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ライオンとペリカンの会・掲示板

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163.■4月27日読書会報告  
名前:事務局・別府    日付:2012/5/1(火) 23:19
 既に遅れ馳せながら、読書会報告を書いておきます。
 『一般意志 2.0』読書会には4人(河口、山下、吉武、それに別府)が参加(事前にお二人から欠席の連絡あり)、やや寂しい人数ながら、却ってぼそぼそと静かな声で議論ができたように思います。
 レポーター山下さんは、前半部分を「一般意志 1.0」と「一般意志 2.0」とに区分してその骨子をまとめるなど、工夫の跡がよく分かるレジュメを用意されていました。脂がのっている感じ。

 当日も皮切りに発言したけど、僕はこの本がすこぶる面白かった。前回『中国化する日本』も刺激的だったが、どこか「若者に教える」という意図的な構えの文体に時々気持ちが冷えるといったことが、今回のテキストにはなかった。
 東氏本人は「政治的エッセイ」と書いているが、それはともかく、ここには、ロックやヘーゲルは利用すれども丸山真男も吉本隆明もほとんど参照──つまり「戦後思想」を顧慮──することなく、今この日本で「政治」のことを考えてみる、という思考の筋道が冷静に辿られている(戦略がない、と言っているのではない)。正直、東浩紀という人はこんなに文章が上手かったか、と何度も思った。彼は、『動物化するポスト・モダン』で名乗りを挙げたことのオトシマエをちゃんと付けたのではないか。
 「夢を語ろうと思う。未来社会についての夢だ。」という言葉を編集者が帯に引っ張っているが、ここで語られていることは、私には「夢」というほど遠い先の話とは思えない。勿論、既得権益にしがみつく者たちが強権的に取り締まらない限りにおいて。

 次回は6月22日(金)、赤煉瓦文化館に予約を入れています。テキスト・レポーター未定。

162.てにをは辞典  
名前:山下龍一    日付:2012/4/28(土) 22:36
昨日は、参加された面々お疲れさまでした。また、お時間の取れなかった方々。ぜひ、読後感を、上げてください。この『一般意志2.0』が、もつ本質が、取り出せたかどうかは、いまだ疑問ですが、それ本来の力は、いかに物議をかもす事ができるかという、尺度でも測られるでしょう。無責任な表現ですが、読む側からすれば、最終的にいかに差しで、書き手と向合えるか、そして、それを読み手にゆるす本が、真に「読むに足るテクスト」ではないでしょうか。
 話は変わりますが、昨夜の後半話題にした、『てにをは辞典』の件ですが、「業を煮やす」を引いてみました。「業」と「煮やす」が、個別に掲載されてまして、「業」のあとにつづくのは
▲が、深い。湧く。▲を、えぐり出す。負う。背負う。担う。煮やして訴訟を起こす。煮やすほど待ちあぐねる。▲の 女の〜悲しみ。人間の〜すさまじさ。▼堕獄の。哀れな人間の悲しい。(▲は、後に続く。▼は、後に就く)「煮やす」の方は
・・・業を煮やす 審議の遅れに。会議の結論が出なくて。連絡がないので。
と表記されてます。引用しただけで、なんかどろどろ感おどろおどろ感で、辞書特有のスパッと言い切っちゃうもんね感は、微塵もありませんね。ちなみに、編者は小内一(おないはじめ)北海道大学農学部卒。校正者。どうよ。その人となりが。うかんできません。

161.リンク  
名前:吉武    日付:2012/4/27(金) 23:26
今日は久しぶりに参加できて楽しかったです。仕事が立て込んでいて・・・(何しろ1月ぐらいにはあげておくべき論文をずるずると引きずっています・・・もういいかげんタイムリミット!)。残念です・・・。

今日の本、批判的なコメントもしましたが、面白く読みました。結局、身体や声、人と話す(本で言うところの「コミュニケーション」)ときに体の中で起こる体験、パトリとしての自分の足場(中島的)など、「頭」的なものに還元できない部分の「人間性」(人間=理性=意識じゃなくて)がどういう風に確保されるのか、もしくは、ごっそりそぎ落とされているんじゃないか、ということが僕にはどうも気になるようです。もっときちんと言葉にできればいいのですが。

竹田さんのお弟子さんの苫野さんがブログで本著の批評を書かれてました。時間がなく、読んで臨めませんでしたが、紹介しておきます。
http://ittokutomano.blogspot.jp/2012/03/blog-post_12.html

また、この苫野さんやあずまんが5月11日、NHKの番組に出演されるようです。70年以降に生まれた人たちの「熟議」(?)です。
http://www.nhk.or.jp/jirenma/index.html

次回行ければいいですが、その前の週の仕事が終わらないからには、課題図書読めなさそうです・・・。でもできるだけ行くようにします!

