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●不条理日記●
「仏道をならふというは 自己をならふなり 自己をならふというは 自己を忘るるなり
自己を忘るるというは 万法に証せらるるなり 万法に証せらるるといふは
自己の心身および佗己の心身をして脱落せしむるなり」
/道元   合掌

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3811.唯識  
名前:LEIKO    日付:2017/1/13(金) 20:12
受講しました。
ああ!8年前に青松寺で玉砕した唯識の思い出が、上書きされました。
「理解」というかたちで

この8年の学びは無駄で無かった。
インド哲学に始まり、サンスクリット語、瞑想、ヨーガ、そしてなにより『言霊』!

いろいろな学びはただひとつ、人間の心、についての洞察だった。

それが分かって、更にその深奥に入る感じで。


うひょうひょ言いながら、金欠になりつつ、今年も始まる!
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

名前 内容

3808.きゃ〜  
名前:LEIKO    日付:2017/1/11(水) 23:1
あけおめもしないまま、七草も過ぎ、松の内も目前。

いやはやややのや。

新春は、やはり秩父に詣でて、札所34カ所満願しました。
ヤターーーーーーーッッッッ!
vvvvv!!
目指せ先達を〜

で、すっかり御朱印ガールと化して、手印集めに奔走というか。。。
たのしい♡。手印集め。。。
そして、茶道の初釜で、着物着るのにすったもんだして。
そして、サンスクリット語、今年初授業。その合間に、パートに行ったりなんだり、勉強もして。お正月気分は全く無し。。。。のまま。
今年はなんもお正月らしい気分を味わおうとせずに過ぎたなあ。

ベジおせちだけはたのしかったけど。

そして、なんか金欠に陥る私。
朝日カルチャーの授業料にお金が飛んでいる。。。

明日は唯識の初めての授業。ついて行けるんだか心配。

そうそう、プチ断食の最中。ま、一日だけですけど。
インド式にはエーカーダシに断食するといいらしいが。
もうエーカーダシは過ぎてるなあ。いろいろありの新年幕開け。
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

3809.LEIKO > お〜11日の11時1分だー ( 2017/1/11(水) 23:2 )
3810.LEIKO > 1月11日11時1分ね。 ( 2017/1/11(水) 23:2 )

名前 内容

3806.古峯神社は神社もすごかったけど、一緒だったメンバーが変で…  
名前:LEIKO    日付:2016/12/31(土) 22:8
話題がとにかく、インドでしょ、天狗でしょ、ニューエイジ系のスピな話題でしょ、古代史でしょ、神社でしょ…がわんさか。

情報ありすぎで何喋ったのかさだかでないけど、最後、また『丹』の話になり。
丹は辰砂とか赤色硫化水銀とか言われる。
中国では『仙丹』という、仙術に使う丹、薬に、辰砂が使われていた。
そしてまた、丹は『賢者の石』とも言われる!!!

なんだろうね、この丹っていう鉱物は。

で、古来、鉱物資源の知識が豊かだった渡来人と丹はとても密接な繋がりがあった。
そして、その知識は修験にも関係している。
空海は、鉱物資源についての知識に詳しい渡来人のネットワークを持っていたとかいう話。
で、空海の最後は水銀中毒の症状だったのでは、という話も(トンデモ?)本で読んでいる私。そこだけよく覚えている。
で、インドの養生学というか医学というか、の中に、こういった鉱物を扱う分野が独立してあったらしい、ということを、この日耳にした。
興奮ですよ、わたし。そうなの!って叫んじゃった。
それは、水銀を無毒化する方法があって、その無毒化された水銀の効果がすごいらしい。
それこそ、仙人になれちゃう薬かもしれない。それを空海は使っていたとか???
インドには昔からそういう学問があったそうで、それを中国伝いに空海が手にいれてもおかしくはない…という話になって…
えええええ!
みたいな。
それじゃあ、超人への肉体的なスイッチを入れる何かしかの方法を空海は密教と一緒に持ち帰ったのかも…という妄想が…笑!とまらない!爆

空海が、金星が口にとびこんできて悟りを得たって話とも、鉱物の話がなんかつながる臭い!(→暴走)

