私は性暴力を受けてから自分の感情を表現することができなくなった。 自分の心にある苦しい、悲しい、痛いという気持ちを見つめると心が壊れてしまいそうだったから・・・。私は内なる悲鳴を聴かないようにした。そして苦痛も喜びも感じられなくなった。
でも、あるときから私は苦しみを悲しみを痛みを見つめたいと思うようになった。いつか、幸せや喜びや生きる楽しさを感じられるようになれたらいいなと願いながらあるがままの気持ちを語るようになった。 私は本当にカウンセラーさんや自助グループの人たちに支えられていると思う。
でも、性暴力を受けたことがない人、第三者と呼ばれる人、世間はそろいもそろって被害者の心の声を無視したり、踏みつけたり、たたいたりする。
性暴力を受けたことがない人はつらいときはつらいと言うことが許されている。
それなのに・・・。
どうして、世間は性暴力を受けた被害者がつらいときにつらいと言うことを許そうとしないのだろう。
すごく不思議だし、悲しいし、腹が立つ。
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