160.4月は行けず…。  
名前:篠原智子    日付:2012/4/23(月) 19:21
お世話になってます、篠原です。

昨年6月に初参加してはや一年ちかく。皆勤賞(あるのか?)を狙っておりましたが、今月はどうしてもどーしても、仕事の会合と重なって行けないのです。ああ、ざんねん。

山下さんの発表でしたので、どうしても参加したかったです。レジュメは取っておいておくんなまし。

6月は参りたく候。盛会を祈念します。

追伸 河口さん、ツィッターであなたが探せない、私は情報弱者。
   なんとかしたいです。本当はなんとかしてもらいたいです。

159.一般意志2.0 ここまでくれば  
名前:山下龍一    日付:2012/4/14(土) 20:20
まめにアップするといいつつ三回目。
読書会まであと二週間なので、ちょいと内容にふれた議論でもよかろう、と大目にみてくんなまし。

 政治学を取り扱うに際し、門外漢の私ができるだけ、自分にも他人にも説明可能な文章にするにはどうすればよいか。
と、おもいついたのが「まんが」。安直か。まあ、600円たらずで、『(マンガで読破)社会契約論』。
とは言え、やはりストーリーは必要で、若き二世政治家モンテール・人情派の将軍・専制君主の国王・社会に不満を抱く若者労働者ウィリアム・その友人ロイ、プラス ナレーターのルソー。とある。
海を持たない国家が、塩をめぐって隣国と戦争している。その、戦費調達のため市民は、高い税に苦しんでいる。そこで、政治家モンテールは、労働者ウィリアムやロイなどの有志を募り、政府転覆を試み、将軍を説得して無血革命を成功させる。とまあ、こんなお話。え、フランス革命?では、ないけど市民革命以前の本なので、いわば、歴史の顛倒。フィクション。
てなわけで、二週間くらい前、ここは一つ、政治学を専攻してた、別府氏に話を聞こうと花乱社へ。すると、『社会契約論』って、学問的には、虚構(フィクション)である、という説もあるとのこと。つまり、ひとつの「お話」か???。そのまま、かえって、要約をつくろうと二回目の読書。すると、虚構の政治空間。コミュニケーションのないモノ/データベースとしての、一般意志。モノとしての無意識。と、どんどん取り付く島のない、島宇宙を、さまよって。あっちへ行ったりこっちへ行ったり出口が見つからない。やっぱリチャード・ローティーから読まないかんかなあ。と、序文までよんで。ちょっとちがうぞ。で、そうか、日本にもプラグマティストおったやんけ、そう、鶴見俊輔。あった、とっかかり。「自分をつらぬき、汲み出す場所」土法と土法の接触 那須耕介・黒川創・瀧口夕美との座談

鶴見 殲滅戦はキリスト教の誕生より後になって、出てきたんじゃないの?
 私が教えてもらいたいのは、さっきの、コンピュータの(文字)変換についてなんだよ。「国家社会」っていう日本語は、いつからできたのかね。「国家社会のためにがんばりましょう」なんて言い方は、ヨーロッパの学術語にはないんだよ。(中略)「国家」と「社会」とは同列にないんだ。(中略)日本の場合、国家と社会が同列なんだ。で、ファシストになると、国家のほうが先にあったと思っちゃうんだ。古事記までさかのぼって想定する。「万世一系」なんてそうでしょう。(中略)
那須 ヨーロッパには、「ポリティカル・ソサエティー」ていう言葉がありますよね。それがほとんど国家と重なる感じがするんですけど。
鶴見 「ポリティカル」の下に「ソサエティー」があるでしょ?つまり、ポリティカルじゃないソサエティーも、あるってことだ。多元的なんだ。
那須 わざわざ政治的に社会をつくった。宗教戦争があったり、異民族との葛藤があったりして、そこにあらためて政治的に権力を立てないと社会を維持できない。
鶴見 それはつくりものだっていう考え方だ。レジティマシー(legitimacy:正統性)とはつくったものだという考えが、法学者のなかにはある。日本みたいに万世一系で、無限の彼方から時間の流れが続いているっていう考え方が特殊なんだ。(中略)
那須 権力についての考え方が根本的に違う。日本では、ほとんどの人が権力は悪だというふうにしか考えない。ヨーロッパでは、そこがアンビヴァレントな感じで、必要だけども悪いことをするっていう感じですよね。
鶴見 国家悪という考えだ。
 日本でルソーが流行るでしょ。ルソーの『社会契約論』っていうのはソサエティーから出発するわけで、国家は契約によって新しくつくるわけだ。ルソーの前のホッブスには、自然権っていうのがあるわけだから、むちゃくちゃな殴り合いをしているソサエティーが、それより前からあったと考えているわけだよね。

