[ ホームページ ] [ 携帯用URL ]
井蛙のきまぐれ掲示板
何でも掲示板

[ EZBBS.NET | 新規作成 | ランキング | オプション ]
iモード&(絵文字)、au対応!ケータイからも返信できる無料掲示板!
名前
 E-mail 
題名
内容
投稿KEY    改行有効 等幅フォント
URL



41.最近見た名作B 返信  引用 
名前:    日付:2011/10/28(金) 14:41

 甘い夜の果て−1961年 吉田喜重監督

 野火−1959年 市川崑監督

 砂の器−1974年 野村芳太郎監督

雨月物語−1953年 溝口健二監督

清作の妻−1965年 増村保造監督

大阪物語−1957年 吉村公三郎監督

雪夫人絵図−1950年 溝口健二監督

白い野獣−1950年 成瀬巳喜男監督

50.最近見た名作F 返信  引用 
名前:    日付:2011/11/22(火) 22:54
切腹−1961年 小林正樹監督
 
忍びの者ー1962年 山本薩夫監督 

続忍びの者ー1963年 山本薩夫監督 

新忍びの者ー1963年 森一生監督

忍びの者 霧隠才蔵ー1964年 田中徳三監督 

忍びの者 続霧隠才蔵ー1964年 池広一夫監督 

忍びの者 伊賀屋敷ー1965年 森一生監督

忍びの者 続霧隠才蔵ー1966年 森一生監督

新書忍びの者 ー1966年 池広一夫監督

砂の女ー1964年 勅使河原宏監督

Mishima: Uma Vida em Quatro Tempos−1985 Direção: Paul Schrader

49.最近見た名作E 返信  引用 
名前:    日付:2011/11/18(金) 15:11
 無常−1970年 実相寺昭雄監督

 西鶴一代女−1952年 溝口健二監督

 水で書かれた物語−1965年 吉田喜重監督

Haunted Apartment−Year: 2005 Director: Akio Yoshida

 盲獣−1969年 増村保造監督

暗殺−1964年 篠田正浩監督

 ビルマの竪琴−1956年 市川崑監督

http://www.youtube.com/watch?v=heF9Xl3Rmd4&feature=related

44.最近見た名作D 返信  引用 
名前:    日付:2011/11/8(火) 19:30
 
 匂いガラス−1986年 NHKドラマスペシャル 唐十郎脚本

 東京战争戦後秘話−1970年 大島渚監督

 噂の女−1954年 溝口健二監督

 瀧の白糸−1933年 溝口健二監督

 お遊さま−1951年 溝口健二監督

 祇園囃子−1953年 溝口健二監督

 夜の女たち−1948年 溝口健二監督

 赤線地帯−1956年 溝口健二監督

46.コンピューター(2進法)と詩歌の関係 返信  引用 
名前:    日付:2011/11/6(日) 19:2
以下、面白い。

3・3・7拍子は、一見変則的に見えるリズムです。

あるいは、俳句は5・7・5。

七五調って言葉もあるくらいです。

なので、5拍子を切り捨てるのは日本人としてわびさびを解していないのではないか、という反論があるかもしれません。

でも、よく聞いてみてください。

3・3・7拍子も、俳句も、実は4拍子を基準としているんです。

ちゃっちゃっちゃ(休み)、ちゃっちゃっちゃ(休み)、ちゃっちゃっちゃちゃ、ちゃっちゃっちゃ(休み)。

この(休み)を入れてカウントすれば、実は4拍子でしょ。

俳句についても、詠んだときの余韻の長さまで含めてカウントすれば、普通に4拍子のリズムになってます。

これを聞いて確認してみよう。

* 初音ミクに「古池や・・・」を詠ませてみた。

>> http://brownian.motion.ne.jp/memo/OldPond.mp3

詩歌は余韻が大切なんですね。

ということで、2の累乗リズムには、実はかなりの普遍性があります。

このリズムを数え方の基底に置くのは、良いアイデアだと思うのですが、いかがかな?

