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こけし談話室・訪問ノート

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1300.(untitled) 返信  引用 
名前:私は贋者?愚か者?    日付:2006年6月18日(日) 9時5分
本当にこけしは「愚かな物」としてお集めなのですか?先生方にそう仰られると、初心者のわたくしとしましてはこけし収集を続ける自信が揺らぐようで不安なのですが?



1302.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月18日(日) 9時16分
基本的には子供のおもちゃですから、それに夢中になる自分に苦笑しながら、集め、文章を書いているしだいです。夢中になっているということを前提にしながら、それで、われを失うまいという自戒の言葉とでも言えばよいでしょうか。また、夢中になって、こけしを作る方に多大な迷惑をかけまいという決意の表れでもあります。大上段に振りかぶらずに、静かにこけしを楽しめればよいのですが、なかなかそういう心境に到達することはありません。
 わたしもサラリーマンで、こけしに始まっていろいろなものを集めてきましたが、家計にかなり負担をかけてきました。業のようなものかもしれません。でも、簡単に正当化できることではない、と思っています。


1306.Re: (untitled)
名前:私は贋者?愚か者?    日付:2006年6月18日(日) 16時22分
ズニモザイック様
ご回答ありがとうございます。また教えていただきたいのですが、「基本的には子供のおもちゃ」なのでしょうか?写真でしか見ることはありませんが、作蔵や栄治など子供のおもちゃとして作られたものなのでしょうか?子供のおもちゃとしていつどのような用法が具体的にあったのか教えていただけませんでしょうか?
ベテランの指導者的な収集家が「おもちゃっぽい」こけしという表現をなさっていますが、この意味合いが理解できないでいます。ズニモザイック様の仰せの言葉ではありませんが、あわせてお教え願えませんでしょうか。よろしくおねがいいたします。


1307.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月18日(日) 17時11分
特注品でない限り、大きなこけしはなかったということです。女の子が着物のようなものを着せて、おぶって遊んだとか。その証拠に、傷だらけになって、真っ黒なこけしが見つかります。こまや、その他のおもちゃとともに、温泉土産として湯治客に買って帰られ、男の子にはこまのようなものが、女の子にはおままごと道具やこけしなどがプレゼントされたようです。
 時には、エジコの下のおいて、エジコをゆすって赤ちゃんをあやすために使ったり、おる程度大きいものであれば、墨を叩き割るために使ったりもしたようです。今の人の目から見ればとても可愛いとはいえないようなこけしの顔も、当時の子供の目からすれば、結構ひきつけられるものであったのかもしれません。それとも怖がったのでしょうか。少なくても、湯治に来た人がお土産として子供にあげるために買っていった多くのおもちゃの一つだったのは間違いがないところでしょう。その多くのおもちゃの中の一つとしてこけしを見ることが大切だと私は思います。農民の再生儀礼の場としての湯治空間とお土産としてのこけしなどに関しては、木の花12号の橋本正明さんの論文、「こけしの始原的世界−八幡屋栄治に関連して」(特に19頁)をご覧ください。


1308.Re: (untitled)
名前:私は贋者?愚か者?    日付:2006年6月19日(月) 6時44分
ズニモザイック様
お教えいただきありがとうございます。「木の花」を参照したいところですが、持っていませんのでまたまた質問をさせていただきます。
先生の仰るおもちゃとは「子供(3歳から8歳の間ということでよろしいでしょうか)の遊びの道具」という意味のように受け取ったのですが、「特注品でないかぎり大きなこけしはない」とすると本来の(おもちゃである)こけしは小さなものということになります。大きい小さいは感覚的なものですので、仮に20センチ程度以下を小さいものとしますとおぶって遊ぶにはかなり無理があるように思います。おぶって遊ぶとなるとある程度の幅と軽さと大きさが必要ですがこけしはそのいずれの条件も満たさないように思えてなりません。
わたしも子供に5寸のこけしをおもちゃとして与えたことがあるのですがまったく見向きもしませんでした。今の子供にはいろいろなおもちゃがあるからかもしれませんが、昔の子供とて動くもの、音のでるもの、自分の使い方に従うようなものをおもちゃとしていたのではないでしょうか。
湯治客が女の子にはこけしを与えたとのことですが、作蔵や栄治が子供に喜ばれるとはとうてい思えませんし、着せ替え人形のように使うには手足のないこけしには無理な話です。小さな衣類がひっかかるところがこけしには無く、すぐに抜け落ちてしまいます。
まして嬰児籠を揺らす、墨を叩き割るなどおもちゃとはかけ離れています。「傷だらけで真っ黒なこけし」はむしろ大人のこのような用い方の結果として残ったと説明されるほうがよほどすっきりとしています。
こけしの起源が何か、何時のことか分かりませんが、おもちゃとしてつくられたものなら全国に残っていてもいいように思います。仮におもちゃとして作られた時代があったとするならそれはこけしが発生したとされる幕末なのでしょうか、それとも明治期、大正期、昭和初期のどのあたりなのでしょうか。そしてそのことを実証する史料は何か存在するのでしょうか。こけしが子供のおもちゃとしてあまりにも不向きであることをわが子に教えられたものとしての素朴な疑問です。