「社会」もしくは「国家」は、つくった/つくられたものという考えが、欠けているところに問題があるようで、ルソーがいう社会を契約によりつくり、必要な形態を臣民が選択/つくるというのは、私たち日本人からすると、突飛なように感じる。でも、社会から国家へという順番が突飛なだけであって、西洋の常識からだと、人間が社会をつくるというのは、ふつうのことであった。

ああ、頭が煮詰まったので、苺もにつめて、ジャム作ったのだ。これで、ロシアンティーが、思う存分飲める。
ではまた。

158.昨夜の補足  
名前:山下龍一    日付:2012/3/31(土) 10:7
昨夜の記事の出典と注

出典)林達夫著『思想の運命』より「思想の運命」四、思想的スノッブについて

注 1)北田氏の著書名は『わらう(あざける:引用者)日本の「ナシ    ョナリズム」』NHK出版
  2)「ヘロイズム」→たぶん「ヒロイズム」
  3)新日本主義 ここでは、文学的には日本的な「文芸復興」すな    わち、大正期に活躍した文豪の復活を揶揄して呼ぶ「日本主     義」を政治的にあらわしたと思われる。代表的な作家に、萩原    朔太郎、永井荷風、川端康成、谷崎潤一郎がいる。
  4)頌徳表(しょうとくひょう) 人の徳や善行をほめたたえる文    書(大辞林 初版)

157.一般意志2.0〔東浩紀はスノッブか〕  
名前:山下龍一    日付:2012/3/30(金) 21:2
『動物化する・・・』において「動物」という概念は、アレキサンドル・コジェーヴ著『ヘーゲル読解入門』の、スノビズムの対概念として、否定的ではあるが、積極的に採用されている(この東の議論を受けて、北田暁大はナショナリズムの分析をおこなっている。以前、松井氏がレポートをされましたが、再度レポートで検討します)。
『ヘーゲル読解入門』によると、
人間と動物の差異は、「欲望」と「欲求」の差異であり、動物は欲求しか持たないのに対して、人間はそれと別種の「欲望」をもっている。欲求がたとえば空腹を覚えた動物が食物を食べる事で満足するのに対して、人間は、たとえば男性が女性を身体的に手に入れたとしても、けして満足する事はなく、その欲望はますます膨らんでいくそのような概念と定義する。
そして、「オタク」たちは、その動物レベルの欠乏−満足だけの回路の中で自足し、凋落した超越性を、知りながらも再び召還すること(フェイクとしりつつそれとたわむれる)で、閉じてしまう。
では「オタク」たちは、再帰する近代的「物語」にたいして、その「欲望」の側面をどのように起動しているか、そこでは、非人格的な例え「データベース的動物」との呼称が冠せられ、主体は「二層化」されて表現される。では、その二層化は分裂化の方向に向かうことはないのか。スノッブ/シニシズム的側面は、その「データベース」的側面と反するのではなく、限りなく近づくことにはならないか。
そんな杞憂を笑い飛ばすように、戦前戦後に活躍した批評家、林達夫が面白い文章を記している。書かれたのは、昭和14年(1939年)日中戦争が勃発し、もはや、軍部が政治を牛耳ってしまっていたきな臭い時代である。その背景を斟酌しなければならないが、もともと、蔑称としての意味だけで使われていた「スノッブ」を、反語家らしく「思想」の状況にてらして言い当てている。

