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こけし談話室・訪問ノート

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1922.作者が知りたいです。 返信  引用 
名前:ずぐり    日付:2012年2月4日(土) 1時52分
Original Size: 450 x 600, 23KB Original Size: 600 x 450, 18KB

皆様のお知恵を拝借させてください。こけし収集を始めて二年になります。この一本は、オークションで入手しました。作者・時代が解りません。お解りの方教えて頂けませんか?



1923.Re: 作者が知りたいです。
名前:deku    日付:2012年2月11日(土) 12時17分
私はわからないのですが作蔵型という感じなのでしょうね。渡辺恒彦周辺の工人さんでしょうか。


1924.Re: 作者が知りたいです。
名前:ずぐり    日付:2012年2月12日(日) 22時5分
<deku様
ありがとうございます。
恒彦工人ですか、山根屋系なんですかね。
御本人に確認できないのが残念です。

出品者の意図なのか、底書きの一部がすみで消されています。
作者名と云うよりも、日付けを消して有る様な感じです。
元々署名は無かったのでしょうか。

残っているのは、シャープペンシルで68.3.21と、2.3.14そして「しかま」の文字。
・・・謎がいっぱいの一本です。


1925.Re: 作者が知りたいです。
名前:deku    日付:2012年2月13日(月) 10時1分
 「しかま」といえば鹿間時夫氏を想像してしまいますよね。平成の作かと見ていたのですが,68が製作時期とすると昭和43年。渡辺恒彦ではないですね。作蔵型は渡辺忠蔵が作っていた時代かと思います。西山憲一も作ったことがありますが,作蔵型は渡辺忠蔵という意識であったようで,無理に頼まれてのものでしょうか,無署名の作蔵型もありました。これは西山憲一ではないと思います。そもそも作蔵型なのかということもありますし,おもいしろいです。他の人の解答を待ちながら,もう少し調べてみたいと思います。


1926.Re: 作者が知りたいです。
名前:ずぐり    日付:2012年2月14日(火) 0時30分
Original Size: 360 x 480, 22KB

<deku様
底書きの画像です。

オークションの出品時には、底書きの画像は無く「底書きに『しかま』とあります。」との説明文が有りました。

正直、届いて裏を見て考え込んでしまいました。
底書きの信憑性、黒く塗りつぶす意味、著名なコレクターの印の残し方、色々気になります。



1927.Re: 作者が知りたいです。
名前:deku    日付:2012年2月15日(水) 13時33分
Size: 218 x 230, 32KB Original Size: 337 x 543, 61KB

 この渡辺忠蔵は鹿間コレクションが売り出された時のものですが,カタカナでシカマの記入があります。ずぐりさんのものとカタカナ,ひらがなの違いはありますが「か」の雰囲気は似ていますね。今回のことでこけしを調べて見て新しい発見をしました。この赤い記入は何かの資料として使われたものと聞いていました。このこけしは「美と系譜」の46かせ各種にかせの部分写真として使われていたのです。おかげで楽しい発見をしました。今回,当掲示板で顔をデビューさせました。溌剌としたいい表情です。



1928.Re: 作者が知りたいです。
名前:ずぐり    日付:2012年2月17日(金) 0時17分
<deku様
貴重なお写真ありがとうございます。
同じ底書きでも、美しいですね。
勉強になります。

『か』筆跡ホントに似て見えます。不思議ですね。


1929.Re: 作者が知りたいです。
名前:かっぱ    日付:2012年2月22日(水) 1時49分
手元に資料等乏しく作者名までわからないのですが、陳野原和紀工人の粂松型の表情に似ているかなと思って見ていました。
頭の形や胴の仕上げなどは渡辺恒彦工人の作蔵型によく似ていると思います。


1930.Re: 作者が知りたいです。
名前:deku    日付:2012年2月22日(水) 15時53分
Original Size: 800 x 600, 125KB

 かっぱさん私もそれは少し感じます。ただ頭と胴を切り離して考えたいようなこけしでもあります。眉の太さが私の知っている工人ではないという感じです。添付の写真は収集家Kさんのこけしです。粂松型を意識して描いたこけしです。雰囲気が似ているでしょうか。Kさんの意見も是非聞いてみたいようなこけしです。



