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ライオンとペリカンの会・掲示板

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443.■6月読書会予定  
名前:別府    日付:2018/4/20(金) 19:35
6月は22日(金)に赤煉瓦文化館に予約を入れています。
レポーターは決まっていましたよね?

442.次回読書会の件  
名前:筒井    日付:2018/4/10(火) 6:40
さて、無事3月末に第一種衛生管理者に一発合格することができました。ですが、勤務先では4月からの派遣法の変更で12人のベテラン派遣社員が退職され、私の業務も当然ですが増え、今はかなり忙しい毎日です。また、私は聴覚障害等の方と一緒に仕事をしているので、新しい業務については分かりやすい資料を作らねばならず、今は毎日持ち帰り仕事に追われている感じです。(一度作れば後は楽なので、これは今だけですが)。
というわけで、次回『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』平田オリザ(講談社現代新書 2012年)のレジュメはお話していたように、最低限のものになりそうです。すみません。
でも内容はとても面白いと思います。時間があまったらみんなで互いに「旅行ですか?」と言い合ってもらおうかしら?と思います(笑)。

441.先日この会で読んだ『正しい本の読み方』にも影響を受けて  
名前:高野    日付:2018/4/5(木) 14:46
また新たに(長めの)詩を書いてみました。お口に合えば幸いです。

