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ライオンとペリカンの会・掲示板

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437.レポーターの弁  
名前:山下龍一    日付:2018/2/9(金) 21:14
「正しい本の読み方」テキスト選択動機といってはみたものの、そんな大仰な「何か」を考えてのことではない。
読み方を、初心に還って「学ぶ」ものに目が向いていたのは確かだが。ただ、「買って損はなかった」と言わせるだけの新書ってないかな、くらいの軽い気持ちだったのでした。
そういう意味では、スコンとツボにはまった一冊といえると思う。

この会では、おそらく、上位三位以内にはいるほど取り上げられている著者になる。
憶えてるだけで通算5冊目じゃなかったかな。

「本は、誰でも読めます。/じゃあ、本の読み方が、なぜ必要か。/本が多すぎるからです。本が多すぎて、全部の本を読むわけにはいきません。本を選ばなければなりません。だから、どうやって本を選べばよいか、についての本が必要になるのです。」−「はじめに」より

たぶん、いかに本好きの、また、読み巧者の方でも、買ったはいいが、途中まで。タイトル名や有名度で買って棚の中でいつまでも視界から外れている本がそこここにあるのではないでしょうか。
この本の凄いところは、入口が、消費行動としての読書レベルに設定されているところです〔基礎篇〕
そして、「本は何の役に立つのか」。なんか、学校嫌いで、かつ、社会に出てから成功した叩き上げの実業家がよく口にする「教科書には書かれていなかった事を、俺は社会に出て学んだ」みたいなのとは全然違う。かといって、『すぐ役に立つ論語』『人生を豊かにする聖書』『宮本武蔵の帝王学』『意外とスゴい加藤清正』的な、自己啓発本とも全く違います。どう違うのか。社会を眺めたときに、本を読むことが自分にどのように関わっているのか、あるいは、行動にどの位影響を与えているのか。それを気づかされる。
そういった記述になっています〔応用篇〕
そして社会−本−自分の関係に気づいたら、その「前提」条件をたえず確認し、更新しながら自分の見方感じ方を増やしていく〔実践篇〕
新書で250頁。さらっと。三日もあれば十分です。
しかし。これから先の人生、貴方の本棚を眺める視界から、この本が消えることは二度とないでしょう。

436.続投  
名前:山下龍一    日付:2018/2/1(木) 12:55
お待たせいたしました。
2月のテキストが、決定いたしました。
紆余曲折の末、『正しい本の読み方』橋爪大三郎(講談社新書)本体780円(税別)、2017.9.20/と相成りました。
レポーター選択動機は、また、後ほど。
よろしくお願いいたします。

435.2月読書会の件  
名前:筒井    日付:2018/1/22(月) 0:8
23日の件ですが、仕事のシフトの都合がつかず、19時まで働いてからの途中参加になります。そろそろレポーターをと思っていたのですが、テキストを平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』や千葉雅也『勉強の哲学』とか考えていたのですが、読み終わると向いていない気がしています。テキスト選びは難しいですね。

434.分ける  
名前:山下龍一    日付:2018/1/21(日) 22:1
どうあげさん 報告ありがとう
それから、野さんも素敵な弦楽四重奏曲/散文詩載せてくれて有り難う
チェーホフの「かるみ」やユーモアが、そして、肥前の酒蔵めぐりで観た「ひょっとこ」踊りの仕草が、まだまだ足りないのかな僕らには。

昨年は、通読出来た本は、限られてましたが、三冊あげると、以下のもの。
@『呪文』星野智幸(河出書房新社)
A『水死』大江健三郎(講談社文庫)
B『もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために』加藤典洋(幻戯書房)

日本思想の二重構造(顕教/密教)を、ディストピア小説に仕上げてしまった異才の傑作。そのうち映画化されそうな、完成度の高い作品であった。
(この項書きかけ)