1933.Re: 作者が知りたいです。
名前:ずぐり    日付:2012年2月25日(土) 18時10分
Size: 160 x 120, 20KB

<deku様・かっぱ様

私も、初めは陣野原幸紀工人の初期作であれば良いなぁ…なんて淡い期待を持って落札したのですが…。

現在持っている、陣野原和紀・幸紀工人の2本と並べてみました。

見れば見るほど…う〜ん。
謎が深まります。



1935.Re:
名前:kokekokko    日付:2012年2月26日(日) 23時43分
Original Size: 246 x 384, 131KB

 こちら同年7月作の和紀です。ご参考になれば・・。



1936.Re: 作者が知りたいです。
名前:かっぱ    日付:2012年2月27日(月) 1時15分
その後気になって名前の出てきた工人の作例など見ていましたが、分かりませんね…
ずぐりさんの買われたこけしは、頭部の材はキナキナなどでよく使われるアオハダでしょうか?
バランスも、作蔵型だと5頭身くらいでかなり頭が小さくなりますが、こちらは頭が大きくて粂松型のバランスに近いですよね。
しかし、面描はかなり達者な工人さんのものに思われます。
ろくろの爪痕が深そうですが、僕の持っているものでは渡辺忠蔵さんに似ています。
分からずじまいなのにいろいろ書いてしまいすみません…


1937.Re: 作者が知りたいです。
名前:deku    日付:2012年2月27日(月) 9時52分
かっぱ様 kokekokko様 ご協力ありがとうございます。陣野原和紀は42年に斎藤弘道に弟子入りし,その後43年から粂松型を作り始めていますからサインも年代も合うことになりますね。粂松型の極初期ということになるのでしょうか。s様からも陣之原でしょうという意見がありました。


1938.Re: 作者が知りたいです。
名前:ずぐり    日付:2012年2月28日(火) 0時40分
<deku様・かっぱ様

陣野原工人で決まりでしょうか?
是非、御本人に伺ってみたいです。

材は、経年の感じと象牙っぽい艶からアオハダと思われるのですが…

kokekokko様
貴重なお写真ありがとうございます。
この表情は、和紀工人の同時期のモノなんですね。
勉強になります。


1942.Re:
名前:kokekokko    日付:2012年2月29日(水) 1時1分
Original Size: 266 x 359, 136KB Original Size: 474 x 275, 158KB

 重複しますが、43年7月とそれ以後、時代の違う2本です。胴底もご覧下さい。復元後の粂松型は殆ど右のスタイルですから、表題のこけしは本格的復元に入る直前のものと思います。



1943.追伸
名前:kokekokko    日付:2012年2月29日(水) 1時3分
Original Size: 358 x 613, 281KB

 もう一つありました。こちらはしかま旧蔵粂松の写しと思われるものです。年代不明ですが、何れ43年よりは後のものです。1933ずぐり様の右端と同手ですかね。この型の方が表題のこけしとの共通点があるように思います。



1944.Re: 作者が知りたいです。
名前:ずぐり    日付:2012年2月29日(水) 23時23分
<kokekokko様

貴重なお写真ありがとうございます。
本格的に復元する前…とありましたが、何きっかけで表情の表現がガラリと変わったのでしょうか?

結局、このこけしの作者は、陣野原和紀工人でしょうか?それとも幸紀工人?
初歩的な質問でお恥ずかしいです。

参考になる文献や資料が有りましたら、ご紹介頂けますか?


1945.Re: 作者が知りたいです。
名前:deku    日付:2012年3月1日(木) 17時27分
 幸紀工人の修業初めは昭和46年ですから,この作品は和紀工人が鹿間氏指導により粂松型へと挑戦し始めた頃の作と考えてよいのではないでしょうか。和紀氏に確認できたら教えてください。
 参考になる文献や資料>この時期の作品を掲載している文献は私は思い浮かばないです。


1946.Re: 作者が知りたいです。
名前:かっぱ    日付:2012年3月1日(木) 23時37分
陳野原和紀さんは残念ながら平成10年に亡くなられています。
和紀さんの粂松型復元初期の変遷に詳しい方がいらっしゃるとよいのですが。
西田記念館のサイトのこけし情報検索でかなりの本数の和紀さんのこけしを見ることができますが、ずぐりさんの買われたタイプのものはないようですね。


1947.Re: 作者が知りたいです。
名前:ずぐり    日付:2012年3月4日(日) 2時49分
<deku様 かっぱ様

ありがとうございます。
陣野原工人が、今月イベントで渋谷へいらっしゃるそうですが都合が合いそうにありません。
土湯こけし祭りに、持参して伺ってみたいと思います。

1932.(untitled) 返信  引用 
名前:si    日付:2012年2月24日(金) 17時31分
ID: w70163406 が近く加筆されて出品される予感!

