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Nihongo-Collage
皆さまの自由作文に参考になりそうな読み物をアップして参ります.
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12.ハワイのベトナム料理人 返信  引用 
名前:kanri nin    日付:5月30日(火) 9時39分
高倉 健(たかくら けん;映画俳優)さんの著書『南極のペンギン』から以下のタイトルのものをお送りします:

   ハワイのベトナム料理人

 ハワイにいくと、しあわせな気分になれる。
 さわやかな風にふかれ、明るいひざしの砂浜に足を投げだす。からだじゅうの筋肉から力がぬけて、ゆったりくつろげる。
 寒い北極や南極とはおおちがいだ。
 そのうえ、おいしい料理があれば、さらにしあわせな気分になれる。
 シェフのサムさんのつくる料理は、とてもおいしい。彼はハワイでベトナム料理店をやっている。
 戦争であれはてた祖国をはなれ、この地に移り住んだ。おさないときから苦労したにちがいない。そんな過去を少しも感じさせない。いつもニコニコ笑っている。
 サムさんのレストランに初めていったとき、ぼくの注文を彼は日本語で紙に書いた。
「どこで、日本語をおぼえての?」
 ぼくはたずねた。
 サムさんはさびしそうに笑った。
 サムさんが日本語をおぼえたのは、日本の女性に恋をしたからだ。青年のときベトナムを出た彼は、香港で七年間、中華料理を学んだ。
 そのころ、香港に遊びにきていた日本女性と出会った。彼女が日本に帰ったあとも、恋しくてたびたび電話をした。少ない給料のほとんどが電話代に消えた。
 それでも、彼女に話したいことがたくさんあった。手紙を書こうと彼は思った。電話代より安くすむ。いっしょうけんめい日本語をならった。たどたどしい日本語で、彼女に手紙を書きつづけた。
私の家に、遊びにきませんか
 彼女からそんな手紙がとどいた。よろこんでサムさんは彼女をたずねた。
 彼女の家は大きくて立派だった。貧しい自分は、彼女と結婚できないとサムさんは思った。おじょうさんの彼女に、いろいろな苦労を味わわせたくなかった。彼は自分から身をひいた。
「じょうだんじゃ、ナイよ」
 そういってサムさんは、少年のようなポロポロ涙をこぼした。彼女のことを思い出すと、いまでもせつなくなるのだろう。
 サムさんはよく、
「じょうだんじゃ、ナイよ」
 という言葉を口にする。使いかたがヘンなときもある。どうも口グセらしい。
 香港からハワイにうつったサムさんは、汗水ながして働いて、自分の店をもつことができた。結婚して、子どもも生まれた。
 店もお客でこみはじめた。
 いいことばかりのように思えた。
「でも、この仕事はむずかしい。ケンさん」
 サムさんは大きなためいきをついた。
 いやみをいうお客もくるからだ。

 その日は、たまたま店がすごくこんでいた。サムさんはそのお客の注文を、いつものように、自分で聞きにいけなかった。
 つぎからつぎへと、キッチンで料理をつくりつづけた。
 目がまわるようないそがしさだ。
 ところが、そのお客は食べおわったあと、サムさんをわざわざ呼びつけた。
「このごろ、ナマイキになったわね」
 皮肉な口調でその客はいった。
「料理も、手抜きしているんじゃないの」
 そういって、らんぼうに席をたって帰ってしまった。
 客のうしろ姿を見ながら、
「じょうだんじゃ、ナイよ」
 とサムさんはつぶやいた。
 その季節にでまわる新鮮な材料で、おいしい料理をサムさんはつくる。時間があれば、その料理の解説もしてくれる。少しとくいそうな笑顔で話す。
 もともとサムさんは話がすきだ。
 ぼくが彼の店にいくと、待ちかまえていたように飛んでくる。ぼくのとなりに立ったまま、はなれない。
早く料理を、つくってくれないかなー
 ぼくはその気持をおさえて、しばらくサムさんの話に耳をかたむける。
 
 そんなサムさんでも、店がこんでいるときはキッチンにくぎづけになる。お客の相手ができなくて、むしろさびしいのはサムさんかもしれない。
 それでも、料理に手を抜いたりはしない。
「いつだって、だれだって、心をこめてぼくは料理をつくっている。じょうだんじゃ、ナイよ」
 サムさんはしんけんな顔でぼくにうったえた。ぼくはそうだというように、大きくうなずいた。
「とっても、おいしかった」
 というひとことが、サムさんをしあわせにする。
「サムさんの料理には、やさしい心をかんじる。食べると、しあわせな気分になれるよ」
 ぼくはサムさんにいった。
 ワガママなお客のことを、おこりながら話していたサムさんが、きゅうに笑いだした。顔をクチャクチャにして笑っていた。


