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塾長の部屋 掲示板

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576.構えのない組手  
名前:森田    日付:9月5日(金) 21時47分
 冗談じゃない、このままでは本当に日本はおバカな国に落ちぶれてしまうのではないか。福田総理が突然辞任したのはいいことだ。元々やる気のない首相だったので早く辞めないのかなと誰もが思っていただろう。続けてほしかったのは、北の金正日くらいか。それと中国も少し残念がったかもしれない。辞めたはいいけどその後に続く面々がどれもお馬鹿さんばかりで閉口する。本命の麻生太郎氏は、もうとっくに骨抜きになってしまっているし、小池や石原に至っては冗談でしょ、と言いたくなる。唯一、与謝野氏だけがどういう考えを持って国を運営するのだろうかと真剣に聞いてみたくなるだけである。他にはいないのか。いっそ外国からスカウトしたらどうだ。

 麻生氏のように経済政策が最優先で、積極的に景気対策をすべきだという。小池や石原もややこれに近いところでいずれも選挙対策のニオイがぷんぷんする。今日本にとって最も必要なのは、経済政策や財政再建のような内政ではなくて、領土や国防などの外交問題ではないのか。

北朝鮮による拉致問題や核問題もロシアの北方四島と韓国の竹島の不法占拠も中国との尖閣諸島領有権問題もこれらはすべて日本国への国権侵害なのである。最近はアフガンでNGOの団体職員がテロリストによって射殺された。善意の丸腰の日本人が外国で不法に拉致されそして射殺されたのに、文句の一つさえもいうことが出来ない外務省とそれを束ねる首相。民間人には丸腰でもボランティアとして派遣するくせに、自衛隊によるインド洋の給油活動には危険だとか武力活動に当たるとかわけの分からないことを言って反対をしている。まったくあべこべじゃないのか。

 最近の政治家は口を開けば景気がどうのサブプライム問題の影響がどうのと金の話ばかり盛んにする。もっと日本国をどうしたいのか、どうすべきなのか政治家としての志を熱く語れないのか。金の話は、民間や官僚に任せておけばいいのだ。戦争を覚悟するくらいの政治家でなければ、今の国際政治にはとても入っていけないのではないのか。

 自分は北海道の釧路にいたことがあるので肌で感じることが出来るのだが、だいたい北方四島と言うこと自体が間違いである。国後なんて根室湾に浮かぶまさしく根室の島なのである。歯舞色丹は根室半島の一部だし、北方という語感から連想する距離感なんか全然感じられない。最近のロシアは資源景気で氣をよくして完全に強気できている。このあいだのサルコジ率いるEUの会議では、ロシアに足元を見透かされていてEU各国の足並みは乱れてしまった。五輪と万博景気で湧く中国も実にしっかりとした構えをしている。今の国際情勢は、まだまだ話し合いで解決できるほどは成熟はしていないと思っている。やはり武力を背景とした外交が最後には物をいっているのが悲しいかな現実なのである。こういう時は構えのしっかりしていない国は、弱い国だとして相手国になめられてしまう。構えと目付は非常に大切なのだ。

 ここらで日本国も志を持った世界の中の主要な国と自負をするのなら、堂々と北方四島と竹島、尖閣諸島へ自衛隊を派遣するべきだ。日本の意外な強硬姿勢に国連が問題視をすれば、その時こそ日本はこれらの問題について国際司法裁判所に提訴すればいいのだ。こんな簡単なことがなぜ政治家が出来ないのか。もはや本当に戦うことが出来ない国になってしまったのか。政治家よ、命をかけて国土を守れ。

 国会議員の第一のそして最大の使命は、国と人民の生命と財産を守ることではないのか。国会議員の口からチンケな金の話なんぞ聞きたくもない。

 

http://http://home.h09.itscom.net/masaaki/

575.押忍  
名前:三田    日付:9月3日(水) 0時19分
数年に一回?のOB会に出席させていただいる三田です。今回も大変お世話になりました。このHPをはじめ塾長の語録には大変血を熱くさせられています(反省ばかりです)。塾長のご指導のおかげでどれほど現役にとって有意義な練習なっているのかと思うと感謝に絶えません。三田も下記記述から現役にとって最高の反面教師として立派に役目を果たせたとして安堵(?)しております。また、今まで一番現役元気があったのかなと少し安堵しております山野先輩からそのつど力を抜けとご指導の嵐。幸せいっぱいでした。ちょっとは体を慣らし後輩の攻撃を受け流しながら空手のすばらしさを感じてもらえればと、身のふがいなさを感じてしまいました。ずっと空手を追求している塾長に押忍です。すいません、よっぱたので寝ます。押忍。