1920.袖珍こけし 返信  引用 
名前:deku    日付:2011年12月21日(水) 13時56分
 中屋惣舜氏の豆本「袖珍こけし図説」によると袖珍こけしとは昭和16年から18年にかけて東京こけし友の会が頒布した1寸6分(約4.8cm)の豆こけしのことである。この掲示板でも話題に上った小島正工場の木地に猪谷春峯が描彩した縮写こけしはすべて3寸なので袖珍こけしとの区別は容易であるという。豆こけしの魅力は時として(工人によるところが多いが)大寸ものより,玩具としての味わいを感じられることだろう。今何本かの袖珍こけしがヤフオクに出ていて楽しめる。23番小椋米吉は中屋惣舜氏が図説の中で梅鉢の米吉を表し,最後にこれが菊模様であったらと嘆かせているものである。頒布に2種類以上あったのであろうと思われる。鼓堂コレ1768と同手である。俊雄の代作の可能性も残る米吉であるが,これもまた楽しみでる。同じく出品されている秋保こけしには番号がないので吉雄の番外だろうか。

1913.鳴子温泉 返信  引用 
名前:deku    日付:2011年10月24日(月) 18時10分
Original Size: 520 x 340, 50KB Original Size: 867 x 492, 196KB

 早朝の鳴子温泉で滝の湯に入る。下にゆさやが見える。写真の右奥が高亀である。滝の湯は雰囲気のある共同湯である。入浴料150円。奥の浴槽には二筋の湯が流れ落ちている。透明の湯と案内にあったが,この日は白濁していた。地元の人の紅葉情報を聞きながら,ゆったりと朝湯に浸かった極上のひと時であった。



1918.Re: 鳴子温泉
名前:deku    日付:2011年11月9日(水) 20時14分
Original Size: 600 x 380, 51KB

こんなのもありました。そんなに古くはないでしょうか。



1919.Re: 鳴子温泉
名前:しょ〜じ    日付:2011年11月10日(木) 19時35分
坂上を望んでいる絵はがきの方が古いですね。(電柱がありませんので)

1914.「Kokeshi」ブログをご覧のみなさんへのお願い! 返信  引用 
名前:坂入    日付:2011年11月10日(木) 17時0分
Original Size: 259 x 357, 30KB Original Size: 370 x 260, 55KB

 私、坂入は、秋田の桑原さんから今晃さんのこけし群を譲っていただき、(こけし手帳596号「桑原コレクション・今晃こけし群を引き継ぐ!」を参照)現在そのこけし群を基に「今晃の世界」−今晃こけし図譜―なるものを制作しています。まだまだ、写真撮影の最中で、図譜の具体的な内容などは検討中です。みなさんに、良きアイデアや編集などについてありましたら、お教えをしていただきたく思っています。

今さんのこけし変遷の中で、下記のこけし資料を得難く、みなさんにご協力をしていただきたく、お願いを申し上げる次第です。

今さんは鳴子修行以前においても、こけしを制作されていました。私が今までに得た情報は以下の通りです。

@ 昭和47年4月から昭和50年3月まで、秋田の奈良靖規さんの「大湯こけし工場」に就職をされ、木地挽きをされていました。その間に、大湯温泉「花海館」にあった長谷川清一さんと小松五平さんのこけしを原に数本のこけしを制作されました。(そのこけしは、現在行方不明です。)そのこけしを基に、昭和49年秋頃に、名古屋こけし会では、各5本ずつ頒布をされています。

A 昭和50年4月から昭和52年6月まで、辰雄さんの弟子をされていました。                  その時のこけし署名は「今晃」で、しっかりした楷書体になっています。(辰雄さんから習字を習う様に言われたのだそうです。鳴子以後のこけし署名は草書体の「今晃」「嶽今晃」「晃」になっています。)