433.2017年12月の読書会報告です  
名前:どうあげ。    日付:2018/1/10(水) 16:24

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
このたびは昨年12月の読書会報告をいたします。

 読書会報告 12月22日(金)
 テキスト  :加藤典洋『敗者の想像力』
 レポーター :山下龍一
 参加者 :別府、筒井、河口、松井、高野、森下、福岡(敬称略)

このたびは山下さんがレポーターということで、報告者は福岡となりました。
短い準備期間にもかかわらず、レジュメ5枚(本当は7枚のはずだった)に、年譜4枚。
きっと失われた第2部の2枚のレポートはどこかで幸運な方が拾われたのでしょう(^^)
本の構成に従って第一部から順番に、山下さんの丁寧なコメントが綴られています。
私個人としては、さいごの「あとがき」がよかったですね、
著者を身近に感じられるエピソード。ウグイの示唆もミステリアスで素敵です。

ただし、ライペリの皆様は(相変わらず?)辛口のコメントが多く。
松井さんの、比喩表現のまずさについての考察、
高野さんの、エンターテイメント等々についての質問の数々、
ほか、連載にしては、テーマがぶれて読みにくい、
もっとも重要な概念である「敗者の想像力」が明確な像を結んでいない、云々。
最後に締めくくった森下さんの一言「加藤、老いたり。」に、皆の意見が集約された気もします。

前回の書きおろし『戦後入門』が、たいへん精力的で緻密であった分、
同時期に連載された『敗者の想像力』はどこか遊び心のあるエッセイ風になっても仕方ないかもしれません。
『戦後入門』とあわせて今回の本を読んでみると、加藤さんの歯がゆい気持ちが伝わってきそうです。
本来は、戦後、占領と屈辱の日々を真っ向から受け入れ、その悔しさをばねに、
国際社会と同じ立場に立って、占領は民主原則にもとる行為だと主張し、
まっとうな独立を手にいれなければならなかったのに、
戦勝国側の「精神的な武装解除」に、日本の側もこれ幸いと乗っかってしまった挙句、
いまのようなねじれた状態が続いているんじゃないか。
ともかく、まず負け切らないといけない。そうしないとスタートラインにも立てない。
(高野さんの詩の「チェーホフ」のように。)
だからまずは、負けた者のみが持てるどこかほの暗いけれど豊饒な世界にどうぞ、
という道案内エッセイとして読むと、少しこの本の真意がつかめるのかな、と。

読書会報告なのに、自分の意見が長くなってしまった…。
ともかく、今年もたくさんの素晴らしい本に出会えますように(^^)/

432.「中動態の世界」に触発されて書いた詩  
名前:野吾朗    日付:2017/12/25(月) 15:49
先週金曜日の読書会も、いつも通りの盛り上がりとなり、本当よかったですね。

来年も引き続き、できうる限り参加いたしますので、どうかよろしくお願いいたします。

先週金曜日の打ち上げ飲み会の席上で、酔った勢いにまかせて「掲示板にアップします!」とお約束(?)してしまった自作詩を、恥を忍びつつここに謹んで紹介させて頂きます。お口に合えば幸いです。

草を刈る人        高野吾朗

はるか昔 中学校の英語の授業で
君がはじめて「受動態」を習ったとき
「能動態」との違いを懸命に学生たちに
説明する 男性教師の顔を眺めながら 
なぜか君は 少し前にたまたま見かけた
ある女のことをこっそり思い出していた

この国の中で 唯一の過密都市はここであり
そしてこの街で 唯一の草茫々の地といえば
あの奇妙な女が作業していたあの場所のみだ
雑草ばかりが生い茂る あの辺鄙な空き地で
鋭い鎌でただ独り草を刈る 彼女の足元には
錆び付いた大きな銅板が ひとつ置かれていて
その銅板には ひとりの男の顔が彫られていた

君が女に会ったのは それが最初で最後だった
学校からの帰路 じっと立ち止まったまま 
黙って彼女の仕事ぶりを眺めていた君を見ると
鎌を持つ手を止めて 素足で銅板をどんどんと
踏みながら 彼女は大声でこう呼びかけてきた
「ご先祖さまたちの魂が もうすぐここに
戻ってくるから きれいにしておかないとね」