1309.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月19日(月) 8時26分
寸法的には、大で7寸前後、中で6寸前後、小で5寸前後になる、というのが定説でしょう。それより小さい3寸五分から4寸くらいのものは、名称が異なるようです。高橋五郎さんによれば、発生的に異なっているのではないかということです。
 使われ方については、どこかの本に写真が載っていたはずです。探している時間的な余裕がありません。申し訳ありません。
 子供が何歳かについては、ままごとで遊ぶ年齢ということですと、4・5さいころから思春期の始まる前ころまでと考えてよいのではないでしょうか。
 こけしは、その他の複雑なおもちゃより、技術的には簡単なものです。修行のかなり早い段階で、いろいろな道具の使い方を覚え、形態に関する感覚を磨くために、練習することになります。でも、単純なだけに、美しいフォルムを轆轤で削りだすことは難しいと思います。描彩を弟子時代に許されることはなかったでしょう。それから、複雑な組み物のおもちゃに移り、椀、茶筒やその他の一般挽きものに行きます。人によっては、この立き挽きからさらに難しい横木挽きに移ります。そこまでできるようになったら、職人としては、一人前です。要するに、こけしは、玩具の中の一種、しかも技術的には簡単なほうの部類です。かなり高い技術があって、単純なこけしを引くから、美しい形態が生まれるのでしょう。


1311.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月19日(月) 11時32分
湯治習俗とおみやげ、子供のおもちゃについては伝統こけしのホームページ「木人子室」(http://homepage3.nifty.com/bokujin/)の橋本さんの論文、 
「こけしと杖あるいは棒における象徴作用」の、特に、後ろのほうをお読みください。

 


1312.Re: (untitled)
名前:私は贋者?愚か者?    日付:2006年6月19日(月) 21時14分
ズニモザイック様
ご指摘いただきましたホームページを早速よませていただきました。子供風土記は以前読んだことがありますがほとんど全部忘れていましたが、記憶では、子供の遊びは大人社会の模倣による社会同化のための学習であるとする内容だったかと思います。ままごと遊びなどはその典型のように思います。
教えていただいたホームページですが「棒」の持つ意味合いを神性の獲得と位置づけ現実と非現実を繋ぐ役割を担わせているようです。この神性の獲得がいきなり「棒」としてのこけしに転化してしまい、こけしを神性を運ぶ宮笥として解釈しようとしているように読みました。ここで実に不思議なことですが、いきなり「こけしはおもちゃである」との前提にたって神性の運搬手段であるこけしがままごと道具の一員にされてしまいます。単なる試論ですので厳密な論理展開と検証を必要としないとしても、神性の体現者であるこけしを子供に与えて乱雑に扱われるようなことをするでしょうか?お正月に神社からいただいてくる破魔矢でも子供に与えたりはせずに一応は飾っておくと思いますが、こけしの場合はいきなりおもちゃになってしまいます。これでは神性の担い手としてはまことに不都合なことではないでしょうか。おもちゃは子供が遊びながら学習するための道具であって、このようなものを買い与える親はおもちゃに神性を見出すとは思えません。こけしがおもちゃであるとするならこれほどつまらないおもちゃはありません。わが子にしてもむしろ手ごろな棒切れのほうを自由に使って遊んでいました。こけしはおもちゃ箱のなかでべとべとになったまま無用の存在でしかありませんでした。
こけしがおもちゃであり、工人の修行の過程として作らされたものであるならば全国の木地師にその痕跡があってしかるべきではないでしょうか。