それでだな!その事を聞いたあと、興奮のまま帰宅して、なんとはなしにテレビを見ていたらシンクロナイズドスイミングの番組で何故か『脾臓』の話題をしている。
脾臓?
みたいな。
ぜんぜん、欄外で見てない臓器。
その臓器が、水中に住むほ乳類では重要な役割をしてる、という話。
長い時間水中に潜る時に、脾臓が蓄えた酸素たっぷりな血液を放出して、無呼吸状態を支えている、という話だった。長い時間水中にいるシンクロの選手は、この脾臓の働きが通常の人より活発だった、という。。。。
えええ?もしかして、脾臓って、あれ、シュタイナーのオカルト生理学の中で『重要』って位置づけなかったっけ???みたいなことを思い出し、ネットで調べる。
脾臓は、肉体的には(物質的には)ほとんど役割が無いが、霊的にはとても重要な役割がある…ということだった。
   それだーーーッッ!
なんかわかんないけど、それだ!って気がする。
そしてまた、最近の私の興味に、チベット密教で言う「覚醒」があった。
なぜか、そういう話題をしてるページを見つけて、もう、釘付け。
なんじゃこりゃ的。
クンダリーの覚醒は、モノによっちゃ、すごく危険でというか
エネルギーがぐちゃぐちゃになって、一生を棒に振るケースがある、という。
で、そこに有効なのは、信仰、とか、知識(普通の知識では無い、インド哲学がよく使うパラビッディア、至高の知識のこと)であるというような事が書いてある。
この時、わたしにはいろいろなシンクロが巡っていて、一連のこれらの情報は全て一つに繋がっていると思える。
それは、生物的な進化と霊的な進化の事。
それをだれかが教えようとして、シンクロを起こしているとしか思えなく。

多分、人間が進化するには、色々な鍵があるのだが
その中でも重要なのが、脾臓、呼吸、丹(賢者の石)、脈管(チベット密教の言う)、金星、鉱物…

それは、知識の土台が無いと危ない。

人間の自然な進化の過程で、霊的な進化が起こるなら
そこで、過去のカルマに引きづられて覚醒を止めてしまうことがあるかもしれず
それをして、危険、という説明をしているのだと思う。

そこに普遍的な知識を以てすることが重要で。


チベット密教では、顕教の勉強をとても重視する。それは知識に関するものだからだ。
その知識がない、半端な覚醒では、その人にとって危ういことになってしまうと。

そして、なぜ仏教かというと、これはサンスクリット語を学んでいる中で知ったことだが、仏教と言うのは、神を否定したことにより、心理面を深く掘り下げざるを得なくなり、心理面の発達は、他の六波哲が及ばない深くまで掘り下げることをやってきた。
勢い、その中で「人間とは」の深い洞察が培われ、その知識によって、また覚醒も促されて行くことになる。というような。あーなんか書く手がおいつかない。まとまってない。けど、こんな感じの神社巡りだったわけで。

神社というのは、ある意味「装置」として優秀なものかも。
そこに参る、詣でることでの心理的変化。
人間を洞察していた、古代日本のヒシリたちがそのシステムや、装置に熟知していたことは想像に難く無い。。。。。
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

3807.LEIKO > いやー、かなりあぶねーこと書いてるよ〜わたし! ( 2017/1/1(日) 0:26 )

名前 内容

3805.古峯神社再訪  
名前:LEIKO    日付:2016/12/29(木) 22:50
ひじょーにねむい

一緒に行った睡眠の足りていない友だちよりも
ずっと睡眠時間を取っているわたしが
とてもねむいのだ〜〜〜〜っっ

つづきはあしたさ
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

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3804.そして今日もサンスクリット  
名前:LEIKO    日付:2016/12/26(月) 0:3
ヨーガスートラ原典講読

はあ〜なんか最近勉強ばっかり。。。。
人のバイオリズムっていうのはさまざまですねえ。
今わたしのバイオリズムは勉強モードまっさいちゅう。

数年前は、人との出会いがすごく多かった。
最近そういうのは無い。
ぽちぽつと、縁ある人には出会うけれども、以前ほどではない。
それよりも勉強モードがすごい。

どしたわたしってくらい。

唯識は、7年くらい前に、青松寺の唯識講座で挫折してから
諦めきってたけども、なんか私の中の唯識熱が高まったのか
状況が揃ったのか。
「成唯識論」通い始めるかも。
なんとか着いて行けそうな講座。
漢文はこりごりだったんだけど、それもクリアできそうな。