投票日                     高野吾朗
「帝国」の大通りにぽっかりと空いていたマンホールの穴からうっかり落ちてしまい
幸運にも無傷であったにもかかわらず真っ暗闇の地下で長いこと気を失っていた男は
ようやく目覚めたもののあれから一体どれくらい時間が経ったのか全く見当がつかず
ドストエフスキーがかつて描いた地下室の住人のごとく闇の中で独白を続けるうちに
そろそろ「帝国」の将来を担う大事な選挙の投票日なのではないかとやっと思い出し
いつの間にか塞がれてしまっていたマンホールのあの穴の場所を何とか見つけ出して
そこにぶら下がり渾身の力で蓋をこじ開けて再び路上に這い出ると目の前が投票所で
今回の選挙の候補者は現職ただ一人でその男のスローガンはまたも「進歩と平和」で
投票会場は投票用紙を手にして祝祭気分の多くの市民たちですでにごった返していて
地下から来た男には彼らが皆「誤審による冤罪でずっと服役中の囚人」にしか見えず
満面の笑みを湛える現職候補者の巨大ポスターを飽かず眺める市民たちの姿はまるで
仮釈放されてはいるものの法的にはずっと死刑囚のままの老いた認知症の冤罪者らが
はるか昔に自らを冤罪にした裁判官の死に立ち会い「赦す」と呟いているかのようで
地下にいる時は一度も笑うことがなかった男が久しぶりに苦笑を禁じ得ないでいると
無傷だったはずの利き腕にはいつの間にか得体のしれぬ巨大な茶色いかさぶたがあり
投票用紙とペンを手にしたままその奇妙な形象をじっと眺めているうちにかさぶたが
一冊の本となって「あなたにはこの痛みは耐えられまい」と挑戦してくるかのようで
本を開くと物語の主人公は深夜の砂浜に独り座り込んでいる女で彼女の意識の流れが
「産卵のために海亀がここへ上陸してくるのを寝ずに待ちたい」という気持ち以外は
ひどく混線して描かれているのでその意図と前提と背景を探るべく男は精読に努めた
矛盾点を批判的に見つめたり過去の名著たちと比較してみたり書かれていないことを
あえて推測してみたりしつつ「素直に読むのだ」「自分の感情をぶつけたりするな」と
自戒さえして読み進めてみたもののどうして女が海亀をかくも待たねばならないのか
そしてなぜ海亀がいつまで経っても一匹も姿を見せぬままなのかなかなか理解できず
本のあちこちに書き味の良いペン先で印をつけてみたり線を引いてみたりするたびに
まるで眼に見えない何者かが愛撫にわなないているようでそれがこの本の著者なのか
それとも地下からやってきたこの男の本来の自己なのか見当もつかぬまま本を閉じて
改めてかさぶたを眺めると今度は亀の甲羅のようでもありまたは孤島のようでもあり
これまで味わったことのないようなストレスを感じつつ男はその島への上陸を試みた
産むべき卵など一つも持たぬ体で砂浜を匍匐前進するとすぐ目の前には地上最高峰の
雪山が聳え立ち男はザックをかつぐと登山靴に履き替えコンパスと地図とアイゼンを
持って頂上を目指しはじめたが実は彼は一本のロープで他の登山者とつながれていて
それが誰なのか確認をしようにもすでに周囲は猛烈な風と雪でほぼホワイトアウトで
激しい高山病と重い凍傷に耐えきれず男が下山を考えはじめても同行者はなお前進し
朦朧たる記憶の中にその人の名を探していると「あなたは死を妊娠したことがあるか」と
白一色のどこかから急に問われて答えに詰まりもしかするとこの同行者は女で彼女がいま
必死に目指しているのはおそらく頂上のなお向こうにたった一本だけすっくと立っている
樹齢数千年の縄文杉ではないかとやっと感づいたところでその霊木に触れるがためだけに
ここまで登りつめようやく念願かなって幹に触れたものの下山途中に遭難して姿を消した
名もなき犠牲者たちのことが生まれて初めて他人事ではなくなり無数の手の痕跡が茶色く
残るその幹の一部がかさぶたとなりいま利き腕にまざまざとあることも無性に気味が悪く
男がいまだ投票用紙に何も書かないままでいると選挙監視委員の一人が「早く投票せよ」
と急かすのであらためて現職候補者のポスターを見ると「スーパーマン」を彷彿とさせる
そのたくましい姿にも「スーパーマン」のようにやはり一つぐらいは弱点があるのではと
勘ぐるうちにかさぶたが次第に女の顔となって男のことを「先生」とまるで医者のように
呼ぶのでこの患者をケアする責任を改めて痛烈に感じつつさっそくカルテを書き始めたが
彼女の声をしっかり聴いてそれを正しく書き留めていく「証人」としての心構えが足りず
彼女の話し方や身振りや笑顔や握手の強さなどが意味する内容にもいまだに理解が届かず
彼女の痛みを自らに伝染させることもままならず想像力と比喩力を鍛えようにも術がなく
結局いくらカルテを書いても出てくる主語は「患者」ばかりで「私」は一度も出ぬままで
「そのカルテは本来わたしのものなのでは?」と彼女から言われると頑なにそれを拒否し
「共感すること」「憐むこと」「逃げ出さないこと」の三つの関係性がなかなか飲み込めず
苛立ちの末これまで書いてきたカルテの束を捨て「書くよりもまず行動では?」と自問し
もうすぐ止まってしまいそうな患者の心臓を蘇生させるべく渾身の力で彼女の胸を殴ると
患者の肋骨は全て折れ彼女の顔も殴る男の顔も歪みその歪みが苦痛の故か快楽の故なのか
男には判断できずとにかく処方箋だけは出さなければと「クリプトナイト」という新薬の
名前を書こうとしてその紙が投票用紙であることに気づき驚いていると現職候補の笑顔の
そのすぐ横にホログラムのごとくあの患者の顔が浮かび上がってきたので「彼女がもしも
対立候補であったなら」とぼんやり考えているうちに監視委員がとうとう痺れを切らして
「投票する気がないなら帰りなさい」と怒鳴ったので他の投票者全員がやっているように
男も現職候補の名前を書きこもうとするのだがかさぶたが痛くて利き腕がうまく動かせず
「新たな平和像の建設を約束します」という現職候補の提案がどうして人間の形象にのみ
こだわって例えば「樹木」の形象などを無視するのかと新たな疑念も浮かびペンは紙上で
迷いためらい宙をまさぐるばかりなので名を書くふりだけして白票のまま投票したのだが
すかさず「白票は違法行為です」とのアナウンスがあり慌てた男はその場から離れようと
かさぶたをふと見るとそれは茶色くぽっかり空いたマンホールで無心にそこへ飛び込むと
地下は真っ赤な血の海でその中を嗅覚だけを頼りにしながら泳ぐうちに男はいつの間にか
いっぱしの考古学者となって体にべっとりとまとわりつくこの液体中に人間の長い生成の
歴史を辿ろうとして初めて気づくのだここに流れているのは実は全て命の始まりの反復で
始まったまま常にどこにも向かわずまた始まってはその途上のまま常にあり続けるのだと