3.人間の思考方法は、デジタルコンピューターとは根本的に異なる動作原理に基づいている。

えーと、やはり人間の脳には、未知なる原理が潜んでいて欲しいなと思います。

2進法を超えた「あいまい処理」みたいな。

でも、これについては未知なので、いまのところコメントのしようがありません。

脳は誰でも持っているので、自分自身でよーく考えてみてください。

なぜ人間は、2進数ではないアナログ感覚で数をとらえることができるのか。

きっとそこには、未知なる原理が潜んでいるに違いありません。

http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20081228/p1

45.西尾幹二の国民の歴史より 返信  引用 
名前:    日付:2011/11/6(日) 3:48
面白い

http://heine.xxxxxxxx.jp/nishiokanji1.jpg
http://heine.xxxxxxxx.jp/nishiokanji2.jpg
http://heine.xxxxxxxx.jp/nishiokanji3.jpg

http://heine.xxxxxxxx.jp/nishiokanji1.jpg

43.無声映画 返信  引用 
名前:    日付:2011/11/2(水) 14:58

まだトーキーが開発されていない頃の無声映画は面白い。仕種がオーバーだし、強調する場合には繰り返しとかアップとかを沢山使って、観客にアピールする。もし、もう少し長い間、トーキーが無かったら、もっといろんな工夫がされて、今の映画とは違う一大文化となっていたかもしれない。日本では漫画もいろんな工夫を凝らしてどこの国にもなかった一大文化に発展させてきた。

42.最近見た名作C 返信  引用 
名前:    日付:2011/11/1(火) 20:33
 長屋紳士録−1947年 小津安二郎監督

 隣の八重ちゃん−1933年 島津保次郎監督

 大学は出たけれど−1929年 小津安二郎監督

雪之丞変化−1963年 市川崑監督

 くちづけ−1957年 増村保造監督

 少年−1969年 大島渚監督

 野良犬−1970年 羽田野泰志製作・演出

お茶漬の味−1952年 小津安二郎監督

 戸田家の兄妹−1941年 小津安二郎監督

剣−1964年 三隅研次監督

40.最近見た名作A 返信  引用 
名前:    日付:2011/10/28(金) 3:16

 楊貴妃−1955年 溝口健二監督

非常線の女−1933年 小津安二郎監督

 黒い雨−1989年 今村昌平監督

 炎上−1958年 市川崑監督

 マリアのお雪−1935年 溝口健二監督

 我が恋は燃えぬ−1949年 溝口健二監督

 野獣の青春−1963年 鈴木清順監督

 夜ごとの夢−1933年 成瀬巳喜男監督

39.最近見た名作 返信  引用 
名前:    日付:2011/10/26(水) 20:15

残菊物語−1939年 溝口健二監督

狂った果実−1956年 中平康監督

港の日本娘−1930年 清水宏監督 

風の中の子供−1937年 清水宏監督

落武者−1925年 清水宏監督

雪崩−1937年 清成瀬巳喜男監督

人間の條件−1959年 小林正樹監督

けんかえれじー−1966年 鈴木清順監督

人情紙風船−1937年 山中貞雄監督

38.星の数ほど??????????? 返信  引用 
名前:    日付:2011/10/17(月) 5:52

数え切れないとき、星の数ほど云々と言うが、よく晴れた日に肉眼で見える星の数は約8,600個。北半球では半分の4,300個だそうだ。でも、地平線近くの星は実際には、もやなどで見えないそうなので、一度にみることができるのは3,000個そこそこらしい。
ところで、蛙がネットで詩を書き始めた頃には60億だった人口が今月末には70億になるそうだ。たった12年ほどで10億だぞ。10億という数がどれほどの数か?毎夜快晴だったとして1年間眺めて見ることができる星は、述べ個数にして110万個足らずだ。900年かかっても10億の星は見ることができない。そう考えると人間なんてものは、生まれてくるという表現よりも湧いてくると言ったほうが当たっているような気がする。