唯識もやっと出来るまで私自身が成熟したってことかしらね。

そして、言霊学で、心をどう扱うか、その助けにもなりそうな気配。
そういう流れで、唯識が来たのだと思う。
心を扱う、心を知る手がかりの為に。
言霊の手がかりの為に。

私のアートマが手を貸してくれたんだから、がんばるしかない。

えーい!
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

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3802.今日も疲れた  
名前:LEIKO    日付:2016/12/24(土) 21:23
いつも疲れているわたし。

今日は、クラスの先生の飛ばしっぷりに頭がついていかず
ふらふら。
疲れました!

今、どこ読んでるの?先生…みたいな。
どこの単語?どの類?どのページ?どの本?
サンスクリット語の数字をちゃんと覚えてないから、ページを言われても
あたふたするばかり。。。。
そして、ラカーラ、スタ、人称語尾、不変化辞、語根、現在語幹受動態能動態命令願望語幹語尾…
もう、あっぷあっぷでございました。
これで、来年からは読解の初級クラスに入るのだから、自信もくじける。




というわけで、老骨に…もとい老頭にむち打ち、記憶と智慧に頼りつつ
がんばります!
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

3803.LEIKO > しかし、よくここまでやってきたよな、じぶん。ほめちゃるわ! ( 2016/12/24(土) 21:24 )

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3801.ときどき  
名前:LEIKO    日付:2016/12/22(木) 14:37
ときどきじゃないけど、自分が先月なにしてたのかよく覚えてないことが。
で、たしかあそこに出掛けたけど何時だっけ?みたいな。
出掛けたのは覚えてる。
でも、いつだったのかさっぱり。。。。
老化か。

それで、ここに日記を書いてるのが助けになって
「あ、そーそー」と、思い出す次第。
こんな日記でも役に立つ。
役に立つっていうか、たんに備忘録。なんてかっこいいもんじゃなくて
ただの、人生メモ。



今日は、晴れてたから洗濯。でもお昼に雨!!!
そのあと、姉に頼まれた年賀状作り。終わって直ぐにプリントアウトして
速攻、郵送。
で、いきおい自分の年賀状も作る。
それからご飯を食べて(朝とお昼一緒。ぶらんち?)
で、スケジュールを整理しようとして、11月に、自分なにやってたのよ?と
ここの日記をひっくりかえし。。。。あはは。
はい。今日もそんな風にして一日終わる。予定。まだ2じだけど。
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

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3800.にゃにゃんとも  
名前:LEIKO    日付:2016/12/20(火) 22:53
うちの猫介と、ねこじゃらしで遊ぶ。
こうふんのるつぼと化した猫介。
立ち上がって猫パンチ。

かわいい。。。。
おまけのこのこはよくしゃべる。
感情表現が豊かである。

ほんとおやばかっぽいわたしである。
あははは。
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

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3799.…というわけでね  
名前:LEIKO    日付:2016/12/19(月) 21:42
私にイラストの仕事をまわしてくれようとしている編集の方には悪いが
ぜんぜんやるきがない。。。。
アタシ、肉体労働でぜんぜんいいの、っていいつつ、
すでにアマゾン辞めたくて辞めたくて。
(あの会社も、最低の部類)
なのだが、またアマゾンで本を出すかもだけど。

アマゾンで本だしても、なーーーんのメリットもないのよね〜
宣伝とか、プレゼンとか、全部自分でやらないとだめだしな。
やっぱ、本は本屋です。
アマゾンは本屋じゃないから。
ただのネット屋だから。
実態はなんのことはない商店だろ。えばるな、アマゾン。
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

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3798.100歩譲って…  
名前:LEIKO    日付:2016/12/18(日) 23:36
(あるクリスチャンとの会話)

あなたの論理がそれなりのものだとして(それなりにもならんものだったが)
もだね、やはり、自己の内観をしないクリスチャンというのは
どうも傲慢に思えてしょうがない…
自分の理論が真理だという思い込みというか、陶酔感して、熱く語られると
ぜんぜんシンパシーを感じないこちらとしては、息苦しくなってくる。