ときどき、またハワイにいきたくなる。
「じょうだんじゃ、ナイよ」
 というサムさんの口グセを、ききにいきたくなる。■

〔高倉 健『南極のペンギン』 集英社〕

11.資料-10 返信  引用 
名前:管理人    日付:2月18日(土) 12時50分
キリマンジャロの雪 by 中原 裕(ゆう)

■砂漠の夢

 夜の空港は、二十世紀が創りだした最も美しい華だ。中でもアラブ首長国連合のドバイほど美しい空港を僕は知らない。
 北京、ラワルピンディ、カラチを経て、東アフリカへと向かうパキスタン航空機は最後の給油地ドバイに着陸しようとしていた。水晶の宮殿のようなエアポートは、砂漠の果てに昂然とその超現実的な姿を現わした。

 ドバイを飛び立ったのは夕暮れだった。
 二十世紀の華、水晶の宮殿のような空港も、飛行機が高度を上げるにつれ、光輝く王冠のようになり、小さな点となり、その周りを首飾りのように取り巻く滑走路の緑や黄色の光の列もやがてアラビアの砂漠の褐色の海に消えていった。その向こうには、丸い地平線が燃えたつ光の筋となって浮びあがり、壮麗な日没のドラマが始まっていた。
 黄金の炎はオレンジの色から真紅へと色を変え、光の海はやがて細い一本の線へと姿を変えていく。その上に広がる深い紺碧の空には金星が音楽のようにきらめき、三日月はもうひとつの世界へと地球を誘いはじめていた。何十億年もの間毎日くり広げられてきた日没のスペクタクルの前には、人工の美の結晶のようなドバイ・エアポートの美しさも、壊れやすい一瞬の夢のようにしか思えなかった。

 闇の中に溶け込んでいこうとしている砂漠の上には、何百年も前と同じようにラクダの隊商が列をなし、所々で現代のオアシスのように石油の井戸が炎を上げ、そして今も小さな戦争が続いているはずだった。
 そんな様々な人間のいとなみも、やがては風化され、砂の波に姿を変えていくのだろう。この先何が起ころうと、結局はすべては一粒の砂となり、毎日くり広げられる日没のスペクタクルの中に一瞬赤く燃えあがり、そして闇に飲み込まれていくのだろう。
 砂漠のこの夕暮を見ていると、科学的訓練を積んだ宇宙飛行士たちの多くが、宇宙から還ってきてから、神≠ノついて語り始めるということが少しわかるような気がした。神≠ニは、人間的なものを超えた圧倒的な力に対して、人間の弱さが発することのできる唯一の言葉なのかもしれない。
 人間の感情の入る余地のない虚無の中の壮麗な美しさに僕は打ちのめされ、吐き気さえ覚えながらも、目を離すことができなかった。
 
 空港も人も戦争も、そして砂漠も、すべて闇の中に消え去り、パキスタン航空機は星の中を東アフリカに向けて飛んでいた。そこには、今もキリマンジャロの白い頂が、月の光に冷たく輝いているはずだった。
 キリマンジャロ――その頂に到ることで、僕の何かが終わり、何かが始まるはずだ――漠然と僕は、そう感じ続けていた。

〔J-Wave 『美しすぎる場所』〕 to be continued......

10.資料-9 返信  引用 
名前:管理人    日付:2月17日(金) 12時23分
愛は行動なのよ、言葉だけで終わらせたことなど一度もなかったわ。私たちは生まれた時から愛する力が備わっているの。それでも筋力と一緒で、鍛えなければ衰えてしまうものなの。
  オードリー・ヘプバーン ベルギー出身の女優
  
希望は人を成功に導く信仰である。
希望がなければ何事も成就するものではない。
  ヘレン・ケラー

人生で一番大切なのは、自分にとって心地よさを感じること。 ヨー・ヨー・マ

9.資料 -8 返信  引用 
名前:管理人    日付:2月13日(月) 11時35分
   ふたつよいことさてないものよ    河合隼雄

 
 ふたつよいことは、さて、ないものです。ひとつよいことがあると、ひとつわるいことがある。どんなによいことでも、その裏には、あんがい、わるいことが含まれています。
 そのかわりに、ふたつわるいことも、あまりないものです。どんなにわるいことでも、よくよく見ると、それは何かよいことをあわせもっていることが、わかってきます。
 ふたつよいことを得るためには、ひとつよいことを得るための十倍ほどのエネルギーが必要です。せいぜい、他人の二倍くらいの努力で、ふたつよいことを得ようとする人は、世の中、おもしろくないことばかりと嘆かねばなりません。
 ふたつよいことがあまりないことがわかると、わるいことは避けられないにしろ、楽しむことはできるようです。