B 昭和50年4月から昭和53年3月まで、和徳町に居住され、本田功さん宅でこけしを制作されていました。(こけし署名は楷書体の「弘前今晃」です。)

C 昭和53年4月から昭和56年10月まで、鳴子の岡崎斉司さんの弟子入りをされ、木地挽きをされていました。そして、昭和56年8月に「鳴子奉納こけし」として、8本制作されました。(胴模様は菊と楓、各4本ずつ)



 つきまして、@の大湯時代のこけし「清一型」「五平型」、Aのこけし署名「今晃(楷書体)」、Cの鳴子奉納こけし(菊模様)などの情報がありましたら、お教えください。「何とか入手したい!」というのが本音ですが、図譜掲載には、どうしても必要なこけしでもあります。そのこけし写真の提供にも得たく、探しています。よろしく、お願いいたします。



 もし、上記の件での情報をお持ちの方がおられましたら、私の所までメールをいただけましたら、ありがたいです。


1915.こけし8体を... 返信  引用 
名前:代理投稿のくま    日付:2011年11月9日(水) 17時58分
Original Size: 480 x 854, 117KB Original Size: 480 x 854, 110KB

所有しているこけしの嫁ぎ先を探しています。
代理投稿ですが、飾る場所もないので売却したいとの事です。

工人が故人の作品もあるので、また継承が途切れた(弟子を持たなかった佳樹さんの作品)作品ですので収集されている方には是非おすすめしたいです。


温湯系 故佐藤佳樹(平成19年1月逝去)花絵1尺
〃 〃 観音こけし1尺(師 父 善二型)
※ 生前に佳樹さんの工房に行き、本人から直接購入。購入当時の包装紙もあり
ます。

秋田木地山系 故小椋久太郎 (吉左衛門系・徳右衛門系)93年作 尺1
〃 〃 94年作 尺1
〃 阿部平四郎 (初右衛門系・泰一郎系) 1尺 菊絵
〃 阿部平四郎 (初右衛門系・泰一郎系) 1尺 菊絵 後に梅絵

鳴子系 桜井昭寛(岩太郎系・竹雄系)1尺
〃 五十嵐勇(岩太郎系・岩蔵系)1尺

ご希望の方、直メOKです。



1916.Re: こけし8体を...
名前:管理人deku    日付:2011年11月9日(水) 18時25分
 差し上げます。という投稿は以前あったようですが,写真を貼って売却したいという投稿は初めてだと思います。ヤフオクのように管理されたシステムでも事故があるのですから,こんな掲示板でなんの保障もありませんから,ここでの取引はしない方がいいかと思います。投稿者の方にはヤフオクへの出品をお勧めします。

1912.木地山 返信  引用 
名前:deku    日付:2011年10月20日(木) 11時57分
Original Size: 730 x 548, 232KB

 紅葉の木地山を訪れて来た。こけし収集を始めて以来初めての木地山である。自宅横に久太郎さんの功績を讃える立派な碑が建てられている。桁倉沼で紅葉に彩られた美しい景色を見ながら,橘文策氏が「こけしざんまい」に書かれていた木地山訪問の一章を思い出していた。


1911.こけし灯ろう祭 2011.10.8 返信  引用 
名前:deku    日付:2011年10月12日(水) 22時26分
Original Size: 684 x 513, 155KB

 八甲田山に登った帰りに、りんご生産者の小川さんの直売所に寄る。おおきな温湯こけしが看板になっている。年末から年始にかけて開催される「日本一こけし灯ろう祭」を盛り上げるための展示らしい。一体4万円ほどとか。「トキ」という新種のりんごを買う。上質な香りのする甘みの強いりんごでとてもおいしいと思った。せっかく温湯温泉を通過しながらこけしの話もない山歩きだけの旅でしたが,こけし灯ろうとトキに出会えたことで満足。


1905.鑑定団 盛秀 2011.9.3 返信  引用 
名前:deku    日付:2011年9月4日(日) 8時54分
Original Size: 431 x 402, 73KB

先日なんでも鑑定団に登場した盛秀こけしを再度鑑定して,遊びたいと思いますので,皆様の投稿をお待ちしています。(写真は木堂舎さんのブログより)http://blogs.yahoo.co.jp/mokudousya/52515022.html



1906.Re: 鑑定団 盛秀 2011.9.5
名前:deku    日付:2011年9月4日(日) 9時0分
 胴模様は落ち着いた頃の盛秀型のひとつなのに表情は極く初期風であるという,今まで見たことないもの(鼻)なのですが。いつ頃の作なのでしょうか? 