574.To the Moon  
名前:森田    日付:9月1日(月) 22時15分
大雨の中、金曜日の夜中に岐阜に向かった。まるで滝の中に突っ込んだみたいに視界がゼロだ。センターラインどころか前を走る車のテールランプも見えない。このままでは進むのはとても無理だと思いサービスエリアに入ろうとしたが、あいにく海老名が過ぎたばかりだ。仕方なく次のエリアまでの20キロをまるで水中を行くような気持ちで運転をした。今から向かう東海地方は、昨日からの記録的な大雨でかなりの被害がでているとのことだったが、よりによってこの日にOB会があるとはいったい誰の心掛けが悪いのだ。

 突然に行く方向がわからなくなる、こんなことはふだんの人生でも時々起こることがある。不調な時ばかりではなく好調な時も起こる。というかそういう時は、どういう時が不調でどうなれば好調なのかもわからなくなる。もう少しがんばればとか、ある所まで行けばその答えがあるだろうと、漠然と思いながら前へ進んでいるような時がある。何が幸せで、自分がいったい何を求めているのか。答えを絶えず外に求めている、そんな自分が時々いるものである。まるで今回のような大雨の中のドライブみたいな時だ。

 土曜日は朝早くから稽古があった。午前中は拓大OBが稽古をつけた。組手基本だった。刻み突きと逆突き、その連携と逆逆突きだ。ポイントは上半身と下半身の連動とスムースな足運びだ。空手を習いはじめて間もない時は、どうしても末端部つまり拳や足先といった武器に力が行ってしまう。からだの動きのコントロールを頭でやり動かしているのはからだの末端でやろうとするからどうしても動きがギクシャクしてしまう。自分では力強くしているつもりでも実は威力はさほど無い場合が多いのだ。空手は体幹部を使ってする、というのが身にしみてわかるまでまだまだ時間があるだろう。

 空手をする時に、組手や形をする時には、出来るだけ力を抜くことが必要だ。力が入ると筋肉が緊張して伸縮がうまく出来にくくなる。技の力強さは、その強弱の変化率で決まる。強さの絶対値ではない。ゼロから一瞬で100になる瞬間が空手の極めになる。だから力を抜くことが必要なのだ。いや、抜くというより力を入れないということだ。そうした方が極めで力を入れた時の変化率が大きくなり威力がでる。午後の稽古は、午前中にやった刻み突きと逆突き、そのコンビと逆逆突きを、からだを大きく使ってやる稽古をした。同じ力が働く場合突きでも蹴りでもその移動距離が長ければ長いほど威力が増すからだ。

 午後の稽古は約3時間自分が担当したが、やはり学生はいい。そのほとばしるような若さが、迷いの無い空手への情熱が、自分のチンケな理論なんか吹き飛ばしてしまった。最後の仕上げの形組手の時は、バシバシと力の入りまくった若々しい荒っぽい組手をしていた。まあこの時期はこれでいいのかもしれないと思ったのだ。どれが正しい空手だなんてことは、誰も言えはしないのだから。本当の自分の答えは自分で見つけるしかないのだから。

 宴会の最後で自分は学生に構えと目付だけは大切にしろといった。自分の求めるものに正体して、しっかりと目線を据えなければいけないと。正体した目線の先には、自分のTo the Moonがあるはずだ。今回の稽古の内容は学生には届いていなかったようだが、せめて姿勢と目付だけは大切にしてほしい。