440.橋爪大三郎『正しい本の読み方』読書会報告  
名前:山下龍一    日付:2018/2/27(火) 16:54
『正しい本の読み方』読書会報告/レポート 山下龍一

参加者:野、筒井、中川、福岡、別府、森下
の六名

レジュメの枚数が多かったのもあり、著者の叙述方法に忠実に作った結果感想は必要ないと判断されたので、レポーターの私見はなく、参加者の意見に任せることにした。

まず、タイトルに売れ線狙い臭を感じたのか、あまりにも読者を限定した表現の、権威主義と解釈したのか「正しい」の意味についてしばし紛糾。
次に、四章の『資本論』マルクスと「構造主義」の意図と背景の件の「いきなり」感と意味ある?論と、レポーターは不自然に感じなかった部分が、次から次に俎上にのせられる状況が結構愉しくもあった。

あと、「この私に向かって、何でこんな、今さら」感を申し立てる向きもあった。ここのところ、新書市場の粗製濫造傾向は、テキストを選ぶ際にも、安価でかつ、学術的価値の高いもの、といった期待は、あまり持てなくなっている。
がやはり、その条件を満たす本は、少ないがないわけではない。いかに、対象年齢を広めにとっているとは言え、ここまで書ききる人は多くない。
当然だが長いこと「読書会」を催している側が考えるのは「実践篇」。
後半の三章をこれからも、繰り返して問い続けることになるだろう。

なにがしか初心に返るきっかけになれば、それで、レポーターの意図は十分であったのでした。

では次回は、人と人の対話についての議論のようなので、頭も体もストレッチして臨むとしましょう。

439.次回読書会のテキストの件  
名前:筒井     日付:2018/2/25(日) 22:52
次回4月27日は『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』平田オリザ(講談社現代新書 2012年)、レポーターは筒井です。
テキスト選定の理由は、何かと話題の平田オリザについて、一度みなさんとお話してみたかったからです。ただ、当方は現在勤務上の資格取得の勉強中で3月読書は禁止にしているので、最終的に目次の書き写し位しかできない可能性があります(すみません)。
 けれども、内容は(多分)読みやすいと思うので、みなさんで話すことはできるテキストだと思いますので、宜しくお願いします。

438.■4月読書会予定、それに続投感謝  
名前:別府    日付:2018/2/23(金) 12:53
今頃謝るのもなんですが、今日の読書会レポーターは、大体は(そろそろ)僕がやらなければいけなかった…はず。
この場を借りて、連続で引き受けて──押し付けられて──くれた山下さんに、感謝です。
4月は27日(金)に赤煉瓦文化館に予約を入れました。

437.レポーターの弁  
名前:山下龍一    日付:2018/2/9(金) 21:14
「正しい本の読み方」テキスト選択動機といってはみたものの、そんな大仰な「何か」を考えてのことではない。
読み方を、初心に還って「学ぶ」ものに目が向いていたのは確かだが。ただ、「買って損はなかった」と言わせるだけの新書ってないかな、くらいの軽い気持ちだったのでした。
そういう意味では、スコンとツボにはまった一冊といえると思う。

この会では、おそらく、上位三位以内にはいるほど取り上げられている著者になる。
憶えてるだけで通算5冊目じゃなかったかな。

「本は、誰でも読めます。/じゃあ、本の読み方が、なぜ必要か。/本が多すぎるからです。本が多すぎて、全部の本を読むわけにはいきません。本を選ばなければなりません。だから、どうやって本を選べばよいか、についての本が必要になるのです。」−「はじめに」より