1907.Re: 鑑定団 盛秀 2011.9.3
名前:木童舎    日付:2011年9月4日(日) 15時16分
Original Size: 548 x 411, 70KB Original Size: 548 x 411, 75KB

「dekuさん」から私のブログにコメントがあり、私見を求められましたの参考にアップの画像を貼り、私見を述べさせてもらいます。

私の見解は、この二本のこけしは盛秀が二十代前半に佐々木某と一緒に考案した、その当時(大正4〜5年頃)の作に間違いないと思います。

このこけしを観れば、戦前に於いて一部の収集家の中に津軽系は「新型こけし」として見下していた事が良く理解できると思っています。

今でこそ津軽系はどの系統よりも人気があり、伝統こけしの位置づけに揺るぎない地位を持ち合わせていますが、戦前(昭和20年以前)にはその伝統性を疑われて、一部の収集家からは、いわゆる伝統こけしとして認められていなかったのです。

この2点の作品を観ればそれが理解できると思います。大きい方の顔はいたずら描きされています。(クローズアップ画面を見れば理解できるでしょう)
dekuさんが指摘している鼻は墨で丸く描かれ、全体では猫顔になっていますので頭の中で、そのいたずら描きを除いた真の顔をイメージしてください。

小さい方のこけしの眼は瞳が白抜きされていますが、これなどは、他の津軽系工人が参考にした原物であった事が改めて証明されると思います。保存状態がよく、盛秀が二十代の前半、佐々木某と一緒になって、一生懸命に売れるこけしを創作していた事がよく理解できます。

大正時代の可愛いらしさを狙った、漫画チックな表情をもつこの二本のこけしからは、後年巷で言われる津軽系の「グルーミィー」な雰囲気を漂わせるという言葉は、伺い知る事が出来ません。大正時代のモダン性をこけしの中に求めたと言った方が当たっていると思います。

以上、この二本のこけしは盛秀太郎作で極初期の伝統こけしに間違いないと思っています。・・・・あくまでも私見です。
http://www.geocities.jp/mokudousya/



1908.Re: 鑑定団 盛秀 2011.9.3
名前:deku    日付:2011年9月4日(日) 19時6分
木堂舎様 分かり易い説明ありがとうございます。大が7万 小が20万と鑑定されたとか。ちょっと安いですね。どうせなら100万くらいに評価してもらって新たな古品発掘に拍車をかけてもらいたかったなという思いです。


1909.Re: 鑑定団 盛秀 2011.9.3
名前:deku    日付:2011年9月10日(土) 12時39分
Original Size: 450 x 600, 59KB

 保存していたフォルダから盛秀画像が出てきた。おそらく,この盛秀が今回鑑定団に登場したものと同じ出所の内,ネットオークションに出した1本ではないでしょうか。顔は加筆もされていなくて,一番いいかもしれません。初期作というよりは時代は昭和初期まで下がるかな.というのが確かな根拠もない私の感想です。


1898.こけしと子消し 返信  引用 
名前:渡辺勝    日付:2011年8月24日(水) 21時32分
江戸時代の貧しい農家では子供が生まれても育てることができないので
間引きされたという。女の子は売れるので比較的生き残ったが男の子は間引きされたという。このような間引きを「子消し」と呼ばれたという。こけし人形と子消しとの間には何らかの関係が有るのでしょうか?
たとえば、消された子供の供養のために造られたとか?