その方は、自分の発見した論理が普遍的論理であると、確信してるのですが。
ぜんぜん普遍的じゃない。
で、その普遍的ではないところをいくら突っ込んでも全然通じなくて。
自己完結してるので、わたしのような愚者の凡夫に通じてないのが分からないらしい。

相手のレベルまで降りて話して下さい、と最後にお願いして別れましたが。

そして。
なんであんなに「罰」とか「法」とか「死(神の罰)」とか、ネガティブな言葉ばかりなのかしら。。。。もう、こちらの胸が苦しくなってくるくらい。
ヤメテ〜っっそのネガティブワード攻撃。

おもわず「その神様、すごく変だね」って言っちゃった!
彼女、言い返せず、傷ついた目でこちらを見ておりました。
いや、わたしこれでも大分抑えて言ったんだけど、きつい一言でした。はい。その通りでござんす〜傲慢さに気づかない人をノックアウトしちゃったようだ。。。。



コミュニケーションという技術というか、相手にどうやって自分の言いたい事を伝えるかの
その、基本的人間関係のところ。って、どうしたら理解できるのかしら。
世界は開いていて、自己の中の完結した世界をきちんと言葉で表せなければ
それは無いも同然!

いやもうほんとめちゃくちゃ疲れちゃったんだけど
帰宅したらけろっとしてるわたしもわたしで、相当の強者。
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

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3797.問いと応え  
名前:LEIKO    日付:2016/12/18(日) 10:28
先日、大魔女に「問答」の事を話した。
それにシンクロするように
『コトタマノマナビ』で同様のテーマが進行中。
宇宙からの答えはこうして還って来る。。。。ということも実感中。
で。
サンスクリット語を学び始めのときの、第一発の気づきが
 〜師弟の会話〜
だった。。。。。
インドの聖典、仏典、ヴェーダ、ウパニシャッド…
「シュルティ」と呼ばれる聖典は、全て『会話』であること。
リシ(聖者)と神の会話で、リシによって「聞かれた」書物がヴェーダ聖典。

ヴェーダには、それぞれ「このリシによって聞かれた」というインデックスのようなタイトルのようなものが文頭にあり、内容が続く。

何故「聞かれたか」と言えば、そこに『問い』があったから。

以前にもこの板で書いた事の繰り返しと言うか、再確認だけども
この「会話」である、「問答」である、やりとり、が、実はとても深いもので
ずっとインド哲学を学んできた内容が全て「問答形式」だったことの意味の重大さに気づいた時は、唖然というか茫然と言うか「そうだったのか!」目からウロコというか
要するに、心の中で何かがまとまった=>タガ

『拈華微笑』というトピックが仏典にある。
これも、師弟の問答。
言葉は無いが、仕草の中に言葉が通っている!!!!



カタウパニシャッドでは、ヤマ神(閻魔)とナチケータ少年が会話するが
その会話の中で、ヤマ神が愛しげにナチケータを呼ぶシーンがある。


世界は知識に満ちている。
そこに全ての答えはある。
しかし、それを取り出す主体が無ければ、それは何の役にも立たない。
問いかけがなければ、知識は死んだまま。
蘇らせるのは、問いなのだと。
黄泉かえる、問いによって、知識がよみがえる。
問われなければ神は答えようがない。
神も、そのシーンでは「客体」となり、主体が問うてくれるのを待つのみ。

主体は、弟子
客体は、師匠

インドでは、先生はたくさんいるけれども、生徒が居ない、という
実話とも暗喩とも取れる話を、入谷のクラスで聞いた。

それは、問答がワンセットで、完結するもの。
これが「会話」であり、言霊循環であり、世界の成り立ちなのだと実感したのが
その、サンスクリット語のクラスの初頭だった。

そして、いままた、その再確認と、理解の深化。

    ア
ウ <
    ワ

解りたい、分かりたい、知りたい、その主体に答える客体結論の応え

シニフィアンシニフィエ

世界の成り立ちに思いを馳せる
http://old-spirit.at.webry.info/201611/article_1.html

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