1313.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月19日(月) 21時59分
「もちろんその時代のこけしは、この成長を祈念する厄除け人形で、親が愛児に買い与えた、唯一つの純粋なほうこでした。だから、その頃のこけしには、美とか可愛ゆさとかを超越した神韻とでもいうようなものがただよっていました。」(天江富弥「こけし探求の頃」より)
 


1314.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月19日(月) 22時23分
そうですね。英語圏の人なら、Good Question と言いますね、きっと。

例えば、東北にも土人形や張子はありますから、必ずしもこけしでなくても良いはずです。でも、こけしは、東北にしか発生しなかったようです。木地師も、温泉も日本全国に存在しますから、あってもよさそうですが、発生しませんでした。すると、何か、東北の特殊性のようなことを想定しなければなりません。神社等の「おみやけ」も全国にあります。温泉とその周辺にこけしが発生していることを考えれば、湯治習俗と関係していることも確かでしょう。こけし文化圏というものがあったとしか考えられません。
 現在の私達には、その意味がわからなくなっている習俗にも、なにか古い信念体系と関係した意味があったに違いありません。私達の生活からはそれがなくなりましたから、今はわからなくなっているのでしょう。いずれにしても、何かの祈りに近いものがあって、子供に与えられて、それをしゃぶりつくしても、それでよかったのでしょう。場合によっては、しゃぶりつくした方が、良かったのかもしれません。厄除けだとすれば、そのほうが理にかなっているのかもしれません。木製のおしゃぶりにもそんな意味があるとか、聞いたことがあります。
 遊んで、遊び尽くして、その命が終われば、何らかの形で供養して消滅させてしまう、それでよかったのでしょう。今の親や子供では計りきれないものがあったのではないでしょうか。

どうぞ、このさまざまな疑問を深めて、追求していってください。でも、今の状況から類推するのではなく、当時の人々の信念体系や生活の中でこけしはどんな働きを持っていたのか、意味を持っていたのかと考えないと、答えが出ないことのように思います。今後の研究の成果を期待しております。


1315.Re: (untitled)
名前:若葉印    日付:2006年6月21日(水) 2時15分
はじめまして。
ずっとこちらのサイトをROMしてましたが、初めての書き込みとなります。まだこけしについては勉強し始めた初心者ですがどうぞよろしくお願いします。m(_ _)m

こけしのルーツについては諸説あると思うのですが、起源についてひとつの説に統一させようとする意味はあるのでしょうか?
ある地域では信仰の対象として今でいうこけしらしきモノがあり、ある地域では子供の土産用として売り出した。また別のある地域では他の目的で作られていた、というふうにその地域によって違っていて当然だと思います。それらが今の時代になって統一して「こけし」と呼んでいるだけ、というふうに考えたほうが自然です。
とはいえ、研究としてはその諸説それぞれの起源をさかのぼってみることは必要でしょうが、今の「こけし」の起源がひとつの結論になること自体ありえないと思います。

あと、今のモノの多い時代に、こけしが子供のおもちゃとして受け入れられないのも不思議ではないです。
モノのない時代だからこそ、子供に受け入れられたものと思います。
私の母が子供のころ疎開先(新潟)で、おもちゃの人形などなく、こけしを人形にして着替えさせたりおんぶしたりして遊んだことを聞きました。
江戸時代の東北地方では、今みたいにぬいぐるみもゲームなんかも当然ありません。市松人形のような立派なものを持つ子も少ないでしょう。
当時、東北がいかに厳しい暮らしだったかが、逆にこけしから伺い知れることができます。

先日池袋の伝統工芸品センターで、ある家族が来られてました。
その中で小学生ぐらいの男の子が、つまらなそうに付き合ってました。
しかし、こけし売り場を見つけたとたん、「あっ!こけしだ!こけしだよ!」と叫んで走って近くに見に来ました。昔ながらの全国の伝統工芸品がたくさん陳列している中、子供にとってはとても興味を引くものだと思います。今、ではなく、昔だったら、こけしは子供たちの人気者だったと思います。