8.資料 -7 返信  引用 
名前:管理人    日付:2月13日(月) 11時35分
   ミノムシの詩    入沢康夫


 一篇の詩を前にして、「作者は、この詩で何を言おうとしているのか」という問いが浮かんだら、その時あなたは、出口のない袋小路へ踏み込んでしまったのだ。作者は、詩でもって何かを言おううとしてはいない。むしろ何かを言わないために詩を書く、といった方が本当なのだ。
 しかし、だからといって、詩人は何一つ持っていないということにはならない。むしろ詩人は言いたいことを山のように持っている。ただ、それを、詩でもって言おうとは絶対にしない(できない)のである。
 ミノムシは、ありあわせの物を綴り合わせて巣を造る。身辺にマッチ棒しかなければ、マッチ棒で巣を造る。詩人も、日頃言いたいと思っていることを綴り会わせて詩を作ることはある。だが、出来上がるものは、彼の言いたいことを手段(材料)とした詩ではあっても、言いたいことを伝える手段としての詩ではない。この点は、往々誤解されている。

7.[川柳_穴埋め] 答: 返信  引用 
名前:管理人    日付:2月5日(日) 16時51分
@老人 A自分史 B事件

6.資料-6 返信  引用 
名前:管理人    日付:1月30日(月) 17時56分
   隠岐     田村隆一

……<略>……客はだれもいない。マダムが1人、ぽつんと椅子に座っている。べっぴん! 三十五、六か。往年の名女優マーナー・ロイに感じが似ている。マーナー・ロイといったって、いまのヤングにゃわかるまい。ザマーミロ(多少、ぼくヤケ気味)。ビールだけ飲みたいんだけど。どうぞ。窓から港が一望。西郷から本土の七類まで、二時間あまりで疾走するという、いま流行のカーフェリー「国賀丸」(二千トン)が入港してくる。それに大小とりどりの船。自衛官までいるぞ。十二時に島の観光バスが出ると、マーナー・ロイが教えてくれたので、それに乗ることにする。観光バスの発着所に行くまえに帰りの飛行機の切符をキャンセルする。せっかく島まできたんだもの船で日本海を渡りたいや。
 レストランの時計、バスの時計、みんなマチマチ。がんらい、この島には、時計なんか必要ないのかもしれないな。観光バス、出発。コースは西郷から島の中央部を北上して北端の中村港へ。それより船で、白島を見物、そして島の東海岸沿いを西郷まで帰ってくる。バス二時間、船二時間。料金は千三百円ほど。バスのガイドさんは美声。アルト。これもべっぴん。感じきわめてよし。ぼくは隠岐の娘のファンになったよ。野辺きみえさん。名前までおぼえました。まず、国分寺へ。後鳥羽院より、やく百年おくれて、島後に流された後醍醐天皇の行在所跡も百坪ほどのもの。当時は、建物のパターンが、いまプレハブ住宅のスタンダード判みたいにきまっていたのかもしれない。それから、水若酢神社。境内には樹齢七百年の老松あり。社殿は、純隠岐造りの古社。合掌づくりの屋根に特徴あり。水若酢神社は、海の神さま。お札をいただく。神官は、品のいい、野球の水原監督にそっくり。ひょっとしたら、親類かもしれんぞ。それより、山を越え、北端の中村港へ。途中、ガイドの野辺嬢は、民話や民謡をご披露してくれる。アルト、ますますよし。中村は小さな港。百トンほどの観光船がぼくらを待ちかまえている。船は洋上に出て、アルカリ石英粗面岩でできている美しい白島へ。船は、ゆっくり白島のまわりをまわる。西ノ島の国賀の岸壁が男性的だとすると、この、島後の岩島は女性的なデリカシーをもっている。船はUターンして、島後の東海岸へ。途中、磯釣りの良場多数あり、とくに奇岩が多数散在する浄土ヶ浦は、ギリシャの多島海を思わせる。マダイ、イシダイ、スズキ、クロ、チヌ、イサキ、キス、メバル、カサゴ、ブリ、島の娘がべっぴん揃いだと思っていたら、魚までべっぴん揃いだ。だれか、ぼくを隠岐へ流してくれないかな。……<略>……
〔田村隆一『小さな島からの手紙』 集英社文庫、『詩人の旅』PHP研究所〕