字引を引くと、スノッブという言葉には時流を逐う人間だとか重要な人物に思われたがる俗物だとかいう説明が与えられている。してみると、それは「虚栄の市」の特権階級であると共に、また新しい傾向や運動の中々の立役者であると思って大過ない。思想の分野においても、これは例外をなすまい。人はスノッブなしには何ら大したことをなし得ないであろうし、スノッブあるが故に、思想はその波紋を大きくし、その影響圏を拡げてゆくことが出来るのである。
あたらしきに就くということは、古きを守ることと共に極めて古くからある人間的習性であろう。それにも拘わらずスノッブが心あるものの笑いを買う所以は、この何ら努力の要らない「安価」な行為が何かオリジナルな高尚な事蹟ででもあるかのように彼らによって思い込まれているからだ。自己のない空虚な人間ほどこうした「ヘロイズム」に易々と身を投ずることができるということを彼らは覚っていないのである。
例えば、相継いで起った人道主義とマルクス主義と新日本主義とがその陣営の中に同じ顔触れを持つことができたという不思議極まる事実は、この凡庸な空っぽな精神の大胆さとを同時に発揮する思想的スノッビスムの存在によってのみ説明され得ることであろう。
  *(略)
  私は諷刺しているのではない。むしろ弁明しているのである。というのは、思想の興亡を論ずるものが,判で押したようにこれらの徒輩を軽蔑してまるで勘定に入れていないから。勝利を早めるにも没落を徹底化せしめるにも、彼らの協力の貢献するところは僅少なものではないのに。
   それにもう一つ。わが国では、思想的スノッブたちだけが寄り合って花火のように華やかに空に打ち上げた思想の見られたことも一再ではなかった。目撃者はその音も色も今ではろくにも憶えていないが、それでもその爆音がその都度人の足を停めてその目を瞠らせたことはたしかである。
   思想的スノッブに対して頌徳表を捧げる時ではあるまいか。

前回の白田秀彰氏の名前間違えました。こちらが正解です。
吉武さん、Ustream見ました、レポートに生かせそうです。情報ありがとうございます。

156.ちなみに  
名前:吉武    日付:2012/3/16(金) 17:5
Ustreamでは田原総一朗x東浩紀対談があります!今半分で止まっていますが、前半は楽しんで読みました。後半、いつ読めるかなぁ。。。
http://www.ustream.tv/recorded/19316059

155.一般意志2.0  
名前:山下龍一    日付:2012/3/9(金) 21:33
前略
そろそろ春の足音が聞こえてきそうな今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか
二月の読書会二次会で、「あなたはだあれ」「何者?」という質問もありましたので、次回レポーターを担当するものとしては、ちょいとアピールもかねて、来月までまめに書き込みする事にしました。(最近別府氏はブログでいそがしいし、吉武君と河口さんはツイッターはじめたし、篠原さんはどうあげしてるし)。
『一般意志2.0』今から楽しんで読む人もいるだろうから、内容をあまりバラスことなく、ふれる事のしよう。
 著者の東浩紀氏は、たぶん、名前くらいはご存知だと思うが、1994年思想雑誌第二期『批評空間』(柄谷行人、浅田彰共同編集)に、「存在論的、郵便的−ジャック・デリダについて−」が掲載され、その単行本がサントリー学芸賞を受賞して、一躍論壇の若手批評家としてデビューした、1971年生まれの、いわゆる、ゼロ年代を代表する、いまや、思想家です。わたし、はっきりいって、しばらく敬遠していました。15年くらい。理由は、サブタイトルにもあるジャック・デリダ。フランス思想界三羽烏のなかで、一番強面だし、ハイデガー臭はするし、当時よんでた、竹田青嗣氏とは、確実に「なんかちがうぞ」感が、プンプンしてたので、放置してました。で、最近になって、『思想地図』(NHK出版)なんか読むと、謙虚で大人な語り口になってたので、どれ、ひとつ小説も出てるしと『ゲーム的リアリズムの誕生』と『クォンタム・ファミリーズ』を呼んでみた次第でした。
 ということで、今回のテキストは、一回は読了しました、とてもわかりやすく書けてたし、主張もはっきりして、思想書として、出色ではないかとおもいます。是非かって一度は読む価値がある本です。そして、YOUTUBEとニコニコ動画の彼のしゃべりと姿を見ていただくと、理解はより深まると思います。ただし、先に本を読んでからにしてくださいね。http://www.nicozon.net/watch/sm13209645(茶会チャンネル動画編東浩紀×白井秀彰)は、五分割で100分程なので、あまり、かぶりつきで見ると疲れますが、すごい面白いです。
 でも、レポーターの仕事はこれからです。
 ちなみに、私の専攻は、産業経済です。政治学は・・・・・・、アマチュアです。
草々