37.(untitled) 返信  引用 
名前:    日付:2011/10/9(日) 3:43

何もかもが馬鹿馬鹿しく思えてくることがある。やっと気づいたのかと思えてしまう。しかし、その馬鹿馬鹿しいものから全てが生まれてきた。ならば、犠牲にしてきたものは馬鹿馬鹿しいことではなかったのか。そんなはずもあるまい。生まれてきたもの、あるいはいままで存続してきたものもそうなのか。そうでなければおかしい話ではないか。
馬鹿馬鹿しかろうがそうでなかろうが、今、ここにある事実、ここに自分が認識できる事実だけは動かしようがない。それをどう認識するか。青か赤か緑か青緑か橙色か・・。それも馬鹿馬鹿しい話だ。

36.10月2日 返信  引用 
名前:    日付:2011/10/8(土) 0:9
悪い日だった。母が二階の階段から落ちて大怪我をした。医者が2ヶ月かかるというのだから、完治するまで4ヶ月はかかると思わなければいけないだろう。腰、右足はたいしたことはないにしても、頭部打撲は心配だ。なにしろ心臓バイパス手術を受けているので(毎日飲んでいる薬のため)出血しやすくなっている。右腕はひどかった。皮がむけて傷も深い。血が止まらないので医者も往生していた。結局、麻酔をかけて動脈を引っ張り出して焼ききって止血しようとするが、それでもなかなか止まらない。麻酔が十分効いていないのにそれをやるのだから、見ていられない。母は気丈な性分だから耐えてはいたが、見るのもおぞましかった。皮膚は3.5〜4センチ×12センチくらいがぐちゃぐちゃにめくれていて縫うこともできないということで、上からふさぐしかなかった。それが、午後3時ごろだったが、この日の午前4時頃だったろうかパソコンが壊れたので、同日午前10時になったらすぐにデオデオに持って行った。2週間もかかるということで、仕方なく、昔のXPをひっぱりだして使っているが、ポンコツなので何も思ったようにできない。メールも使えない。ファイルのアップもできない。このように、掲示板に書くのが精一杯だ。それにしても、リカバリーすれば全てのファイルが消滅するらしい。こまめにバックアップしておかなかったのが悔やまれるが後の祭りだ。

35.よかった 返信  引用 
名前:    日付:2011/9/26(月) 4:30

尾っぽがとれたばかりのオタマジャクシが彼女を連れてきた。思ったとおり、しっかりした明るい♀だったのでよかった。これからが楽しみだ。

34.歴史と凡夫 返信  引用 
名前:    日付:2011/9/22(木) 3:22
若狭和朋という人は面白い人だ。彼の話に耳を傾けれれば、政治、行政、司法その他全ての歴史の正体が解らなくなってしまう。歴史の真実など到底解らない。たとえ証拠であるとされる文献などを見せられても、それが捏造でないとは限らないし、単なる執筆ミスだったり、あるいは強迫されて書かされたものかなど、我々一般人にはいちいち検証することなどできるわけがない。ただ自らの感性によって取り敢えずどれかを信じてみようとするのが関の山である。しかし、真実は解らなくても、事実だけは今ここにあるということ---それは正に歴史の最先端なのである。だから、我々は現状分析から這入って、信じるに足るもの(たとえ歴史的真相でなかったとしても、それが我々の幸福に繋がるべき選択肢であるなら)を信じるしかない。凡夫に限らず、恐らく誰もがそうするしかないのだ。などと尤もらしい事を言ってみてもホントは埒のあかないことなのだ。元々現状分析をすること自体が歴史の解明そのものなのだから循環エラーもいいとこだ。結局蛙のような凡夫が歴史の中を泳いで行くには、嗅覚以外の方法に頼ってはいけないのかもしれない。

32.先ず足下の問題を解決しなければ 返信  引用 
名前:    日付:2011/9/18(日) 5:28
一見アカデミックに見える詩論なども、よく読んでみると、丁寧に読んだことを後悔してしまうことが多い。結論があまりにも短絡的なのだ。

