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再び先日、雨の振る悪天候のなか(今井邸に辿り着いたときには晴れてきた)、昭和4年(1929)に建てられた今井兼次(早稲田建築名誉教授−故人)の自邸を見てきました。いま、維持しているのは80年住み続けている、御子息の兼介さんです。といっても相当な高齢の方です。同じ建築家の道を歩んできたので、ここ数年開催されてきた、今井兼次展(12月から多摩美術大学美術館で開催)や師と仰ぐスウェーデンの建築家アスプルンド展にも貴重な資料を提供いただき、またアスプルンドの御子息が参加された講演などにも参加されていました。前から自邸の存在を知っていたのですが、なかなか訪問するチャンスは適いませんでした。現在は大幅な増築をされていましたが、庭やエントランス、表札、急勾配の屋根の形状などで、伺える程度で、竣工写真(あまり公表されていない)の面影を知らない限りはその存在はわからないぐらい、いまでは密集した住宅街にひっそりと溶け込んでいました。隣に住んでおられる方(先代から今井邸の隣にすんでおられた)から聞いた話によると大邸宅がポツンポツンとあるぐらいでここらあたりは野ッパラだったようです。いまでは地元ではない住民(とくに若者)の放逸なる横暴と生活感からなのか、この地を食い荒らす開発業者の手が徐々にではありますが、侵食しつつあります。こうした住宅も先代から息子へと相続される過程で、モノの価値判断や時代の趨勢に翻弄され何れは消えゆく運命を辿るのだろう・・・そんな憶いを馳せながら次の目的地「さざえ堂に関連するイベントが行われる」、東大生産技術研究所(駒場)へと向かいました。こちらは主催者側(日本住宅建設産業会・トステム建材産業振興財団)の思惑が透かしみえる講演や調査報告に、ほんとうの意味での「会津さざえ堂」を解剖せしめるところまで議論しつくせたとは言えなく、調査報告をした腰原さんはともかくとして、デザイナーの六角鬼丈氏と建築史家の藤井恵介氏の見解を享受するまでには至りませんでした。むしろ以前に調査し評論を加えた小林文次(故人−日大名誉教授)研究室の実測図をスライドで見て、その研究に逆に興味を抱いた次第であります。最後に一言、「会津さざえ堂」を街興しのネタ(キャラクターなど)や道具に使われることを建築家の専門家が言っちゃあ・・・おしまいでしょう。
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