その空き地には 墓などひとつもなかった
君がそう言うと 彼女はそれには全く答えず
まだ若いのか それとも もう老いているのか
判断しづらい笑顔を見せつつ こう言い足した
「わたしが草を刈っているのか 草が草自身を
刈っているのか それとも わたしがわたしを
刈っているのか もうよくわからないのよね」

「言語の世界には能動態と受動態しかありません」
何度もそう強調したあと 男性教師は黒板に
「You are controlled」という一文と
「You controlled」 という別の文を大書し
「皆さん 前者が正しい受動態 後者は誤り
受動態の際は絶対に Be動詞を忘れないで 
Beは存在 存在なのです」と 声を荒げた

女はその日の草刈りを無事に終えると 夕焼けの中を
なおも佇んでいる君に またも奇妙な話を切り出した
「この地を鳥や獣から守るために 私は 人間にそっくりの
お手製の案山子を これまで数えきれないほど作ってきたの」
雑草だらけのこの地のどこに 農作物が植わっているのか
――そう尋ねる君の声に またもいっさい耳を傾けぬまま
彼女はこう言い足した 「わたしが案山子を作ってきたのか
案山子が案山子を作ってきたのか わたしがわたしを
作ってきたのか――ねえ あなたも案山子じゃないかしら」

この教室にいる人たちは 一体どちらなのだろう――

「この銅板の男はね わたしの体を愛しすぎたせいで
死んだ後もずっと わたしの素足で踏まれていたいと
願いながら死んでいったの」――彼女はそう言っていたが
君にはその男が君自身のようにも 神様のようにも見えた

あの英語の授業から数年後 あの空き地は役所の命令で
立ち入り禁止処分となり 柵で完全に囲われてしまった
彼女は「病気」のせいで街を追われたと 君は噂で聞いた

そういえば別れ際に 君は彼女と 握手を交わしたのだが
彼女の手の感触が薄気味悪かったせいで それ以来 君は
ひどい潔癖症となり いまだに誰の体も触れられぬままだ

いま君が 久しぶりにあの教師の顔を思いだそうとすると
なぜか あの草刈り女の顔と だぶってしまいそうになる
「受動態」を教えられたあの日の授業以降 君はすっかり
英語嫌いとなってしまって いまだに英語は喋れぬままだ

431.今月のテキストに影響を受けて  
名前:高野吾朗    日付:2017/12/16(土) 8:2
こんな詩を書きました。皆さんのお口に合えば幸いです。

カルテット            野吾朗

長かった占領期もようやく終了となり 今日は
久しぶりの独立を祝う 市民演奏会の晴れ舞台
会場はすでに満員 喜びと期待を胸に 観衆が
待っているのは人気の四重奏楽団 リーダーの
チェリストは実はあなたの前世の姿で あとは
ヴィオラとバイオリン二つの よくある構成だ

舞台袖で出番を待つ間 二人のバイオリニストが
小声で談笑している 第一バイオリンがまず語る
「占領中はずっと 隣町で売られていた最高級の
核シェルターを 早く買いたくて仕方がなかった」
「とても高価で この仕事だけでは買えないから
兵器工場で核弾頭の部品運搬のバイトをしていた」

適当に相槌を打ちつつ 次は第二バイオリンが語る
「占領終了のすぐ後に ようやくあの恋人と別れた
なぜって 気味の悪いことばかり言う人だったから
『占領者に反抗していた私は 大切な自分の仲間を 
占領されるくらいなら死ねと叫びながら 殺害した
占領が終わった今 誰もその罪を問うてはくれない

あの仲間の死はいまや 殉死扱いされている 誰か
この私を罰し 無罪から解放してはくれないものか』
――あんな変人と一緒に生活するなんて絶対に無理」
隣町で核シェルターが売られていたなんて嘘だ――
殉死した元反抗者なんて本当に存在したかしら――
疑いつつチェリストは 先頭を切って舞台へ進み出る