たぶん、いかに本好きの、また、読み巧者の方でも、買ったはいいが、途中まで。タイトル名や有名度で買って棚の中でいつまでも視界から外れている本がそこここにあるのではないでしょうか。
この本の凄いところは、入口が、消費行動としての読書レベルに設定されているところです〔基礎篇〕
そして、「本は何の役に立つのか」。なんか、学校嫌いで、かつ、社会に出てから成功した叩き上げの実業家がよく口にする「教科書には書かれていなかった事を、俺は社会に出て学んだ」みたいなのとは全然違う。かといって、『すぐ役に立つ論語』『人生を豊かにする聖書』『宮本武蔵の帝王学』『意外とスゴい加藤清正』的な、自己啓発本とも全く違います。どう違うのか。社会を眺めたときに、本を読むことが自分にどのように関わっているのか、あるいは、行動にどの位影響を与えているのか。それを気づかされる。
そういった記述になっています〔応用篇〕
そして社会−本−自分の関係に気づいたら、その「前提」条件をたえず確認し、更新しながら自分の見方感じ方を増やしていく〔実践篇〕
新書で250頁。さらっと。三日もあれば十分です。
しかし。これから先の人生、貴方の本棚を眺める視界から、この本が消えることは二度とないでしょう。

436.続投  
名前:山下龍一    日付:2018/2/1(木) 12:55
お待たせいたしました。
2月のテキストが、決定いたしました。
紆余曲折の末、『正しい本の読み方』橋爪大三郎(講談社新書)本体780円(税別)、2017.9.20/と相成りました。
レポーター選択動機は、また、後ほど。
よろしくお願いいたします。

435.2月読書会の件  
名前:筒井    日付:2018/1/22(月) 0:8
23日の件ですが、仕事のシフトの都合がつかず、19時まで働いてからの途中参加になります。そろそろレポーターをと思っていたのですが、テキストを平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』や千葉雅也『勉強の哲学』とか考えていたのですが、読み終わると向いていない気がしています。テキスト選びは難しいですね。

434.分ける  
名前:山下龍一    日付:2018/1/21(日) 22:1
どうあげさん 報告ありがとう
それから、野さんも素敵な弦楽四重奏曲/散文詩載せてくれて有り難う
チェーホフの「かるみ」やユーモアが、そして、肥前の酒蔵めぐりで観た「ひょっとこ」踊りの仕草が、まだまだ足りないのかな僕らには。

昨年は、通読出来た本は、限られてましたが、三冊あげると、以下のもの。
@『呪文』星野智幸(河出書房新社)
A『水死』大江健三郎(講談社文庫)
B『もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために』加藤典洋(幻戯書房)

日本思想の二重構造(顕教/密教)を、ディストピア小説に仕上げてしまった異才の傑作。そのうち映画化されそうな、完成度の高い作品であった。
(この項書きかけ)

433.2017年12月の読書会報告です  
名前:どうあげ。    日付:2018/1/10(水) 16:24

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
このたびは昨年12月の読書会報告をいたします。

 読書会報告 12月22日(金)
 テキスト  :加藤典洋『敗者の想像力』
 レポーター :山下龍一
 参加者 :別府、筒井、河口、松井、高野、森下、福岡(敬称略)

このたびは山下さんがレポーターということで、報告者は福岡となりました。
短い準備期間にもかかわらず、レジュメ5枚(本当は7枚のはずだった)に、年譜4枚。
きっと失われた第2部の2枚のレポートはどこかで幸運な方が拾われたのでしょう(^^)
本の構成に従って第一部から順番に、山下さんの丁寧なコメントが綴られています。
私個人としては、さいごの「あとがき」がよかったですね、
著者を身近に感じられるエピソード。ウグイの示唆もミステリアスで素敵です。

ただし、ライペリの皆様は(相変わらず?)辛口のコメントが多く。
松井さんの、比喩表現のまずさについての考察、
高野さんの、エンターテイメント等々についての質問の数々、
ほか、連載にしては、テーマがぶれて読みにくい、
もっとも重要な概念である「敗者の想像力」が明確な像を結んでいない、云々。
最後に締めくくった森下さんの一言「加藤、老いたり。」に、皆の意見が集約された気もします。