1899.Re: こけしと子消し
名前:羅門    日付:2011年8月24日(水) 23時1分
又出てきましたか…この嫌な俗説!質問者氏は「昔」を何時の時代とお考えなのか?「赤ん坊殺し」は東北だけにあった、と勘違いなさっているのではないか?…『ユタとふしぎな仲間たち』なる小説は、天明・天保の大飢饉の時に生まれた子や、遊女が客との間にこっそり作った子が親に捨て置かれて死に、座敷わらしに生まれ変わって主人公と親しくなるという展開で、場所は特定していないが東北の何処かである設定です。そんなものを読まれた程度で勝手に「子消し」なのだと解釈されている気がします。古くから、子は神の授けものという考えが日本全体にあり、その子を口減らしのため殺したとしても決して「殺す」という表現を人々は使いませんでした。それほど「神」への畏れが強かったのです。殺すことを「消す」と言い換えるのは現代の「やくざ言葉」であり、質問者氏が「昔」とお考えの江戸時代頃にはまだ存在しない言い方です。生活の為やむを得ず授かりものを神の元へ送ったのだ、という風に解釈し、「返す」と言い換えていたのでした。此処で先ず「こけし≠子消し」だということがはっきりしますね。更にこのことをはっきりさせる話をもう一つ。東北の湯治場の土産として木地玩具の一であるこけしの製作が普及したのは江戸末期であることが文献にも登場しますし、今は亡き文久年間・万延年間生まれの木地師がコレクターの登場した大正末〜昭和初期に未だ存命で、そのことを来訪したコレクター達に語った、という記録も存在していますが、その時期にはまだ「木地師の作る木の人形」を日本全国の人が「こけし」と呼ぶ習慣はありませんでした。当時からの産地であったと思われる場所が現在十一程確認されており、この木の人形は各産地毎に違った名で呼ばれていました。「でこ」(土湯)「ぼーず」「こうげす」(鳴子)他にも「きっくらぼっこ」「きなきなずんぞこ」等、東北六県分合わせると百種位も呼称があったようです。この木の人形の名称が「こけし」という言葉に統一されたのは、昭和十年代のコレクター主催の、木地師を交えた会合の席でのことでした。


1900.Re: こけしと子消し
名前:deku    日付:2011年9月1日(木) 17時54分
 羅門さん丁寧な説明ありがとうございます。「子消し」説が「ガセネタである」と,ネット界にも広まってきたと感じたのは6、7年前くらいだったでしょうか。2ちゃんねるのこけしスレで子消し説が根拠のない創作であるという結論に傾いていった経緯を読んだ時でした。2002年以来この掲示板にも何度も子消し説は登場しています。最初の頃は「木消し」がネット検索されることを避けようと削除していたのですが,それより,こうして丁寧な説明がなされることがネットの強みであると思うようになりました。それでも2006年中尾彬がテレビで木消し説を得意そうに話していたという,ちゃんねるへの書き込を読みました。テレビでやられてはたまりませんね。今年になって「こけしの真実」という本が出版されたことを知りました。子消し説が創作,引用された事実を丁寧に資料を集めて纏めています。当掲示板への書き込みまで述べられています。ネットの力の大きさに驚きます。しかし残念ながら現在の本による情報伝達の能力では子消し説の間違いを訴えても,その広がりは事実を知っているこけし収集家をほんの少し上回るものでしょう。だから,小消し説が現在までせん滅できなかったということなのでしょう。早くペスト菌のように日本から追い出したいものです。時々こうした質問があることも消毒効果になるのでしょう。如何にも物知り顔に子消し説は話す上司に,それは嘘ですとつっこめないことがあったのも事実ですが(笑)


1904.Re: こけしと子消し
名前:kokekokko    日付:2011年9月3日(土) 0時22分
 そう言えば以前、こけし産地である当地に講演に来た某落語家(大きなしゃもじを持って、夕飯時の忙しい時間帯に迷惑顧みず不法侵入する人です)が、講演の記念として主催者である市から大きなこけしを貰ったのですが、その挨拶でこけしは咄家にとって縁起が悪いとか言ったものですから、市民のひんしゅくを買ってもう二度と呼ばれる事は無くなりました。縁起を担ぐような業種では、このような誤った概念が蔓延しています。これらを是正する事は容易ではないと思います。
 「子消し」というキーワードに敏感になって目くじらをたてるのではなく、理詰めでそのような誤解を徐々に排除して行くしかないと思います。
 加えて、名称統一時の折衷案なのかも知れませんが、「こけし」と平仮名にしたことも曖昧な印象を与えているように思います。例えば「木形子」とか、当て字でも良いからもう少し意味合いを強めた呼び名にすれば、一般的な反応も違って来るのではないでしょうか?

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