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先頃、出版された芸術新潮2月号の特集が「小村雪岱を知っていますか?」という副題がついている。それほど知られていないのだろうかという門外漢のなさには驚くのであるが、最近とくに誰もが認知している教科書的な文化人および芸術家以外にもシンパシーを得るに値するものへの正統なる評価というものがされだしてきている・・・といったことは逆に建築界にもあってほしいと願う。昨年、イタリアで出版された2冊の洋書にも「・・・知っていますか?」とこちらは敷居を高くして玄人の日本人建築家にお尋ねしたぐらいであるのだが、どちらも以前に作品集が出版されてはいるものの、いまでは絶版で彼等の建築作品を垣間見ることは困難だという現実もありえよう。そのひとり、フィンランドの英雄であるアルヴァ・アアルトと同時代を生きた建築家エリック・ブリュックマン(1891-1955)は、前述の小村雪岱の「粋(いき)の美学」を思わせる「フィンランドモダン建築の粋(すい)」が伝わってくる正統モダニストである。決してバウハウスのようなマニフェストには縛られないものが彼の建築(トゥルクの礼拝堂など)から伺える・・・というかわたしは現地で拝見して感極まるものを受容してきた。そしてもうひとり、こちらはロシア・アヴァンギャルドを代表する建築家イワン・レオニドフ(1902-1959)。彼は、ポストモダン世代のラディカリスト(例えば、日本のメタボリズムやアーキグラムなど)が唱えたような非現実的なものではなく、あくまでリアルな表象を描いたドローイングで有名である。その「粋(すい)」を突破して建築のアガペー(またはエロスではなく快楽的なまでの知性)に到達しているヴィジョナリー・ドローイングを1930年代にすでに描き、21世紀になった今日においても、このドローイングだけが実像として今日の都市に表象され得ていない、そういう唯一無二の魅力を投げ掛けてくれる建築家である。・・・ここまできて「ふたりとも知っていますよ」と答えるひとは徒者(ただもの)ではないひとなのであろうが、この洋書から発露される彼等の業績を垣間見て・・・メディアなどを通して大袈裟に喧伝するものの背後に、こうした「知っていますか?」的なるものの正統なる評価というか、シンパシーが如何に大事なのかを・・・謂わゆる「教科書依存症に陥るなかれ」・・・そうしたことをできる限り多くのひとに知ってほしいと願うばかりであります。
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