[第三部]
日本の敗戦 1945年8月15日を境に日本はどのように復活したでしょうか。 日本の政治、経済、社会、そしてその屋台骨を支える人材は、なにを構想し、再び立ち上がったでしょうか。 それは20世紀に成人し、21世紀に生きている、私や、同時代の人たちがすべて目撃してきたところです。 1945年敗戦を原点として、 20世紀後半の”平和憲法”日本は、 第一 軍事をバックに海外進出型国家あることを清算した。 第二 国土を開発し・豊な生活を目指して国民を動員した。 第三 経済第一主義で先進諸国と競合することを選択した 所得倍増計画、日本列島改造計画、社会保障制度の充実などを相次いで指標を掲げ、の官民あげて、また集中豪雨的消費財の輸出にまい進する大企業のリードに従い、世界の先進国に競争力を高めるという方向への生活体系を形成する(財形など)ことで達成されたかに見えました。 確かに1970年代に、国内総生産(GDP)において、日本は西ドイツを抜いて、米国に次ぐ世界大二位の座を得ました。 ある米国の著名な経済学者は日本は2000年にはGNP(国民総生産)において米国を抜くだろうと予測さえしていました。 しかし1990年代、すなわち2000年代を迎えるまでに日本はなぜか停滞しはじめ。2011年の現在、日本の”失われた20年”というコトバも使われるようになりました。 なぜDGPが縮小しつつあるのでしょうか? 大方の論評に従えば、 第一に日本に人口は収縮期に入り現在2010年現在の1億3000万人から2050年には7000万人になるとの推計が出されています。私の記憶では私が生まれたころ日本の人口は7000万人と聞いていましたから、70年まえの日本に戻るだけなのです。 第二に日本はものづくり大国を敬意を払われていた製造業中心時代にたいして、ものづくりでは後進国を言われてきたアジア、特に中国が世界の工場といわれ、全世界の50パーセントの生産高をすでに占め、押しも押されもしない大国となっています。 しかし、そのような経済や、人口の数量的な指標で説明することは過去の延長線に価値観と座標軸をとることでもあり、それは21世紀の現代世界で大きな飛躍しつつある、IT や、ITシステムに内包する価値観とは異なります。いっぽうあくまでも精緻な手作り商品や、心がこもったサービスなどへこだわりが20代、10代のジェネレーションに広がりつつあります。 マイカーより、自転車に意外な熱い視線が注がれています。 その価値観とはどのようなものか、なぜ価値観を変える必要が生まれつつあるか。 ではそれはどのような方向が求められつつあるのか。 これが日本人にとっては、3.11が一つの重要な起点であるとしても、その内容をさらに吟味してみることがいまの課題でではなかろうか、と思います。 なぜなら、@、A、Bに挙げた「日本の歴史の転換期」 はすべて日本の社会や経済の大きな転換期であっただけではなかったからです。日本人のそれまでの価値観が変わった、つまり祖先たちが従ってきた、慣れ親しんできた”ものの考え方”あるいは精神世界が地すべり的に変わた時代でもあった点にあるからです。
では、今日の長広舌はこのへんで。
2011.5,31 KOBORI H. kobir@kcn,jp
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