前回の書きおろし『戦後入門』が、たいへん精力的で緻密であった分、
同時期に連載された『敗者の想像力』はどこか遊び心のあるエッセイ風になっても仕方ないかもしれません。
『戦後入門』とあわせて今回の本を読んでみると、加藤さんの歯がゆい気持ちが伝わってきそうです。
本来は、戦後、占領と屈辱の日々を真っ向から受け入れ、その悔しさをばねに、
国際社会と同じ立場に立って、占領は民主原則にもとる行為だと主張し、
まっとうな独立を手にいれなければならなかったのに、
戦勝国側の「精神的な武装解除」に、日本の側もこれ幸いと乗っかってしまった挙句、
いまのようなねじれた状態が続いているんじゃないか。
ともかく、まず負け切らないといけない。そうしないとスタートラインにも立てない。
(高野さんの詩の「チェーホフ」のように。)
だからまずは、負けた者のみが持てるどこかほの暗いけれど豊饒な世界にどうぞ、
という道案内エッセイとして読むと、少しこの本の真意がつかめるのかな、と。

読書会報告なのに、自分の意見が長くなってしまった…。
ともかく、今年もたくさんの素晴らしい本に出会えますように(^^)/

432.「中動態の世界」に触発されて書いた詩  
名前:野吾朗    日付:2017/12/25(月) 15:49
先週金曜日の読書会も、いつも通りの盛り上がりとなり、本当よかったですね。

来年も引き続き、できうる限り参加いたしますので、どうかよろしくお願いいたします。

先週金曜日の打ち上げ飲み会の席上で、酔った勢いにまかせて「掲示板にアップします!」とお約束(?)してしまった自作詩を、恥を忍びつつここに謹んで紹介させて頂きます。お口に合えば幸いです。

草を刈る人        高野吾朗

はるか昔 中学校の英語の授業で
君がはじめて「受動態」を習ったとき
「能動態」との違いを懸命に学生たちに
説明する 男性教師の顔を眺めながら 
なぜか君は 少し前にたまたま見かけた
ある女のことをこっそり思い出していた

この国の中で 唯一の過密都市はここであり
そしてこの街で 唯一の草茫々の地といえば
あの奇妙な女が作業していたあの場所のみだ
雑草ばかりが生い茂る あの辺鄙な空き地で
鋭い鎌でただ独り草を刈る 彼女の足元には
錆び付いた大きな銅板が ひとつ置かれていて
その銅板には ひとりの男の顔が彫られていた

君が女に会ったのは それが最初で最後だった
学校からの帰路 じっと立ち止まったまま 
黙って彼女の仕事ぶりを眺めていた君を見ると
鎌を持つ手を止めて 素足で銅板をどんどんと
踏みながら 彼女は大声でこう呼びかけてきた
「ご先祖さまたちの魂が もうすぐここに
戻ってくるから きれいにしておかないとね」

その空き地には 墓などひとつもなかった
君がそう言うと 彼女はそれには全く答えず
まだ若いのか それとも もう老いているのか
判断しづらい笑顔を見せつつ こう言い足した
「わたしが草を刈っているのか 草が草自身を
刈っているのか それとも わたしがわたしを
刈っているのか もうよくわからないのよね」

「言語の世界には能動態と受動態しかありません」
何度もそう強調したあと 男性教師は黒板に
「You are controlled」という一文と
「You controlled」 という別の文を大書し
「皆さん 前者が正しい受動態 後者は誤り
受動態の際は絶対に Be動詞を忘れないで 
Beは存在 存在なのです」と 声を荒げた

女はその日の草刈りを無事に終えると 夕焼けの中を
なおも佇んでいる君に またも奇妙な話を切り出した
「この地を鳥や獣から守るために 私は 人間にそっくりの
お手製の案山子を これまで数えきれないほど作ってきたの」
雑草だらけのこの地のどこに 農作物が植わっているのか
――そう尋ねる君の声に またもいっさい耳を傾けぬまま
彼女はこう言い足した 「わたしが案山子を作ってきたのか
案山子が案山子を作ってきたのか わたしがわたしを
作ってきたのか――ねえ あなたも案山子じゃないかしら」

