漱石はロンドンでイギリス社会の格差に批評の目を注いだ。 労働者のクビキリが流行している現代、貧富の格差で生活の意欲を喪失する人が増えつつある今の時代に漱石の言葉は新たな意味として読まれる。
ただ己のみを考ふる数多の人間に万金を与え候とも、ただ財産の不平均より国歩の艱難を生ずる虞あるのみと存候。この不平均は、幾多有為の人材を年々餓死せしめ、もしくは無教育に終わらしめ、かえって平均なる金持ちをして愚なる主張を実行せしめる傾なくやと存候。幸いにして平凡なるものも今日の教育を受くれば一応の分別生じ、かつ耶蘇教の随性と仏国革命の殷鑑遠からざるより、これら庸凡金持どもも、利己一遍に流れず、他のため人のために尽力致候形跡それあり候は、今日失敗の社会の寿命を幾分か長くする事と存候。「岳父中根重一宛の書簡―1902年3月15日」
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