すでにお悔やみのお言葉を当掲示板にいただいており、遅れてご報告する形となりましたが、私の父でありHP管理人のTetsuoMこと前島哲夫は、19,20日と大学時代のご学友と鬼怒川に1泊旅行に出かけまして、20日早朝宿内の露天風呂で心配停止状態で発見され、午前7時過ぎに心臓は再び動き始めたものの、時間とともに脈拍・血圧が下がり、医師の懸命な治療も空しく午後8時17分、永眠いたしました。享年69歳、死因は心源性ショック死との事です。 私ども家族の誰も哲夫の死を予想しておらず、ただ呆然とするのみですが、ご同行の方々や医療関係の方々の献身的なご協力により、息を引き取る瞬間に間に合う事が出来ました。
父・哲夫は30数年前より半ば家族サービスのつもりで、学生時代以来中断していた山登りを再開しました。中学校にあがるくらいまでは主に私が登山のパートナーでした。当時の父の背中は大きく、荷物も私のそれより3倍も4倍も大きく重く、私は叱咤されながら付いて行くのが精一杯だったと記憶しております。父はボーイスカウトの引率もやっておりまして、男子高校生たちを率いて八ヶ岳縦走などにも出かけておりました。彼らからは先生とかお父さんではなく、兄貴として慕われていたようです。最後に私が父と同行して登山したのは、15年ほど前だったと思います。身長も父を追い越し、父の倍くらいの荷物を持ちました。 仕事をリタイヤして時間が出来てからは、当HPの開設や本格的なイラスト作成、登山は母・幸子がパートナーとなり、それはそれは充実した時間を過ごしていたことと思います。あまりにも楽しそうなので、私も近頃すっかりメタボになった体を更生するためにも登山を再開しようかと思っていた矢先の出来事で、あと10年、いや5年でもいいから生きてほしかったというのが正直な気持ちです。
最後に、当HPはできるだけ存続していくつもりでおります。それが故人の意思であり、支えていただいている数多くの方々へご恩返しであると考えております。
10月9〜10日、夫婦で唐沢鉱泉より天狗岳へ行っており、これが最後の登山となりました。稲子岳と鉱泉の庭に来たピンボケのカモシカの写真を添付します。
皆々様にはご報告が遅れました事お詫び申し上げるとともに、故人に代わって感謝の気持ちをお伝えいたします。ありがとうございました。
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