第一楽章を弾きはじめる その直前 観衆を見渡すと
占領に真面目に抵抗してきたような顔はどこにもない
息をふっと整えて アレグロのテンポを心掛けながら
チェリストは始める 演奏人生の集大成を見せるのだ 
強弱や緩急のつけ方がどれほど熟達し 論理重視から
感性重視へといかに変化してきたのか 見てもらうのだ

第二楽章はメヌエット 弦を動かしながら チェリストは
この曲の作曲者が占領期に「転向者」と呼ばれていたこと
そして 作曲者がこの曲を献呈した例の英雄が 独立後の
代表的「転向者」の一人であることを ちらりと思い出す
しみじみと第二楽章を弾き終えたところで ヴィオラ奏者に
目をやると その眼は虚ろながら 同時に怒りに満ちている

第三楽章はアンダンテ・カンタービレ 演奏が佳境に達して
チェリストの心に悦楽の稲妻が走りだしたところで 驚愕の
事実が発覚する 愛読書がチェーホフの戯曲であることから
「チェーホフ」の愛称で親しまれているあのヴィオラ奏者が
演奏しているかのように見せつつ 演奏を拒否しているのだ
バイオリン奏者も観客も なぜかそれに気づいてないらしい

第四楽章に入る直前 「どうかしたのか」 とチェリストが
小声でささやくと 「チェーホフ」は無表情のまま 同じく
小声で 「負けるときは 最後まで徹底的に負けきらないと
いけないのに 安易に勝ったような気になっては駄目なのに
ちゃんと我が身を省みて しっかり屈辱しないとまずいのに」
と答えるばかりで 取りつく島もなく 再びアレグロとなり

強姦の被害者のような顔の「チェーホフ」を まるで和姦の
幸福感に酔い痴れる芸術家のごとく受け止めながら 観客は
不協和音へと堕ちていくばかりの 最後の楽章を聴いている
不安におののくチェリストの視界の中で 「チェーホフ」が
なぜか笑っている 満面の笑みだ なにが正しさだ なにが
成長だ 強弱?緩急?感性重視?笑わせるな――その笑顔に

弦を動かすチェリストの腕が急に追随しようとして 本人を
驚かせる ゴールもテーマもかなぐり捨てて 腕だけがこの
舞台から去ろうとしている このまま弾き続けるべきなのか
それとも「チェーホフ」を見習うべきか 引き裂かれそうに
なりながら チェリストはかろうじてまだ舞台の中央にいる
占領は本当に終わったのか――という問いはタブーのままで

430.加藤典洋著『敗者の想像力』レポーターの弁  
名前:山下龍一    日付:2017/12/12(火) 20:38
直近の加藤典洋のテキストは、『戦後入門』でした。そこでは、第二次世界大戦での、この国の占領時代の経験を対外的、具体的には原子力爆弾の実験成功がアメリカの外交政策との関係で追究されていました。
それが、兵器開発という単純な事態ではなかった事は、3.11での複合災害/福島第1原子力発電所事故を経験した後、露わになってきました。
一方、敗戦での占領を経験したドイツと日本の共通点である、(絶滅収容所建設それから、原爆投下による)自意識の崩壊という観点から、その時代を並行的に論じることも出来るわけです。
(今回のテキストにもシヴェルブシュ『敗北の文化ー敗戦トラウマ・回復・再生』が取り上げられ、比較検討されています)
しかし、著者は、「その説明は、あまりに単純で、ものごとの実相にまで達していない」、原爆の違法性と戦後イデオロギーの果たした役割を見ない限り、日本がいまだ占領されている理由は説明できない、といいます。(はじめに P31〜32)
ついては、その事が、日本人の内在性にどのような変化をもたらしたか、そして、普遍性へと向かう想像力を育んだかが、本書の主要なテーマです。
そういった意味で『戦後入門』には語られていなかった側面を、補完する意味をも担っている言わば、文学版「戦後入門」ともいえます。