5.資料-5 返信  引用 
名前:管理人    日付:1月30日(月) 17時33分
   王のモスク  私の好きな建物  沢木耕太郎

 イランの古都イスファハンに「王のモスク」と呼ばれる美しい建物がある。このモスクについて、私が知っていることといえば、美しいということだけである。誰が、いつ、なぜ建てさせたのか。どんな歴史を辿ってきたのか。他のモスクと比較した時、どういった特徴が見出せるか。私は何ひとつ知らないまま、イスファハンでぶらぶらしているあいだ中、そこを訪れては日向ぼっこをしていた。
「王のモスク」の壁は蒼を基調としていた。微妙に色調の異なる何種類かのタイルを使い、それが結果として秋の空のように深く硬質の蒼を生み出していた。
 それは、一年に及ぶ長い旅の途中でのことだった。私にとって、「王のモスク」は、砂漠で見つけたオアシスのようなものだったかもしれない。アフガニスタンのカブールで崩した体調を、そこでぼんやり一日を送ることで、ゆっくり整えることができたからだ。
 あの時、いつものように壁に寄りかかりながら本を読んでいると、どうしようもないほどの睡魔に襲われた。私は立てた膝に顔を埋めてうつらうつらしていた。
 不意に叫び声がした。眼を覚ますと、それは叫び声ではなく、コーランの朗唱だった。「王のモスク」は、昼になると回教徒の礼拝のため、異教徒である観光客を追い出すことになっていた。しかし、その日、モスクの門衛は片隅で静かに眠っている私をうっかり見逃してしまったらしかった。
 モスクの中で声を上げている回教徒は、ほとんどが老人だった。だが、異教徒のいない、老人だけの「王のモスク」は、いつもとまったく異なる表情を見せていた。老人たちのコーランの朗唱に、モスクの重い空気は鋭く震え、告戒なのだろうか、老人が道士の前で手をついているだけで、建物全体がかすかに息づきはじめる……。
 しかし、正午の一時間が過ぎ、老人たちのアザーンが終わり、観光客が再び入ってくると、「王のモスク」は私が知っている、ただ美しいだけの建物に戻っていた。

〔『地図を燃やす 路上の視座V』文春文庫〕

4.資料-4 返信  引用 
名前:管理人    日付:1月30日(月) 13時16分
昨年(2005)、記憶に残った川柳(せんりゅう)です。
俳句はイメージ、川柳は聡明さで見せるといいますが、印象はどうでしょうか?

・いいことがひとつあったらいい日だね
・いいニュース聞けるテレビが欲しくなり
・日記には良い事ばかり書いてます
・いい人生だつたと余白には書こう
・ラッキーな今日を冷凍しておこう
・萬華鏡この世は夢を見るところ

〔詠み人知らず……ということで、お願いします〕

3.資料-3 返信  引用 
名前:管理人    日付:1月30日(月) 12時43分
めぐりあい

あなたにめぐり
あってほんとうに
よかった
ひとりでもいい
こころから
そういってくれる
ひとがあれば

       みつを

〔相田みつを で検索してみてください。多数の書と詩が見られます〕

2.資料-2 返信  引用 
名前:管理人    日付:1月30日(月) 12時39分
小さな体で光を放つ蛍よ 私も明りを求めて生きていきたい 光本恵子
境遇を悲しまず生命を走りつづけ電車はライトをつけ闇を抜ける
敗血症のわたし他人の血液を六十本も輸血された三十年前を思う
湖畔に赤つめぐさ白つめぐさ 遠くにヨットの帆

現代口語短歌の会(光本恵子 主宰):http://www.lcv.ne.jp/~ktoshi/

1.資料-1 返信  引用 
名前:管理人    日付:1月30日(月) 12時36分
   命  
          宮越由貴奈

命はとても大切だ
人間が生きていくための電池みたいだ
でも電池はいつか切れる
命もいつかはなくなる
電池はすぐにとりかえられるけど
命はそう簡単にはとりかえられない
何年も何年も
月日がたってやっと
神様からあたえられるものだ
命がないと人間は生きられない
でも
「命なんかいらない。」
と言って
命をむだにする人もいる
まだたくさん命がつかえるのに
そんな人を見ると悲しくなる
命は休むことなく働いているのに
だから 私は命が疲れたと言うまで
せいいっぱい生きよう

〔宮越由貴奈著『電池が切れるまで』 角川書店〜〕
※神経芽細胞腫(小児がん)により11歳で逝去。 ご冥福を祈ります!


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