573.太陽の沈むのを止めて  
名前:森田    日付:8月25日(月) 21時24分
 中華民族百年の夢の祭典が、豪華絢爛に幕を閉じた。五輪史上の中でも歴史的な巨碑(新華社通信)を打ち立てたと中国は胸を張る。西洋文明と中華文明が融合し五輪運動をさらに躍動させた中国の影響力は偉大であると手放しで自画自賛しているのである。さらに中国や五輪に多くの批判をしているのはすべて中国というものを如何に理解していないかを示すものだと言い放ってもいる。

 主な競技の前には雨雲へヨウ化銀を搭載したミサイルを何発もぶち込んで人工的に雨を降らせたり、五輪施設会場周辺には10万以上の軍や武装警官を配し異様な雰囲気を漂わせていたそうだ。これらはなんとか全世界へ一党独裁による改革開放政策が如何に効果をあげたのか宣伝したいがための、異常なまでに国際社会の評価を気にする中国首脳部のあせりでもある。

 オリンピックとは比べようもないが空手の試合でも良く似た事態に出くわす。特に各県持ち回りの大会なんか終ってみれば滑稽なほど些末なことにこだわることが多い。会場選びはもちろん更衣室の広さ、予備練習場の確保、コート数などはまだしも役員控室の広さや専任スタッフの有無、弁当の内容、飲み物や土産の手配など細かいことにもその県のメンツがかかっているから大変なのである。また今回のように少数民族などの過激派や政府に批判的な分子の処遇問題もある。その県の内部対立や外部から持ち込まれたいざこざのために審判員の配置とか準決勝、決勝の時の審判選びにも多いに影響されることもある。

 しかしこういった主催者側の事情というものは、まったく選手や観客にとっては無関係なことで、話題にすらならないのがほとんどなのである。だから今回も中国が期待しているほど全世界の人たちは、中国という国をすごいなあ、とは思わなかっただろう。中国としてはこのままの勢いをかって一気に大国の地位を不動のものにしたいと熱望しているだろうが、太陽が沈むのを止めることは出来ないのである。

 むしろ今後加熱して刷りに刷りまくった元をなんとかしないと超インフレに襲われるし、またいたる所に無理をしまくって造ってしまった箱ものを効率よく運用しないと、在庫が過多になり黒字倒産ということにもなりかねない。

 大気汚染、黄砂、鳥インフルエンザ、毒入り餃子などのつぎに中国経済危機は勘弁してほしいと願うのである。中国、がんばって。

572.協会の追い突き研究  
名前:森田    日付:8月20日(水) 21時59分
 火曜日の稽古は、刻み突き、逆突き、そして追い突きの細かい所を重点的にやった。それぞれの突きの動作と腰の動き膝の屈伸との連携、重心の移動などだ。ふだんは直感的にすばやくやってしまっているので、細かくゆっくりと説明しようとするとかなり探求していないと出来ないものだ。例えば刻み突きを繰り出して極めた瞬間の拳、肘と体幹部の適正な角度はどのくらいか。逆突きの軸の違いによる引手と腰の突き出し、回転、引き戻しの関係、追い突きの推進力と運足のそれぞれの時点での腰の回転方向などである。

 もちろんこれをこまごまと解説しているわけではない。あくまで自分の研究として頭の中で考えていることである。協会の追い突きにしびれているのである。しびれるような追い突きはどのようにすれば生まれるのか、どのようにしないとしびれないのか、ただ今いろいろと思い悩んでいるのである。

 空手をやりはじめてもう35年以上経つが、考えるに空手をやっていると、今まで弱いと思っていたことが確かにいつのまにか強くなってきているのは確かなことである。ただその半面、今まで気にしていなかったむしろ強いと思い込んでいた部分が、ある日弱いなと感じることもあるのだ。

 今まであまり魅力を感じていなかった追い突きにこの頃ドップリと浸かっているのである。当分2、3年はハマりそうな気配である。

571.空手道の蹉跌  
名前:森田    日付:8月15日(金) 21時41分
 今日は終戦記念日、63回目か。日本人にとっては、避けては通ることの出来ない心の傷、大きすぎた癒すことの出来ない傷だ。しかしその後の日本にとって敗戦は一つの蹉跌となって、ものすごいエネルギーを生み出したと自分は考える。そういう意味でも今日の終戦記念日は、国民一人一人にとって大切に心すべき日であると考えるのである。別に靖国へ行く、行かないはどうでもいいことだ。心の中で日本の、日本人の深層の恥部を静かに顧みることを忘れなければいいのである。