言い訳めきますが、敗者の想像力、最大の肝となる、大江健三郎の晩年―『水死』のほうへ、があまり大江健三郎の著作に通じていないレポーターの浅学に、どこまで理解できるかが、未知数です。とはいえ、ここからの時間は、そこに傾注にしたいと考えています。

前回の掲示板で書いたように、タイムリーな話題を直接拝聴できる機会を与えられたので、当初、大野さんへとレポーターは、お願いするつもりでしたが、今回は譲っていただき、もちょっと、時間をおいてからお願いすることにしました。

追伸/参考になるかと思い最近の二つの対談がありますので、興味のある方はそちらもどうぞ

@「webでも考える人」対談相手:上岡伸雄(アメリカ文学研究家、翻訳『一時帰還』フィル・クレー他/学習院大学教授)URLは、
http://kangaeruhito.jp/articles/-/2235
A文芸誌「すばる」12月号 対談相手:マイケル・エメリック(日本文学研究者、翻訳『真鶴』川上弘美他)

429.■2018年2月読書会予定  
名前:別府    日付:2017/12/2(土) 15:26
2月は23日(金)に福岡市赤煉瓦文化館に予約を入れました。
はて、レポーター予定はまだ決まっていなかった……?

428.12/22(金)の読書会テキストはまだか、はい私が  
名前:山下龍一    日付:2017/12/1(金) 21:8
師走に入ってこのくそ忙しいときに、読む暇もなくなるじゃねえか、との声がまざまざと聞こえてきますが、いかがお過ごしでしょうか。
レポーターは、山下龍一。
テキストは、加藤典洋『敗者の想像力』(集英社新書)780円税抜です。
近日、ご本人と会う機会を頂いたので、今年の〆は、ラーメン、じゃなくて『敗者の想像力』について考えるのこころ。

427.11月20日付の医学界新聞に  
名前:高野    日付:2017/11/21(火) 12:39
國部功一郎氏のインタビューが掲載されております。著書『中動態の世界』でこのたび第16回小林秀雄賞を受賞なさったそうです。

ご興味ある方はネットでも読めますので、どうぞ。

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03249_03

426.読書会報告  
名前:山下龍一    日付:2017/11/18(土) 14:9
[読書会報告]10/27(金)
テキスト:『中動態の世界-意志と責任の考古学-』國分功一郎(医学書院)
レポーター:野吾郎
参加者: 大野、河口、北原、福岡、別府、松井、山下(敬称略)以上八名

<テキスト選択にいたる経緯>
半年ちょい前、今回テキストの出版記念対谈が、国分功一郎氏×千葉雅也氏(『勉強の哲学』の著者)が、ここ福岡で催された。そこに、本会の山下筒井どうあげの三名が参加したのが事の起こり。ここから、東浩紀氏も夏時期に来福されたこともあり、思想界実りの秋的様相を呈している昨今、前回『観光客の哲学』の引き続き、若手の俊英の労作を、ここは、語学の専門家にレポートを頼もう。そのような共通了解が今回のテキスト選択へと至った訳です。

[議論内容]
レポーターによる概要の読み上げでスタート(序)。その後、著作の反響を裏付ける野氏の職場環境での医学会報からのフィードバックを吟味する幕間的議論(破)。ここから風雲急を告げる、共同討議への水を向ける野レポートが読み上げられた(急)。

まずは、久々登場の松井氏から大要「今「中動態」と言う概念を復活させる事で、私達に、認識を新たにさせる、または、思考を促す何かを発見させる契機があるのか」むしろ、状況を
考えれば、既に、「中動態」的世界はいろんなところに頻出しているではないか。
それは、(労働現場における)生産過程ひとつとれば、足りる。例えば、工場労働での分業体制は、その部署に一所懸命であれば、仕事は完結し、成果となる「商品」に思いを巡らせることもなく、責任もない。すべては、「過程」である。
つまり、そこに、真の「自由意志」を考える余地は残されていない。