この教室にいる人たちは 一体どちらなのだろう――

「この銅板の男はね わたしの体を愛しすぎたせいで
死んだ後もずっと わたしの素足で踏まれていたいと
願いながら死んでいったの」――彼女はそう言っていたが
君にはその男が君自身のようにも 神様のようにも見えた

あの英語の授業から数年後 あの空き地は役所の命令で
立ち入り禁止処分となり 柵で完全に囲われてしまった
彼女は「病気」のせいで街を追われたと 君は噂で聞いた

そういえば別れ際に 君は彼女と 握手を交わしたのだが
彼女の手の感触が薄気味悪かったせいで それ以来 君は
ひどい潔癖症となり いまだに誰の体も触れられぬままだ

いま君が 久しぶりにあの教師の顔を思いだそうとすると
なぜか あの草刈り女の顔と だぶってしまいそうになる
「受動態」を教えられたあの日の授業以降 君はすっかり
英語嫌いとなってしまって いまだに英語は喋れぬままだ

431.今月のテキストに影響を受けて  
名前:高野吾朗    日付:2017/12/16(土) 8:2
こんな詩を書きました。皆さんのお口に合えば幸いです。

カルテット            野吾朗

長かった占領期もようやく終了となり 今日は
久しぶりの独立を祝う 市民演奏会の晴れ舞台
会場はすでに満員 喜びと期待を胸に 観衆が
待っているのは人気の四重奏楽団 リーダーの
チェリストは実はあなたの前世の姿で あとは
ヴィオラとバイオリン二つの よくある構成だ

舞台袖で出番を待つ間 二人のバイオリニストが
小声で談笑している 第一バイオリンがまず語る
「占領中はずっと 隣町で売られていた最高級の
核シェルターを 早く買いたくて仕方がなかった」
「とても高価で この仕事だけでは買えないから
兵器工場で核弾頭の部品運搬のバイトをしていた」

適当に相槌を打ちつつ 次は第二バイオリンが語る
「占領終了のすぐ後に ようやくあの恋人と別れた
なぜって 気味の悪いことばかり言う人だったから
『占領者に反抗していた私は 大切な自分の仲間を 
占領されるくらいなら死ねと叫びながら 殺害した
占領が終わった今 誰もその罪を問うてはくれない

あの仲間の死はいまや 殉死扱いされている 誰か
この私を罰し 無罪から解放してはくれないものか』
――あんな変人と一緒に生活するなんて絶対に無理」
隣町で核シェルターが売られていたなんて嘘だ――
殉死した元反抗者なんて本当に存在したかしら――
疑いつつチェリストは 先頭を切って舞台へ進み出る

第一楽章を弾きはじめる その直前 観衆を見渡すと
占領に真面目に抵抗してきたような顔はどこにもない
息をふっと整えて アレグロのテンポを心掛けながら
チェリストは始める 演奏人生の集大成を見せるのだ 
強弱や緩急のつけ方がどれほど熟達し 論理重視から
感性重視へといかに変化してきたのか 見てもらうのだ

第二楽章はメヌエット 弦を動かしながら チェリストは
この曲の作曲者が占領期に「転向者」と呼ばれていたこと
そして 作曲者がこの曲を献呈した例の英雄が 独立後の
代表的「転向者」の一人であることを ちらりと思い出す
しみじみと第二楽章を弾き終えたところで ヴィオラ奏者に
目をやると その眼は虚ろながら 同時に怒りに満ちている

第三楽章はアンダンテ・カンタービレ 演奏が佳境に達して
チェリストの心に悦楽の稲妻が走りだしたところで 驚愕の
事実が発覚する 愛読書がチェーホフの戯曲であることから
「チェーホフ」の愛称で親しまれているあのヴィオラ奏者が
演奏しているかのように見せつつ 演奏を拒否しているのだ
バイオリン奏者も観客も なぜかそれに気づいてないらしい

