の世界の方が、表の世界より広大というのは、インド哲学で学び。
心の世界は、時空を超えている、その想像力は現象の束縛を受けないゆえに。

けれど、ココドノワタシが示すように、
高天の原〜精神世界と、黄泉の国〜物質世界は決して交わらない。

表と裏の関係であるけれども。
一つにはならない。

名前 内容

3856.お盆です  
名前:LEIKO    日付:2017/8/11(金) 21:32
祖霊祭。インドでも同じく。

祖霊を祀る季節。

ウーランバナともいうのだったか?
皆、のんびり帰省でしょうか。

私は日々変わらず。
昨日、唯識の授業の後、石神井で
スピイベントをしてる古い友人に会いに行く
なんとなく流れのまま最後までズルズルとお邪魔して
夕食も一緒にして帰宅。

日々なんとも漫然と過ぎて行く私。

そうそう、とても久しぶりりマヤカレンダーの話を聞いいた。

10年くらい前に講座を受けたことのある、アスワの。


それで、昨日は青い嵐の始まる日だったという偶然(必然)だったということで
宇宙に生きてる感じを少しだけ味わう。
2012年以降に封印を解かれた情報の話とかあって
それ、知りたいわあ〜笑

みたいな。

久しぶりにスピでした。
が。
苦手系の人のセッションをまんまと受けてしまい。
宇宙の采配には混乱させられる。

ライトワーカーって、そんなに楽しいのかなあ。
わからん。
それを喜んで「やらされてます〜」なんて、今時
絶滅危惧種じゃないの。
なーんて、ネガティブなことばっかり思ってた昨晩のわたくしでございますう〜笑
ネガティブなんてなんのその。それがどーした観音様。って感じです〜

スピリチュアル系で、本質に触れている人は稀。

「何故なのか」と言う理屈や理論をすっ飛ばす人が多過ぎ。
やっぱり、ベースにしっかりした哲学が必要なんだと痛感した昨日でした。
わはは。えらそーになる私〜

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