突然割り込んできて、しかも長々と生意気申し上げてすみませんでした。


1317.Re: (untitled)
名前:私は贋者?愚か者?    日付:2006年6月22日(木) 0時51分
若葉印様
割り込んでいただきうれしく存じます。
ズニモザイック先生に質問させていただいていましたが他の方へご迷惑ではと思っていたところですので、すこしほっとしています。
私はこけしがもちゃであって一向にかまわないのですが、日本の人形の起源ともいえる縄文土偶、埴輪などはおもちゃとして作られたものではありません。古代以前におもちゃとしての人形が存在したのか否か、おそらくは、おもちゃとしての人形を生産する余裕はなかった筈です。さらに下って平城京、平安京の時代でも、出土するヒトガタ、人面土器など、現在のこけしにその面相が驚くほど似ているものがありますがこれらも明らかに用途はおもちゃではありません。雛人形の起源もごく粗末な流し雛だそうですが、これも変化して鑑賞の対象ともなるような装飾人形になりました。全国各地に残る土人形等の郷土人形も、その題材の幅広さ、描法などを見ていますと必ずしも子供のおもちゃとして作られていたとも思えないのです。嵯峨人形や御所人形を例にとるまでもなく、日本の人形は大人の鑑賞対象(これをしもおもちゃというのであればとにかくにも)として生産されているようです。今に残る這子のようなものであれば布さえあれば縫いぐるみのように作れる筈であり、何もわざわざ手足のないこけしを子供のおもちゃとして作る必要はないのでは?と思っているのです。
私はこけしの起源をおもちゃであると断定する根拠があれば教えていただきたいとは思いますが、起源がおもちゃではないと断定できる根拠も知りません。しかしながら、「たかがこけし、されどこけし」などと安易に言い放つ姿勢に抵抗を感じているのです。
芸術品であるか否か、骨董品であるか否かなどという議論はこけしそのものを鑑賞するうえでは無用な議論なのではないでしょうか。
長年こけし収集をなさり鑑賞眼の卓越していらっしゃる先生方に、鑑賞対象としてのこけし論議を展開していただけたら、私のようなこけし初心者にとって大いに参考になるのです。こけし収集家の多くは鑑賞が目的だと思いますが、そのような人にとっては研究は鑑賞の補助手段ではないのでしょうか?おもちゃと断定してしまいますと鑑賞の機軸がおもちゃとしての範囲内に固まってしまい、「おもちゃっぽい」ことをよしとする鑑賞基準になるのではないかと危惧する次第です。
(追記)
「つどい」というところで出していた「木楽」というパンフレットのようなものを見せていただいたことがあります。その中で、近年、縄文土偶に一本足の土偶が発見され超現実への祈りの表象かと紹介されていました(うろ覚えで正確ではないかもしれません)。橋本先生の棒の議論と通じるようですが、棒は持つだけで力の源泉になりますのでちょっと意味合いが違うかもしれません。


1318.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月22日(木) 5時58分
私は贋者?愚か者?様

どうもすごい先生のお相手を知らずにしていたようです。失礼の段お許しください。

こけしの発生の議論をするときは、こけしがどの時点で発生したか。そのこけしの性質は、と問わなければならないようです。

先生には、もうお分かりのことと存じますが。私の力量をはるかに超える先生の学識に敬意を表して、ここらで退場させていただきます。


1319.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月22日(木) 11時9分
怪人二十面相様

初めて素直に自分を表現されたようですね。はじめから、もって回った言い回しをされなかったら、少しはほかの参加者に迷惑をおかけしないで、建設的な議論をすることができたでしょうに。残念です。

お感じになっていたように、皆さんにご迷惑をおかけしたと存じます。この辺でやめにして、次の機会がありましたら、もう少し議論がかみ合うような設定で、再開しましょう。そちらで、土俵を設定していただけるならお付き合いしますが、初心者を騙ることはやめようではありませんか。縄文や、中世にさかのぼるなど、生半の方ではないと存じます。しないでもよい説明をおろかにもしてしまったと、自己嫌悪に陥っています。それが先生の目的だったかな、とかんぐってしまいました。失礼の段くれぐれをお許しください。印籠が目に入らなかったものですから。


1320.Re: (untitled)
名前:私は贋者?愚か者?    日付:2006年6月22日(木) 23時17分
ズニモザイック様
ご気分を害されたのならどうぞお許しください。
私は以前土人形を集めていたことがあり、その起源を尋ねて日本の人形史の概略をほんの少々学んだだけの者です。ご存知のように土人形には数百年の歴史があり、かの足立先生はその著書のなかで「こけしをたかだか百年の歴史」としてばっさりと切り捨てておられます。私もそのようなつもりでいたのですが、こけしと出会う機会がありその単純な造形と省略の極致に新鮮な感動を覚えました。不遜にも、歴史のないものとしてこけしをまともに見ようともせず、観光地で目にするこけしの感覚でつまらないものと断じていたのです。その後こけしと付き合い始めてから、いつしか、土人形の造形をうるさく感じるようになり、土人形も文献もすべて処分してしまいました。
こけし収集家としてはまだほんの駆け出しですが、他の収集の経験が誤解を生んでしまったようです。こけしの世界の約束事などにはうといものですので失礼があったとすれば重々お詫び申し上げます。
追記
サイト運営者様、この項を削除しようかとも思ったのですが他の方の投稿もありますので私には判断できません。削除されるなり、残すなり、よろしいようにお取り計らいくださいませ。お手数をおかけして申し訳ありません。
それにしても、頭と胴だけで人形と解されるこけしとはまことに不思議なものです。