第四楽章に入る直前 「どうかしたのか」 とチェリストが
小声でささやくと 「チェーホフ」は無表情のまま 同じく
小声で 「負けるときは 最後まで徹底的に負けきらないと
いけないのに 安易に勝ったような気になっては駄目なのに
ちゃんと我が身を省みて しっかり屈辱しないとまずいのに」
と答えるばかりで 取りつく島もなく 再びアレグロとなり

強姦の被害者のような顔の「チェーホフ」を まるで和姦の
幸福感に酔い痴れる芸術家のごとく受け止めながら 観客は
不協和音へと堕ちていくばかりの 最後の楽章を聴いている
不安におののくチェリストの視界の中で 「チェーホフ」が
なぜか笑っている 満面の笑みだ なにが正しさだ なにが
成長だ 強弱?緩急?感性重視?笑わせるな――その笑顔に

弦を動かすチェリストの腕が急に追随しようとして 本人を
驚かせる ゴールもテーマもかなぐり捨てて 腕だけがこの
舞台から去ろうとしている このまま弾き続けるべきなのか
それとも「チェーホフ」を見習うべきか 引き裂かれそうに
なりながら チェリストはかろうじてまだ舞台の中央にいる
占領は本当に終わったのか――という問いはタブーのままで

430.加藤典洋著『敗者の想像力』レポーターの弁  
名前:山下龍一    日付:2017/12/12(火) 20:38
直近の加藤典洋のテキストは、『戦後入門』でした。そこでは、第二次世界大戦での、この国の占領時代の経験を対外的、具体的には原子力爆弾の実験成功がアメリカの外交政策との関係で追究されていました。
それが、兵器開発という単純な事態ではなかった事は、3.11での複合災害/福島第1原子力発電所事故を経験した後、露わになってきました。
一方、敗戦での占領を経験したドイツと日本の共通点である、(絶滅収容所建設それから、原爆投下による)自意識の崩壊という観点から、その時代を並行的に論じることも出来るわけです。
(今回のテキストにもシヴェルブシュ『敗北の文化ー敗戦トラウマ・回復・再生』が取り上げられ、比較検討されています)
しかし、著者は、「その説明は、あまりに単純で、ものごとの実相にまで達していない」、原爆の違法性と戦後イデオロギーの果たした役割を見ない限り、日本がいまだ占領されている理由は説明できない、といいます。(はじめに P31〜32)
ついては、その事が、日本人の内在性にどのような変化をもたらしたか、そして、普遍性へと向かう想像力を育んだかが、本書の主要なテーマです。
そういった意味で『戦後入門』には語られていなかった側面を、補完する意味をも担っている言わば、文学版「戦後入門」ともいえます。

言い訳めきますが、敗者の想像力、最大の肝となる、大江健三郎の晩年―『水死』のほうへ、があまり大江健三郎の著作に通じていないレポーターの浅学に、どこまで理解できるかが、未知数です。とはいえ、ここからの時間は、そこに傾注にしたいと考えています。

前回の掲示板で書いたように、タイムリーな話題を直接拝聴できる機会を与えられたので、当初、大野さんへとレポーターは、お願いするつもりでしたが、今回は譲っていただき、もちょっと、時間をおいてからお願いすることにしました。

追伸/参考になるかと思い最近の二つの対談がありますので、興味のある方はそちらもどうぞ

@「webでも考える人」対談相手:上岡伸雄(アメリカ文学研究家、翻訳『一時帰還』フィル・クレー他/学習院大学教授)URLは、
http://kangaeruhito.jp/articles/-/2235
A文芸誌「すばる」12月号 対談相手:マイケル・エメリック(日本文学研究者、翻訳『真鶴』川上弘美他)

429.■2018年2月読書会予定  
名前:別府    日付:2017/12/2(土) 15:26
2月は23日(金)に福岡市赤煉瓦文化館に予約を入れました。
はて、レポーター予定はまだ決まっていなかった……?