と言った問題提起。
次に、野氏からは、最後のメルヴィル『ビリー・バッド』解釈について、さして、新味の感じられない、ありきたりな内容だった。との、辛口な意見。

両者共に、現実への如何程の効果が、この「中動態」概念を、採用することで、みとめられるか、といった基準からの意見であった。

で、少し反論して、山下は、哲学における概念の創造というのは、古い文法用語を復活させて、新しい意味を付与するのが目的ではなく、それに新たな意味を与えることで、他の(ここで言えば、意志や責任)概念までも、意味を変化させる。くわえて、それらのカテゴリーや規範をも変えてしまうポテンシャルをもっている。
それは、内在性(文学)でしか語れなかった主題を、哲学/形而上学の議論へ乗せるひとつの「媒介」を果たしている。
といった主旨のことを述べた。つもりであった、が、伝わったか?
(つづく)

425.■12月読書会日程  
名前:別府    日付:2017/9/22(金) 17:48
12月は22日(金)に、福岡市赤煉瓦文化館に予約を入れました。
それと、10月27日読書会には、下のケイ氏の他、北原氏が初参加です。お二人共男性。
当日、早めに顔を合わせた場合は宜しく。

424.課題本読書会「中動態の世界」  
名前:ケイ    日付:2017/9/19(火) 16:9
10月27日開催の上記課題本読書会に参加したいので、参加申込をします。
福岡人文地図@書店・読書イベントでは、読書会開催日が10月27日(水)となっていまますが、27日は水曜日ではなく金曜日ですね。
よろしく、ケイ

423.読書会報告  
名前:山下龍一    日付:2017/8/30(水) 12:19
千葉 聡著『歌うカタツムリ』読書会報告/レポーター:松本健太郎
8/18(金)参加者/大野、河口、福岡、別府、山下(計6名)

松本さん初のレポートは、自然科学の分野でダーウィンから語り出される。
13頁の報告書は、時間内に終わるかいなと気をもんだが、杞憂でした。
ノンストップで、120分ぶっ通しで、淡々と語りつづける様を、横で眺めていると、
これまで感じていたレポーターへの内気でナイーブそうな印象が、どんどん変態していくシン・ゴジラ第3形態さながら「資質をあらわに」顔つきまで変わって来たようで…。
とまあ、ちょっと大袈裟に書いちゃいましたが、秘めた情熱をもった方だったのだなあと、再認識しました。

〔テキスト選択動機〕迂闊だったが、報告者は、前回選んだテキスト東浩紀著『観光客の哲学』第2章政治とその外部/ヴォルテール『カンディード』最善説と進化論(適応主義)との並行性が、レポーターの動機のひとつだったことに、思い至らず、改めてですが、自分の偏った読み方を、この会が、整体してくれていることにありがたみを感じた。

〔脈絡〕(レジュメの)構成が、章立ての順だったので、平衡推移理論あたりの抽象化が不充分だったようだが、「進化の小宇宙」以降は次数があがり、どうあげさんの適応主義についての横槍は入るは、「トレードオフ」についての質問が入るやら、何せ、門外漢の衆ばかりなので、まるで災害時における気象庁説明会の様相ではありました。
結論らしきものはでなかったものの(勿論、進化に結論などあるはずもないのですが)、人間が生きものと関わる際、そのゲームの参加者としてどうあるべきかを、自らも問うことにより、「生命」という大きな謎の前に再度向かわせてくれる。そんな、謙虚で誇り高い研究を知ることができたのではないでしょうか。

報告者は、細部でまだ判然としてないところ、遺伝的浮動や捕食と生態的地位(ecological niche)への興味が続いてるので、まだまだ追跡してみようと思います。

422.10月分のテキストは  
名前:高野    日付:2017/8/26(土) 12:9
どうあげさんからの強力なリクエストもあり、これになりました。

「中動態の世界:意志と責任の考古学」 國分功一郎・著(医学書院・2017年)

なお、わたしの発表では「テキスト要約」は一切いたしません。ディスカッション用の「話題提供」を行うに留めます。なるたけ10分以内にすべて話し終え、あとは全員討論に残りの時間を使うようにいたします。皆さま、どうかその心づもりで当日はいらしてくださいね。