1294.【鼓堂太治郎】・・・ 返信  引用 
名前:kyougan    日付:2006年6月14日(水) 13時28分
果たして図録の解説の冒頭に出てくる8寸なのでしょうか・・・?保存状態と時代、作者名そして旧蔵者名等々どれが選択基準になるのか興味津々です。



1295.Re: 【鼓堂太治郎】・・・
名前:kokekokko    日付:2006年6月14日(水) 15時52分
 オークション、賑やかになって来ましたね。署名入りの久四郎も、どのように評価されるか見物です。


1296.Re: 【鼓堂太治郎】・・・
名前:久四郎    日付:2006年6月14日(水) 17時8分
ブハハ・・わしゃもっと うまかったよ。


1297.Re: 【鼓堂太治郎】・・・
名前:kokekokko    日付:2006年6月14日(水) 22時35分
 ごもっとも。


1298.Re: 【鼓堂太治郎】・・・
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月15日(木) 13時21分
久四郎さんのせりふは意味深ですね。8寸に言っているのか、3寸に言っているのか。


1299.Re: 【鼓堂太治郎】・・・
名前:deku    日付:2006年6月17日(土) 21時39分
いっっしょに出品されていた「白べんた人形」はいつ頃のものなのでしょうか? どなたか教えてくださいませ。あの人形とこの保存のよいこけし達の出所はいっしょと勝手に思ったので。(署名入り久四郎等)

1245.(untitled) 返信  引用 
名前:広卓    日付:2006年5月23日(火) 17時27分
今は作られて無いと思いますが、偽物を追求しています。
丑蔵70歳の差込3寸、戦後の蔦作蔵など同様のが他でもありましたら情報交換できませんでしょうか??よろしくお願いします。



1247.Re: (untitled)
名前:私は贋者?    日付:2006年5月25日(木) 20時34分
偽物とはどのようなものをいうのでしょうか?久四郎贋作時代などと呼称される久太郎なども偽物なのでしょうか?代作は偽物でしょうか?工房のブランドとして使われた名前は偽物でしょうか?辰夫は偽物ばかり作っていたのでしょうか?武治などは死後もこけしが作られていましたがこれも偽物でしょうか?復元などと称するまがいものは偽物ではないのでしょうか?本物って何?


1248.Re: (untitled)
名前:広卓    日付:2006年5月26日(金) 8時14分
今回私が言いたい偽物とは、血縁・弟子関係と全く関係のない人(業者)が営利目的で作ったモノを示します。説明不足ですいませんでした。


1251.Re: (untitled)
名前:本物    日付:2006年5月30日(火) 8時58分
「偽物」に非常に興味があります。勝手ながら1425と1428のお話をまとめると「丑蔵70歳の差込3寸、戦後の蔦作蔵」などの偽物は業者が作ったということになるようですが、それは30〜40年代のこけしブーム時に作られたものでしょうか?時折オークションに出て来る「何々系」とだけ胴底に記されたものなど、如何にもという感じですね。或いは「丑蔵70歳の差込3寸」など、それ以降の物ですか?もし、前述の「丑蔵70歳の差込3寸、戦後の蔦作蔵」のこけしをお持ちでしたら、情報交換の為にも是非お写真でご紹介戴けないものでしょうか?


1252.Re: (untitled)
名前:広卓    日付:2006年5月30日(火) 11時28分
>「丑蔵70歳の差込3寸、戦後の蔦作蔵」のこけしをお持ちでしたら、情報交換の為にも是非お写真でご紹介戴けないものでしょうか?

