名前:岡本豊 日付:1月14日(日) 16時11分
皆さん
これがロシアの沿海州の奥地の寒村で手に入れたビリケンの木刻像です。
私がなぜ今「ビリケン像」を持ち出したのかについては「渡来人研究会」
http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/
の左端の掲示板に下記のようなメッセージをアップし、その添付写真としてお見せしたのです。
[引用]
お話についてのご提案
Saturday, January 13, 2007 20:50:06 岡本 豊 MAIL WEB
棘の紀氏さん
お返事いただきました。その中に:
「このテーマを、私たちで少し掘り下げてみませんか。」ですが 管理人さんの判断に委ねたいと思います。今後とも岡本さんの見識を御教授ください、楽しみにしております。
というコメントを頂きましたが、私がなぜ北東アジアの宗教文化に日本人として関心があり、こだわる理由の一端をここにご紹介します。
下記にウイキペディアの「ビリケン」に関する記事を引用します。
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ビリケン(Billiken)は、幸運の神の像。日本では大阪の二代目通天閣にあるものが有名である。
尖った頭と吊り上がった目が特徴の子供の姿をしている。
元々は、1908年にアメリカの芸術家フローレンス・プリッツが制作した像で、彼女が夢の中で見た神がモデルになっているという。これをモデルにした像が、「幸福の神様」として世界中に流行した。日本においては、特に足を掻いてあげるとご利益があるとされている。
日本には、1909年頃渡来し、1911年大阪の繊維会社「神田屋田村商店」(現・田村駒(株))が商標登録を行い、販売促進用品や商品キャラクターとして使用した。
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私は、かって1970年代にアラスカに住んでいて極北のエスキモーの人たちと日常生活を共にしていた頃に彼等の間にいまだに生きている「ビリケン」信仰について知る機会がありました。 1980年代初頭に日本に帰ってから、南満州からロシアの沿海州、ハバロフスク州、マガダン州に北の日本文化のルーツを探ってきましたが、その過程で沿海州の北端のサマルガ河中流にある女真系のウデヘ族の集落で偶然手に入れたのがこのビリケンの木彫像なのです。私が彼らのことを「ジュルチェン=女真」でしょうと言ったのに反応して、そんなに我々のことを知っているのならこれを持って帰ってくれ、と手渡されたのがこのビリケン像です。
http://www2.ezbbs.net/10/oiarijapan/
上のウイキペディアの「ビリケン」に関する記事が如何に致命的に間違っているががこれだけでも明瞭ですが、このウイキペディアの記事内容が北東アジアの日本の研究者によって提供された情報であることこそを私は問題にしたいのです。
「最初に言葉ありき」という文化と、「最初に言葉無かりき」という文化の交流と和合が21世紀の世界のあるべき姿だと私は考えています。
岡本 豊
[引用おわり]
岡本
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