 誰でも人生振り返ればいくつかの蹉跌が残されていると思う。単なる失敗やつまずきというものではない。そのことを放っておいてはその後の自分の生き方に支障が出るようなそんな失敗である。そういう失敗を自分は蹉跌と理解しているのだが、この蹉跌を乗り越えようとして若い頃は、虚勢を張ってごまかしたり、違うことをしてやはりごまかしたり、はたまたどうしたらいいかわからなくて無理に楽観的になろうと無視をしていた。

 今はしずかに自己分析が出来る年代になった。日本国もあれから新しく産まれたとして63歳になるのだから静かに己を振り返るべきである。今があるのは敗戦のあの日があったからだとも言える。そこには三百万というとんでもない日本人の命の代償がある。

 何のために空手道を修めようとしたのか、その原点となる蹉跌は人それぞれにあるはずである。人間如何に強くなろうとも所詮産まれ持った性分というのは、変わることはない。それを乗り越えようとして生み出してきた大きなエネルギーの源の蹉跌を今後も決して忘れることはないだろう。

570.空手の境地  
名前:森田    日付:8月13日(水) 22時16分
 昨日は久しぶりに浜松のM先輩がやってきたので歓迎の意味で、Mスペシャルメニューの稽古をした。はやい話組手稽古だ。小学校の体育館は、午後6時半ではまだムンムンしている。中にいるだけで汗が流れて体力を消耗する。2分組手で1ラウンド3試合それを2ラウンドやった。本当は4ラウンドをやる予定だったが、M先輩が充分堪能したみたいなのでやめた。

 組手稽古の最中に相手を意識しながらやっているようでは、本当の稽古にはならない。相手が消えて、ただの標的のみと感じられるまで意識を集中する。そしてただひたすら己の技を標的にぶつける、そういう稽古をする。ただこういう稽古をするためには、やはり組手だけで1時間くらいの時間的な余裕が欲しい。組手に没頭するために少なくても、組手をやりはじめてから10分くらい経ってからでないと相手が意識の中から消えてくれない。なかなかふだんの稽古の中では実現が難しいのだ。

 終ってから溝の口で内臓鍛錬を続けた。人それぞれの空手があってそれを聞くのも面白い。ただ空手がうまいとか強いとか、そんな話には花が咲かない。空手にはその人の生き方みたいなものがどうしてもにじみ出てきてしまうような気がする。稽古にでられるかそうでないかが、既にその人の生き様に関係しているからだ。仕事の都合とか、忙しいとかいろいろな理由はつくが、要するにその時間に空手を選ばなかったというだけのことである。人生は選択の連続だから仕方がない。その人なりの優先順位というものがある。

 今日岐阜のF先生からお手紙を頂いた。この掲示板を愛読されているようで恥ずかしい気持ちだ。毎回悩みの多い心情の吐露をただ書き殴っているだけで、たいした内容ではないからだ。時々この掲示板にイタズラが書かれていることにご立腹されてもいるようでした。最近卑怯者が世の中にあふれていることは、まったく遺憾に思う。そんな唾棄すべき連中の中でも、空々しくも堂々と志をのべるという生き方が武道家の生き方ではないかと思う。

 人に染まらず流されず、人に媚びず致されず。
自分の志を描くためには、組手でも形でも標的に対して自分の思いのままを演じようとする、そういう境地に至ることが、最近、空手の修行というものではないのかな、とおもいだしてきている。

569.未来は果てなき旅の途中  
名前:森田    日付:8月6日(水) 21時45分
 匿名さんありがとうございます。最近特におかしいなと思うことが多すぎます。そのほとんどに対していつのまにか無関心を装ったりしているのはやはりまずいことかと思うのです。関心を無くすということは感性が失われることを意味しませんか。