428.12/22(金)の読書会テキストはまだか、はい私が  
名前:山下龍一    日付:2017/12/1(金) 21:8
師走に入ってこのくそ忙しいときに、読む暇もなくなるじゃねえか、との声がまざまざと聞こえてきますが、いかがお過ごしでしょうか。
レポーターは、山下龍一。
テキストは、加藤典洋『敗者の想像力』(集英社新書)780円税抜です。
近日、ご本人と会う機会を頂いたので、今年の〆は、ラーメン、じゃなくて『敗者の想像力』について考えるのこころ。

427.11月20日付の医学界新聞に  
名前:高野    日付:2017/11/21(火) 12:39
國部功一郎氏のインタビューが掲載されております。著書『中動態の世界』でこのたび第16回小林秀雄賞を受賞なさったそうです。

ご興味ある方はネットでも読めますので、どうぞ。

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03249_03

426.読書会報告  
名前:山下龍一    日付:2017/11/18(土) 14:9
[読書会報告]10/27(金)
テキスト:『中動態の世界-意志と責任の考古学-』國分功一郎(医学書院)
レポーター:野吾郎
参加者: 大野、河口、北原、福岡、別府、松井、山下(敬称略)以上八名

<テキスト選択にいたる経緯>
半年ちょい前、今回テキストの出版記念対谈が、国分功一郎氏×千葉雅也氏(『勉強の哲学』の著者)が、ここ福岡で催された。そこに、本会の山下筒井どうあげの三名が参加したのが事の起こり。ここから、東浩紀氏も夏時期に来福されたこともあり、思想界実りの秋的様相を呈している昨今、前回『観光客の哲学』の引き続き、若手の俊英の労作を、ここは、語学の専門家にレポートを頼もう。そのような共通了解が今回のテキスト選択へと至った訳です。

[議論内容]
レポーターによる概要の読み上げでスタート(序)。その後、著作の反響を裏付ける野氏の職場環境での医学会報からのフィードバックを吟味する幕間的議論(破)。ここから風雲急を告げる、共同討議への水を向ける野レポートが読み上げられた(急)。

まずは、久々登場の松井氏から大要「今「中動態」と言う概念を復活させる事で、私達に、認識を新たにさせる、または、思考を促す何かを発見させる契機があるのか」むしろ、状況を
考えれば、既に、「中動態」的世界はいろんなところに頻出しているではないか。
それは、(労働現場における)生産過程ひとつとれば、足りる。例えば、工場労働での分業体制は、その部署に一所懸命であれば、仕事は完結し、成果となる「商品」に思いを巡らせることもなく、責任もない。すべては、「過程」である。
つまり、そこに、真の「自由意志」を考える余地は残されていない。

と言った問題提起。
次に、野氏からは、最後のメルヴィル『ビリー・バッド』解釈について、さして、新味の感じられない、ありきたりな内容だった。との、辛口な意見。

両者共に、現実への如何程の効果が、この「中動態」概念を、採用することで、みとめられるか、といった基準からの意見であった。

で、少し反論して、山下は、哲学における概念の創造というのは、古い文法用語を復活させて、新しい意味を付与するのが目的ではなく、それに新たな意味を与えることで、他の(ここで言えば、意志や責任)概念までも、意味を変化させる。くわえて、それらのカテゴリーや規範をも変えてしまうポテンシャルをもっている。
それは、内在性(文学)でしか語れなかった主題を、哲学/形而上学の議論へ乗せるひとつの「媒介」を果たしている。
といった主旨のことを述べた。つもりであった、が、伝わったか?
(つづく)

425.■12月読書会日程  
名前:別府    日付:2017/9/22(金) 17:48
12月は22日(金)に、福岡市赤煉瓦文化館に予約を入れました。
それと、10月27日読書会には、下のケイ氏の他、北原氏が初参加です。お二人共男性。
当日、早めに顔を合わせた場合は宜しく。

424.課題本読書会「中動態の世界」  
名前:ケイ    日付:2017/9/19(火) 16:9
10月27日開催の上記課題本読書会に参加したいので、参加申込をします。
福岡人文地図@書店・読書イベントでは、読書会開催日が10月27日(水)となっていまますが、27日は水曜日ではなく金曜日ですね。
よろしく、ケイ


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