丑蔵は3寸と蔦の偽物はいずれ掲載致します。
828の丑蔵らしき物も個人的に怪しいと思ってます。
丑蔵は頭部の材料に板目を使わない筈なので・・・


1253.Re: (untitled)
名前:その828の丑蔵らしき物の持ち主ですが(苦笑)    日付:2006年5月30日(火) 17時45分
Original Size: 431 x 604, 47KB Original Size: 451 x 525, 38KB Original Size: 429 x 651, 48KB

広卓 さま、

その頭部の拡大写真です。2度クリツクすれば拡大写真になります。
お役立てくださいね。



1254.Re: (untitled)
名前:↑書き忘れました    日付:2006年5月30日(火) 18時58分
広卓 様、

へんな意味ではなく 知りたいのです。
卒直な意見を 聞かせてもらえないですか?
公にかくのがまずいようでしたら、直接メールください。

自分としては 贋作であろうと本物であろうと 気にいつてるので、これからも大切にしたいので。

一応出所ですが 地元の日系の80こえた年配の女性からです。仙台の旧家の末裔です。


1255.Re: (untitled)
名前:kokekokko    日付:2006年5月30日(火) 22時1分
 遠刈田よりは湯田の香りがしますね。


1256.Re: (untitled)
名前:Kokekkokoさまへ    日付:2006年5月30日(火) 22時16分
たしかに。湯田時代の丑蔵ではないかと以前 先輩の知り合いに写真を送つたら言われましたが。

銘はどこにもないです。


1257.Re: (untitled)
名前:広卓    日付:2006年5月31日(水) 19時4分
>へんな意味ではなく 知りたいのです。
卒直な意見を 聞かせてもらえないですか?
自分としては 贋作であろうと本物であろうと 気にいつてるので、これからも大切にしたいので。

まず私が感じたことを書きますと、@前髪の向かって右側が普通は流れてしまう癖(前髪の形が「∧」ではなく「へ」のようになる)があるがこれにはない。A普通は眉→目→鼻→口の順番で描きますが、今回は目と眉の描き順が逆のせいか眉が小さくなってしまった。B全体的に迷いながら描いている。(筆が遅い・良く言えば丁寧すぎる)事です。
以上の点で丑蔵自身の手によるものではないと思った次第ですが、人の見方はそれぞれですので確実ではありません。

偽物かどうかというと一概に言えない点があります。
 煤孫実太郎と取引が無くなった長寿庵が作った例、仙台で作られた(第一民芸か?)全然似ていない文助が売っていた例がありましたが目的は金儲けですので、この場合は贋作と呼び偽物で良いと思います。
 小幡一家・白畑一家の例を挙げればこちらは代作と呼び偽物に当てはまるのか議論がまだまだ必要ですが、一家で作った物でも目的が善意によるものか悪意かで代作・贋作の判断が分かれると思います。


1258.Re: (untitled)
名前:広卓さまへ    日付:2006年5月31日(水) 23時3分
時間をさいて説明、貴重な意見有難うございました。
きちんと受け止めましたので、参考にさせてもらいますね。

このこけしに関しては これからも今まで同様大切にしてゆきますので。 


1259.Re: (untitled)
名前:kokekokko    日付:2006年6月3日(土) 11時47分
「湯田の香り云々」というのは、面描、特に眼点の入れ方に小林某の技法との共通点を感じたからで、湯田時代の丑蔵かどうかということであれば、技法以前の第一印象からして違和感があります。


1260.Re: (untitled)
名前:Kokekokko様へ    日付:2006年6月3日(土) 21時41分
有難うございました。定雄ということですね。
心にとめておきますね。それでは。


1261.Re: (untitled)
名前:kokekokko    日付:2006年6月4日(日) 11時13分
 断定は出来ません。


1264.Re: (untitled)
名前:Kokekkokoさまへ    日付:2006年6月4日(日) 23時24分
ご心配なく!! 自分の心の中では作者は これではないかというものは既に以前からあるのです。でも 先輩の意見にもきちんと耳をかたむけたかつたもですから。

重ねてありがとうございました。すごく参考になりました。


1267.Re: (untitled)
名前:広卓    日付:2006年6月5日(月) 18時1分
話をそらせてしまったのは私自身でした。

>「偽物」に非常に興味があります。勝手ながら1425と1428のお話をまとめると「丑蔵70歳の差込3寸、戦後の蔦作蔵」などの偽物は業者が作ったということになるようですが、

 大方は業者と考えて良いと思いますが、詳しくはそれだけではないようです。

>それは30〜40年代のこけしブーム時に作られたものでしょうか?時折オークションに出て来る「何々系」とだけ胴底に記されたものなど、如何にもという感じですね。或いは「丑蔵70歳の差込3寸」など、それ以降の物ですか?