そんなものよりも、先ずは、足下の疑問を投げやりにしないことこそ肝心なのだ。

@ 気仙沼市立階上中学校卒業式の答辞の全文が文部科学白書に掲載されたそうだ。以下全文。

『階上中学校といえば防災教育』と言われ、
内外から高く評価され、十分な訓練もしていた、わたくしたちでした。
しかし、自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、
わたくしたちから大切なものを容赦なく奪っていきました。
天が与えた試練というには、むご過ぎるものでした・・
辛くて、悔しくて、たまりません・・!!
しかし、
苦境にあっても、天を恨まず、
運命に耐え、助け合って生きていくことが、
これからのわたくしたちの使命です!
階上中学校卒業生代表 梶原裕太君

http://raisondetre.kakuren-bo.com/Entry/66/

A そして、以下のURLは、詩人永瀬清子さんのもの。

いま、
社会の荒波はすごく、
助けの綱を
求めている人々が
何と多いのでしょう。
あなた方の
かしこい思い
あたたかい手が
ぜひ必要です。
どうか暗闇に
そのよきあかりを
さしのべて下さい。

平成六年四月吉日
    永瀬清子

このメッセージは岡山県が生んだ偉大な現代詩人 永瀬清子(平成7年没)さんが私たち医療ソーシャルワーカーのために作って下さったものです。永瀬さんの詩は「美しく光る透明な言葉」(坂本明子女史:詩人)と評されるように、女性としての繊細さ優しさが込められています。私たちは、永瀬さんのエールをいつまでも胸にとどめ、糧としとして、日々努力してゆかなくてはなりません。

この詩は永瀬さんのご親族の許可を得て掲載させて頂きました。

※ ネットに以上の記載があったので、そのまま写しました。


詩とは何か。これはヒントの一つである。ここから逃げてはいけない。
言葉と詩の関係。言葉の力。音声との関係。身体との関係。聴衆との関係。読者との関係。作者の情況。その他、検証しなければいけないことは沢山ある。黙読と朗読との関係もそうだ。

http://www.omswa.org/nagase_poem.htm



33.@とAの比較
名前:    日付:2011/9/19(月) 4:18
@の中学生の答辞が文部科学白書に異例にも全文が記載されたのは、(それが官僚主導で書かれたものか政治家が介入したのかは別として)当局にとって都合が良かったから、つまり天災を強調することができるから、そうしたことをしたのだ、と思うことは必ずしもうがった見方とは言えないだろう。だが勿論、ここでは、そんな見解は度外視して、答辞が多くの人々に感動を与え励ましたという事実だけに注目したい。
Aについては、正直、えっそれって詩なの?と思ってしまった。勿論、その内容を愚弄するものではない。逆に医療ソーシャルワーカーさんの仕事に対する姿勢については心から敬意を表するものである。

@については誰も詩とは言わない。答辞なのである。
Aについては、「この詩は永瀬さんのご親族の許可を得て掲載させて頂きました。」というソーシャルワーカーが書いた文面からすれば、明らかに詩だということになる。

比較してみることによって何かが炙り出されればよいのだが。

31.空耳? 返信  引用 
名前:    日付:2011/9/13(火) 2:33
人間が生きていく上で、エネルギーは必要だ。そして今や電気は不可欠だ。だが、なにもあんな危なっかしい原子力でなくても電気は作れるじゃないか。
人間として生きていく上で、言葉は必要だ。そして今や文学は不可欠だ。だが、なにもあんな訳の解らん現代詩などなくても文学は何も困らないじゃないか。
そんな声が聞こえてくるのは空耳だろうか。

30.両棲類は偉い 返信  引用 
名前:    日付:2011/9/13(火) 1:30
ヤモリや蜥蜴は切った尻尾の骨は再生しないが、イモリは足も顔も顎も骨まで再生するそうだ。やっぱり両棲類は偉い。爬虫類とは違うんじゃ。

29.おかしいなあ 返信  引用 
名前:    日付:2011/9/10(土) 21:16
「認知症」という言葉が出来て久しい。最近では福祉関係者間や病院で、「このお爺さん、ニンチもあるの?」なんて言う小声の会話をよく耳にする。それまで全く健康だった言葉「認知」が今や完全に病にされてしまった。さて、それまで使われていた「痴呆症」は一体何処の隔離病棟へ移されたのでしょうか。言葉はモノではないのだ。笑ってしまう。


ページ: 1 2 3 

無料アクセス解析

アクセス解析の決定版!無料レンタルで最大100ページ解析!

   投稿KEY
   パスワード

EZBBS.NET produced by InsideWeb