154.■2月24日読書会報告  
名前:事務局・別府    日付:2012/2/27(月) 20:25
 2月24日の『中国化する日本』読書会には、初参加の栗田さんを含めて9人が参加。
 レポーターの森下さんは「本文の要点自体が著者によりまとめられているし、ゴシック体で強調もなされたりしているので、そもそもレジュメの必要があったかどうか……」といった話をされていましたが、「壺にはまった」、「切れ味が鋭かった」、「日本近代史を読み直したい」などの発言もあり、今とびきり活きの良い本を「みんなで読む」ということでは収穫があったのではと思います。
 とりわけ、「名前からして沖縄(琉球)に出自もしくは関わりを持つ人だろうが、それを思うと、この人の日・中に向ける視線がそれなりに理解できる」という趣旨の発言には深く頷けるものがありました。
 懇親会での栗田さんの積極性(それに酒豪振り)も嬉しいものでした。

153.残念  
名前:吉武    日付:2012/2/24(金) 15:57
残念ながら本日いけません・・・。なかなか刺激的な本ではあったのですが(ちょっと鼻につくところは「若さ」ゆえということで大目に見るとして)。

『一般意思2.0』は僕も半分ほど読み(現在止まっています)、読書会にはよい本だろうな、と思っていたところでした!楽しみです!

本日盛会になること願っています。

152.■4月読書会案内  
名前:事務局・別府    日付:2012/2/15(水) 15:31
 4月の日程・会場は、27日(金)福岡市赤煉瓦文化館に予約しました。
 今のところ、東浩紀『一般意志2.0──ルソー、フロイト、グーグル』ではどうだろうかと考えています。
 山下さんが現在、『中国化する日本』と並行して読み進めているとのことです。

151.■読書会案内について(今後は本掲示板のみで)  
名前:事務局・別府    日付:2012/2/11(土) 19:38
 数日前、今月24日(金)読書会の案内葉書を投函しました。
 前回の読書会時に話し合い、このところ参加者がほぼ固定してきたし、通信費用も考慮し、今後は掲示板の案内だけにしようということに決めました。
 そういうことで、僕も案内葉書についての意識が散漫になっていましたが、葉書が来なくなったことをいぶかしがる人もいるだろうと思い、遅れ馳せながら送付した次第です。
 ただし、前回参加された人には送っていません。悪しからず。

 案内文を作り、葉書にプリントし、宛名紙を貼るまで、1時間以上は掛かっていました。その作業から解放されるのは有難いことですが、ネットやメールをやらない人とはなんだかこれで縁が切れるようで、少々寂しい気持ちもあります。
 そもそもこの掲示板をチェックしない人に向けて書いても仕方のないことですが、たまには、或いは10年振りとかでも、読書会に顔を出してもらえると嬉しい。
 ついでにこの機会に、僕のブログ(花乱社・編集長日記)アドレスを下記に。暇な折に見て下さい。
http://karansha.exblog.jp/

150.andymori live  
名前:河口尚子    日付:2012/2/6(月) 21:19
4月1日ZeepFukuokaにてライブがあるようです。娘は先行発売で購入したようです。私はまだですが行きたい方いらっしゃいますか?

149.朱夏  
名前:河口尚子    日付:2012/2/5(日) 22:26
今頃気がつきました。吉武さんのツイッターフォローさせていただきました。なかなか似たような人をフォローしていてちょっと笑ってしまいました。限られた文字数で要旨を伝えるのはいい文章修行です。趣味全開であほな事ばっかりつぶやき中。
朱夏 @o731usukurenai

148.河口さんへ  
名前:吉武    日付:2012/2/2(木) 17:29
「朱夏」という名前、いっぱいでてきました(汗)。よかったらどの「朱夏」さんか教えてください♪
http://twitter.com/MasakiYoshitake

147.ツイッター  
名前:河口尚子    日付:2012/2/1(水) 21:42
始めました。読書メモ代わりです。

朱夏というツイッター名です。

よろしければのぞいてください。

146.■2月読書会テキスト  
名前:事務局・別府    日付:2012/1/27(金) 12:35
 今年も宜しくお願いします。
 2月24日(金)読書会、テキストは與那覇(よなは)潤著『中国化する日本──日中「文明の衝突」一千年史』(文藝春秋、1575円)、レポーターは森下さんです。
 著者は愛知県立大学日本文化学部歴史文化学科准教授で、なんと今年33歳。
 本は僕が選び、森下さんにお願いしました。僕もまだ読みかけだし、「なんでこんな本を!」と言われるかも知れないけれど、「中国脅威論」がかまびすしい中、「日中」関係のイメージがなんらか変わること請け合い。

 以下、アマゾンから。

 日本の「進歩」は終わったのか──ポスト「3.11」の衝撃の中で、これまで使われてきた「西洋化」・「近代化」・「民主化」の枠組を放棄し、「中国化」「再江戸時代化」という概念をキーワードに、新しいストーリーを描きなおす。ポップにして真摯、大胆にして正統的な、ライブ感あふれる「役に立つ日本史」の誕生!