作られた時期は、だいたい同じ時期のものです。(丑蔵70歳だと昭和33年頃)
 来週に蔦の偽物らしき作の写真を載せようと思いますが、丑蔵の偽物らしき作品は今ヤフオクで出品されているので、そちらを確認して頂ければ助かります。


1268.Re: (untitled)
名前:東北大学法学部こけし学科    日付:2006年6月6日(火) 7時20分
(鹿間?)広卓様へ

>・・・828の丑蔵らしき物も個人的に怪しいと思ってます・・・

刑法第231条【侮辱】事実を摘示せずと雖も公然人を侮辱したる者は拘留又は科料に処す。

親告罪故取り敢えず心配なさそうですが、一応気をつけて「興味あるご議論」をお続けください。


1269.Re: (untitled)
名前:広卓    日付:2006年6月6日(火) 19時9分
>>・・・828の丑蔵らしき物も個人的に怪しいと思ってます・・・
>刑法第231条【侮辱】事実を摘示せずと雖も公然人を侮辱したる者は拘留又は科料に処す。
>親告罪故取り敢えず心配なさそうですが、一応気をつけて「興味あるご議論」をお続けください。

 以上のように指摘を受けてしまいましたので事を真摯に受け止め、この議論の幕を引こうと思います。文献等に掲載されていない「偽物・代作・贋作」の情報交換をしたいと思ったのですが、所有者・作者に間接的損害を与えてしまうことが想定されますので、個人で研究してみます。
 時間を割いて書き込んでくださいました皆様へ、ありがとうございました。


1271.Re: (untitled)
名前:広卓    日付:2006年6月8日(木) 10時27分
自ら幕を引こうと書いたにもかかわらず,再度の投稿お許しください。

 東北大学法学部こけし学科 さまの文章はこのHPの管理人さんでは無いのでしょうか?私は管理人さんが「そろそろ危ない方向へ進んでるから止めてほしい。」と願ってると思いあのように記載したのですが・・・
 誤解の無いようにするため加えて書きますが、現在の工人が作る○○型などの作品を「偽物だ」と示しているのではなく(微塵も思ってません!)、あくまで当時の物産会社などで作られた商業目的の昭和30年代・40年代初めの同時代の作者(文助・煤孫・例外で藤原政五郎・新山久治がある)のモノマネにどのようなものがあるかの議論をしたかったのですが、私の文字足らずで別な解釈をされた方には重ねて謝ります。


1273.Re: (untitled)
名前:管理人    日付:2006年6月8日(木) 17時49分
管理人は「東北大学法学部こけし学科」を騙ったり 偽物追求の論に歯止めをかけたり,ましてや話の方向性に心配をしていることもありません。引き続き,存分に追求してほしいと思います。 


1275.Re: (untitled)
名前:広卓    日付:2006年6月9日(金) 8時30分
管理人様、再度失礼します。
書き込みありがとうございました。
おかげで「東北大学法学部こけし学科」氏が誰か判断できました。「親告罪故・・・」の「故」を使うここの常連さんは限られるようですので・・・
 この後は静観しますが、趣味の中で「侮辱罪」等の言葉を使われたのは初めてであり、正直冷めてしまいました。
 このようなことが以前(昭和40年代)もあり、研究の善し悪しは別として、途中でやめてしまった事例もあるのだろうなと実感しました。
 


1276.Re: (untitled)
名前:kokekokko    日付:2006年6月9日(金) 16時8分
 昨日朝、全投稿の下にI.P.add.(個人情報の部類に入ると思いますが)が表示されておりましたが、意識的な結果でしょうか?


1278.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月10日(土) 9時35分
私が出会ったものでは、亀寿さんの8寸がありました。顔の描き方や署名はそっくりでした。ただ木地は、本人のものは頭の中に挿し込む胴体の部分が一体の成形で、非常に太いのに対し、それは、別に作り、胴体と頭の両方に差し込むように造ってありました。某業者とかなり腕の良い職人の合作(亀寿さんの弟子?)のように感じました。
 もうひとつは、庄七さんの大寸もので、署名と年齢があって、木地描彩とも息子の敏さんの手です。時に、ヤフーにも出てきますが、背中の菖蒲模様は、敏さんの手です。また、本人は、病で手が震えているときなのに、やけに筆が走っています。これは、敏さんの庄七名義と言うことなのか、贋作と考えるべきなのか、難しいところなのかもしれません。