421.■10月読書会予定  
名前:別府    日付:2017/8/23(水) 17:1
10月は27日(金)に赤煉瓦文化館に予約を入れました。
レポーターは高野さんの予定。
高野さん、テキストなどの告知をお願い。

420.今週末だぞう  
名前:山下龍一    日付:2017/8/15(火) 22:14
さて、暑さ寒さも彼岸まで、と言いますが、壮絶な暑さは、ひと段落したようです。
8/18(金)読書会は、今週ですよ。
今回のテキスト。がっつり、理系、自然科学。生物学なので、日頃はとんと縁がない。
たとえば、近代以降に確立した社会学のように、その創始者を何名かあげろといわれたら、オーギュスト・コントとかエミール・デュルケームとか言える。
生物学は、近代になってから確立されるそれ以前は、博物学と呼ばれていた。
ダーウィン『種の起源』にしてもその進化論は、実証科学(実験による証明)的見地からは、受け入れがたい考え方とされているようだ。
では、どこからが生物学のはじまりだろう。
もちろん、今回の『歌うカタツムリ』でも、進化論は大切なキーワードだ。
そして、はじめての専門用語が次から次に登場する。
なのに、なぜかしら、読ませる。
文章が論理的だからだろう。なぜ、生物学の文章は、こんなに論理的なんだろう。
当たり前だが、超越項が措定されていないからか。
この面白さは、どこにあるんだろう。

419.ゲンロン0『観光客の哲学』読書会/番外編  
名前:山下龍一    日付:2017/8/5(土) 13:56
(承前)第2部 家族の哲学(序論)[東浩紀 読書会]2017.07.19

7月は、引きの強さと強運の持ち主が二人もいたことで、著者の講演を直接聞く機会に恵まれた。
何とか自分の言葉で伝わればと苦慮したが、何ともまとめられないので、メモ代わりと言っては行儀がわるいが箇条書きで以下にコメントを含め記述しておきます

@〈政治〉によるまじめとふまじめの分割(『敗戦後論』加藤典洋と『戦争責任論』高橋哲哉にみる主体性論争/文学と政治)
A記録する事、あるいは写真技術の発明から現在のデータ管理(セキュリティ問題やプライバシー権の問題について)まで/ベンヤミンの『パサージュ論』/『複製技術時代における芸術』をヒントに
B東洋思想における自然を、西洋思想の論理を以て説明するとどうなるか(生成と建築)
C言葉が、言葉によって裏切られる(言語というシステムでは、ラングによって、エクリチュールに制限が掛けられる)
D第4章 郵便的マルチチュードへから、第5章家族の哲学へ橋わたしされる際の、注釈(クリプキの可能世界論と時間論)
E秋葉原事件を例に、文学的想像力の衰退を憂う(社会的事象を、内的必然と捉える想像力)
F社会的連帯を「孤独」という近代的概念から考える

私と福岡女史と筒井女史は、双方のイベントに参加したが、概ね共通したキーワードを許にするとこんな風な内容が興味深かった。
著者の読者としては、遅い方なので(一般意志2.0から)政治哲学の勉強の影響が、偏りを結果していることをご容赦願う

418.■台湾(台北)B級グルメ  
名前:別府    日付:2017/7/16(日) 9:39
 この前の約束、台湾のB級グルメで僕のお薦めを。まずは、福州元祖胡椒餅。何カ所かに支店屋台があるようです。30分なら待つ甲斐あり。感激します。次に、阿宗麺線。麺好きには堪えられないファーストフード。あちこちに店があります。小腹が空いた時に。いずれも著名なので、調べればすぐに分かるはず。ついでに、パイナップルケーキでは微熱山丘Sunny Hills。ここは(多分今でも)本店のみ。店に行くと、コーヒー付きで1個、試食ができます。

*以上は高野さんのFBに投稿したもの。そちらは画像付き。なお、僕は9月に台南に行きます。お薦めのものがあれば教えて。


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