衝撃もいいところの出会いだった。
housekeeper!-第一幕-
久しぶりの大阪の空気を思い切り吸い込んで、排気ガスにむせる。 清一郎は着替えらや何やらを詰め込んだ黒い旅行バッグを抱えなおし、およそ一週間ぶりの我が家へと歩いていった。
「あれ?何だ兄貴もう帰ってきたの?」 「何やねんそれ。まるでオレが帰ってきたらあかんみたいやないか」 「別に。お土産は?」 「後でなー」
言うなり額に巻いていた手ぬぐいを解き、リビングの扉から半分体を覗かせている弟の横をすり抜けて二階の自室へと向かう。 大きい家で困る、などと言うつもりはないが疲れた体に長い廊下は煩わしい。 後ろでお客さん来てるんだけどなぁと言う恭二郎―弟だ―の声も耳に入ってこないほどに清一郎は疲弊していた。 大好きな温泉巡りを楽しんできたのだが帰りに悪天候に見舞われ飛行機は遅れるわ電車は止まるわの 大幅なスケジュールのずれがあったのだ。ストレスを感じにくい方だとは思うが、正直な話イラついていた。
「っはー……でも温泉は良かったんよなぁ…」
ぼすん、と大きなベッドにダイビング。目を閉じればそのまま夢の世界へ出航出来そうだ。
が。
「清一郎ー!アンタもこっち来て挨拶しぃや!」
生まれてこの方15年。口喧嘩でもその他でも勝てた事のない母親からお呼びがかかった。 清一郎はしぶしぶと体を起こし、引きずるような足取りでリビングへと向かう。 どうせ仕事相手の誰かやろ。そならオレを呼ぶ事ないやんかと母への不満はつきないが、 それでも行かないと後で何があるか分かったものじゃない。
「はじめまして佐野清一郎言います。以後よろしゅう頼ん、ま…す……?」 「は、はじめまして…」
どんなオッサンやと思って扉を開ければ、ちょこんとソファに座った可愛らしい生きものが見えた。 全体的にいちいち小さく、ひどく庇護欲を駆り立てられる女の子だ。 緊張しているらしく少しばかりどもったその声は高すぎず低すぎず丁度良く響いた。
「…おかん、どこの会社の令嬢や」 「ちゃうわボケ」 「ボケか!」 「あ、えっと、今日からここで働かせて頂くことになりました、植木コウです」 「ちなみにオレと同い年。ね、植木さん」 「はぁ?いや、話読めへんて」 「兄貴は空気も読めないけどね」 「うっさい!」
「せいいちろう、さま…でいいんですよね?」 「せ、せーいちろうさま!?」 「間違ってますか?」
不思議そうな面持ちでことりと首を傾げた植木に、清一郎の心の中で何か新しい感情が生まれた。 それは言うなれば豪雨の夜に捨てられた子猫を見つけてしまったようなどうしても 守ってあげたくなるような即ち一発でその存在に射抜かれてしまったような、
つまるところ。
(あかんあかんあかんあかんあかんあかん何や何なんやこいつめっさ可愛ぇっ!!)
恋。
「あの、奥さま」 「何?」 「清一郎さまはどうなさったんでしょうか」 「気にせんでええよ、コウちゃん」
固まった清一郎を邪魔にならないようにどかすのは昔から恭二郎の役目。 ごりごりと廊下へ兄と言う名のナマモノオブジェを運んで行く。
―その少女、植木コウは父が通りすがりの孤児院で見つけたらしい。 周りの子供達に平等に接し職員と思しき人の手伝いもこなす少女。 丁度ハウスキーパーが欲しくて仕方がなかった佐野永四郎にとってそれは運命の出会いだった。 (息子が息子なら父も父である) 即刻申し込んで手続きをすませあれよあれよと言う間に佐野家お抱えハウスキーパーと相成った、と言うわけだ。 別に可愛かったからとかそういう理由ではない。断じて違う。 たまたま天使のように可愛かったのだ。本当にそれだけだ。
何はともあれその日から佐野家ではふわふわと緑のクセっ毛を揺らしながら 一生懸命家事に勤しむ少女の姿を見る事が出来るようになった。
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