 福田総理は、内閣を改造しますますその居心地を悪くしたような気がします。彼にはもともと親父さん同様、戦うということを極力避ける人だと思います。戦うということはもちろん勝つためにすることですが、それと同時に自分を確かめるという行為にもなると思うのです。だから人には戦いというのは絶えず必要になると思うのです。己の立ち位置の定まらない人に国家の舵取りを任せる国民は大変不幸だと思うのです。靖国参拝をなぜかたくなに避けなければいけないのか、誰かわかるように説明して頂けないでしょうか。英霊を偲ぶ行為は、誰にも犯されるはずはないのです。靖国にいけないのは、彼自身に何かやましいことがあるのだと思えます。福田総理の考えにもし従うなら、北京への開会式出席も当然見合わせるべきだと思うのです。彼にはそういうバランス感覚がないのかもしれません。

 最近もう一つ奇異に思うのは、弱者が強者より強い立場に立っているということです。これは語弊が生じやすいのでもう少しこちらも理論立てしてからでないとやぶ蛇になるおそれがあるので詳しくは述べませんが、要するに弱者の立場を利用する場合が多くなっているということでしょうか。温暖化対策の中国やインド、核問題のイランや北朝鮮それに社会保障制度問題の老人、障害者、未就労者など。世の中の構成員を弱者や強者に色分けするのが間違いだと思いますが、あまりにも単純にしかも情緒的に判断しがちになっているように思えます。

 総理の今回の内閣改造もそもそも20%台で低迷し続けていた支持率をどうにかしようとしたのが始まりでしょう。政治に支持率なんて不要なばかりかかえって有害となると思います。ポピュリズムに陥りやすくなります。小泉政権がいい見本じゃないでしょうか。マスコミ主導で政治を見ようとするとどうしても世間に迎合した間違った判断を起こしやすくなります。だからキムタクが総理になったりするんじゃないでしょうか。

 サザンの真夏の大感謝ボックスを買った。中には鶴の恩返しハッピが入っていた。サザンがいつまで休止するのかこのまま消えてしまうのかわからないけど、毎年夏のばてそうな体に活を入れてくれるような詩をサザンがくれた。だいたい2、3年はリピートで持ちそうだが、それ以上はやはりサザンでも色あせてしまう。

 熱い叫びや甘いささやきのようなそのいとしい声を早く聞かせておくれ。

 

568.辞退  
名前:匿名    日付:8月4日(月) 12時22分
現役の野球部員が逮捕では、辞退は仕方がないと思います。
多分、学校は退学処分にするでしょう。
過去に、既に卒業した愛甲選手の暴力事件で辞退した、横浜高校の例が
あるように、もう少し、学校が真摯に受け止めてほしかった。
「いつまで軍隊の全体責任みたいなことやってるんだ」とか、批判は
あるだろうけれど、全国ネットで放送される野球だから仕方がない気が
します。だからと言って、空手で同じ事があっても辞退はしないだろうとは思います。どちらがいいのかわかりませんが・・・・。

567.甲子園出場は辞退すべきだった  
名前:森田    日付:8月2日(土) 10時36分
 桐生第一の今回の不祥事に対して高野連は、当校の甲子園出場を認めたと報道で知った。個人の不祥事に対しては連帯責任は問えないとの高野連の回答だったやに思う。いつから日本人は心を失ったのか。今回のケースこそきっちりと責任を問うべきものではないのか。犯罪を犯したのは正式な野球部の部員であり、桐生第一の生徒なのである。一生懸命甲子園をめざした部員がかわいそうだというのは、心情的にはわかる氣もするが、なら犯罪の被害者の女の子はどうなのだ。何も関係のないのに突然暴行を受けたのである。その被害者やその家族などの気持ちを考えて部員は涙を飲んで連帯の責任を負うことこそが大切なのではないのか。甲子園へ行くことより数段人として優れていると思うのだが。

 自分さえよければいいという情けない風潮は、大人のこうした態度に表れる。子供にきちんと辞退を説明できるような度量のある教師は望むべくもないのか。自分達の仲間がどれほど酷いことをやってしまったのか真剣に感じているのだろうか。野球さえうまくなれば何をやっても構わないという大きな甘えた考えがどこか学校にあるのではないのか。厳しく言えば桐生第一を何年かの謹慎処分にしてもいいくらいだと思う。生徒も教師も学校も、もう一度惻隠の情という言葉を噛みしめるべきである。

 


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