2008 年8 月27 日(水) 烏合の衆、東京第二僧俗指導会 秋元広学は布教区のガン! 信彰「学会の折伏で宗門が発展」
東京第二布教区の『地涌倍増大結集推進僧俗指導会』が八月六日、新宿・大 願寺で開催された。
開会挨拶に立った、推進員で宣行寺(草加市)住職の村上節道は、「本年を折 伏誓願達成元年の年としたい」と、この期に及んで「誓願達成元年」などと銘 打ち、東京第二が一度も目標を達成したことがない事実を浮き彫りにした。
しかもその本年でさえ、達成元年どころか大幅未達が必至の情勢だ。
特に低迷を極めているのが、渉外部長の秋元広学が住職の宣徳寺(世田谷区) だ。
八月六日現在の宣徳寺の成果は、目標六二世帯に対し一六世帯で、達成率に して僅か二五%だ。同区の善福寺は達成率四〇% で、宣徳寺はその一五%も 下回っている。
秋元は渉外部長でありながら、いつも何かにビクビク怯え、各種会合での講 演や発言も拒絶する有様だ。また、寺では警備要員を増員したり、入口に頑丈 な門を設置するなど、被害妄想の異常な行動が目立つ。ある信者は、「刑務所 じゃあるまいし、こっちが監視されているようだ」と不快感を露にする。「臆 病は伝染する」というが、住職がこんな臆病者では寺の衰退も止むを得まい (笑)。
登壇した庶務部長の阿部信彰は、学会によって宗門が発展した史実に言及。 「終戦後の昭和二七年は、宗旨建立七百年の大佳節でございました。その前年 の昭和二六年五月三日、東京・常泉寺において、創価学会二代・戸田城聖氏が会 長に就任し、いわゆる折伏大行進が開始されました。(中略)この戦いにより、 日蓮正宗は大きく形勢が発展し、当時の僧俗誰もが、広宣流布の近いことを実 感したのであります」
日淳上人は昭和三一年にこう仰せである。
「将来の歴史家に、立宗七百年以前は宗門護持の時代とし、以後を流通広布 の時代と定義するであろう。(中略)開宗七百年を転機として一大流布に入った ということは正法流布の上に深い約束があるのではないかと感ぜられる。これ を思うにつけても創価学会の出現によって、もって起こった仏縁に唯ならない ものがあると思います」
つまり、観心本尊抄の『此の四菩薩・・・』の御文に仰せの通り、昭和二七年を 境に在家主導の化儀の広宣流布、流通広布の時代に入ったのである。
信彰は「過去の学会による折伏大行進は、信徒が中心となる戦い。宗門は御 法主日如上人猊下が陣頭指揮をお執り遊ばす戦い」と意気込んで見せたが、坊 主による宗門伝持の時代はとっくに終った。坊主主導など時代錯誤も甚だしい。 『法華経修行の時を失う物怪』だ!
信彰よ!潔く袈裟衣を脱ぎ捨てて、学会壮年部の末尾に馳せ参じよ!(コピー 可)
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