1279.Re: (untitled)
名前:kokekokko    日付:2006年6月10日(土) 18時54分
Original Size: 400 x 283, 145KB

 deku様、その件了解致しました。

 庄七のこけしについては「裏模様の菖蒲のシベの開きで判断出来る」と、仙台の某先生から伺ったことがあります。前面の赤の尻尾のような形状(写真・右が庄七)も判断材料になるように思います(左の敏は初期作ですからそんなに参考にならないかも知れませんが)。

 余談です。先日、某収集家先生から「山から木を切り出して製材し、自分で挽いて師匠の型を描くのが伝統こけしだ。描くだけならその辺のデザイナーなんか工人よりずっと上手く描けるのは当り前で、そんなの(描彩のみのあるこけしのこと)は伝統こけしではない」と一喝されました。伝統こけしは「師弟継承・一子相伝」が理想らしいですが、この秋保こけし全般も含め、戦前〜戦後間もなくの木地山系、山形系、ある意味複雑な飯坂鯖湖、それに作並・津軽系など、例え描き手と作者が違っていても特例(例えばa型、b型、c型とか?)として認められるんでしょうね。
 たかが木人形のことなのですが、何処かに無理のある矛盾した世界(収集界隈のこと)のように感じます。



1280.Re: (untitled)
名前:ズニモザイック    日付:2006年6月10日(土) 22時20分
伝統こけしという言葉がなかった戦前は、師の名前で呼ばれる工房作品が当たり前だったように思います。例えば、久四郎さんのこけしの木地を引いたのは、弟子がいればそれも含めて一家総出だったはずです。そうして作られた木地に、師匠が目鼻を書き、胴模様は他の誰かが描き、そうして作品が完成されました。そのときは、誰も作者名など気にしませんでしたから、聞かれれば師匠の名前や、商店主の名前が、そのこけしの名前になって行ったのです。小椋泰一郎さんもそうでした。高橋武蔵さんもそうでした。弟子に仕事を教え、職人に仕事を保障するするには、師匠の型の木地を挽かせ、それを師匠が描いて売らなければ、関連する人々の生活は再生産できないのです。
 大野栄治さんのこけしは、嘉三郎さんの名前で初めは出ていたのでないでしょうか。最終的にその品物の品質を保証する師匠の名前で、品物が出て行って問題なかったのでしょう。
 伝統こけしという名前ができてから、一人での一貫生産ということになっていったのです。工人が作家化することで、一貫生産し、署名を入れることになったのでしょう。こけしは、おかみさんたちが宿を担いでまわって湯治客に売るこけしでなくなり、都会の趣味家の収集対象になって、伝統こけしになっていったのでしょう。こうして、こけしはその原生命を失っていったのです。それでも、創造的な工人が出現することで、別の生命を獲得したのかもしれません。


1283.Re: (untitled)
名前:kokekokko    日付:2006年6月13日(火) 18時13分
 ズニモ様のお話は良く理解しております。

 話は逸脱するかも知れませんが、著名な先生方が有名な著書に於いて高橋兵治郎のことを「戦前は色っぽい味があったが、以後(戦後)はその特色が失われ平凡なこけしになった」などと真面目に評したり、他の工人のこけしでも、手の違う同時代のこけしを前に四苦八苦して時代区分しようとしている(していた)姿が、ある意味滑稽なのです。
 再び、こけしはたかが木人形。それを日本古来の伝統工芸と同格にまで引き上げようとした哀れな試みがこけし伝統論であり、「○○デパートで個展開催」などという「こけし芸術家」を生み出す基になったような気がします。その善し悪しは別として、果たしてこけしは芸術品なのでしょうか?
 


1290.Re: (untitled)
名前:kokekokko    日付:2006年6月13日(火) 18時51分
 こけしは個展開いてばか高くして売るものでは無い、木地師が手遊びでひょいと作ったものの方に凄みと魅力を感じる、と言った本質論のつもりでしたが、無理がありましたか・・。何れどんなこけしを選ぼうが、収集家個人の自由ではありますが。

追記
 「指導者然としていろいろ干渉する」的な?本質論は他所でひっそりとするとして、誤解の根源となった「伝統芸能」は「伝統工芸」に訂正致しました。1283は、どちらかと言えば蒐集界に対するアンチテーゼのつもりでしたが・・ご理解得られぬも不徳の至り。何れ「〜されどこけし」的展開こそ望むところです。

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