 本書は、現在の日本社会の抱える様々な問題や、今後の中国社会とのつきあい方について考えるきっかけを提供すると同時に、この専門家のあいだではもう常識なのに一般の歴史ファンにはなかなか広まっていかない新しい通史像を、読者のみなさんにわかりやすくお届けすることを目的にしています。(中略) 読み始めていただくにあたっての予備知識は、せいぜい高校レベルの常識的な日本史の知識さえあれば十分(ただし、本書を読み終える頃には、それらの知識が高校までの教科書とはまったく異なるストーリーの上に、配列されていることに気づくはずです)。
――「はじめに 新たな歴史観としての「中国化」」より

145.森崎和江さん講演  
名前:吉武    日付:2012/1/10(火) 0:25
みなさま、明けましておめでとうございます。昨年は最後二回だけは参加できてよかったです。本年もよろしくお願いいたします。

まだ、昨年の3冊を更新していないのですが、森崎和江さんと中島岳さんの対談本『日本断層論』は、僕の2011年読書録の中のベスト3に入る一冊です。生声を大切にする中島さんの問いに誘われるかのように、森崎さんの人間くささへの愛着がにじみ出てきて、「生きる」ってすばらしいって思えました。

その森崎さん、1月11日福岡女子大学で講演。HP情報によると、メールでも申し込みできそうです。

http://www.gakushu.pref.fukuoka.lg.jp/events/2012/01/post-261.php

144.印象に残った五冊  
名前:山下龍一    日付:2012/1/6(金) 11:57
2011年度に印象に残った五冊
@椎名亮輔著『音楽的時間の変容』(現代思潮社)こんな本俺以外誰が読むんだ的な、専門性の強い本。よって、お勧めは憚られるが、一言でいうと音楽的時間の存在論的分析。昨年来の「もの・こと」論もようやくこれで目途。
Aカズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)映画が先の原作読書。おまけに、原書まで買った始末。元音楽家志望で福祉の経験ありの共通項がはまった動機。
B魯迅『朝花夕拾』(岩波文庫)なぜいま魯迅なの。村上春樹の呪縛か?懐古趣味?別にどうでもよいが、小説「阿Q正伝」他よりは、随筆評論のたぐいが私にはグー。
C加藤典洋著『小さな天体(全サバティカル日記)』(新潮社)氏が、サバティカル(大学人の長期休暇の意)を利用して、コペンハーゲンとサンタバーバラを拠点に彷徨した記録。加藤典洋読者向けの極私小説風ではある。唐突だが、村上春樹『世界の終わり…』にあった、「私」の「洗いだし」を思い出した。
Dキルケゴール著『反復』(岩波文庫)
掲示板にも書いたが、久しぶりに読んだ。この著者は何冊か文庫化されているが、哲学者キルケゴールの糸口は、この本にあることは確からしい。ので、全集は難しいので、分冊で創言社さんにひとまず、頼もーっと。

読書会テキストは、除外すると上の五冊に思い当たった。新刊書は、加藤典洋の『小さな天体』だけかな。どこ吹く風。もっとも、大震災。原発事故。それらの記事、また、関連書は、読みはしたが、それらから、言説に「卸」してまとめ上げれるには、能力に剰る。なにより、事は、日本で起きた。チリやイタリアやポルトガルではない。
気がつくと、古い本がけっこうあった、洗面器被って、水面下に潜行していたのか(闘争への逃走?)。もっとも、年の瀬に加藤氏の新刊書『3.11死に神に突き飛ばされる』を読むことで、叩き起こされた。睡い眼をこすりながら、冬の青空を歩くとしよう。

前後しちゃいました
あけましておめでとうございます
今年も、刺激ある読書会にしたいので、テキスト候補をアップロードして、手ぐすね引いて、じりじりしてください。


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