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182.何、それ何かの宗教? 1 返信  引用 
名前:さゆり    日付:2011/12/8(木) 13:26
〜ターニングポイント〜

私と主人は2006年2月、中国・上海へ出張に行く事となりました。

元々、互いの父親の経営する会社同士が長らくの取引関係にあった私たちですが、主人は2001年4月からエホバの証人の長老である父親が2代目を務める会社に入社し、私は2001年9月に急逝した父親の後を継ぐ事となりした事により、私達2人に仕事上の関係が発生する事となりました。

とはいえ、さほどの接点もなく5年近い年月を互いの人生の中で生きていました。

その関係が、急速に近くなったのはある一つの商品開発を2社共同で始めたのがきっかけでした。

当時の私は主人がエホバの証人である事など知る由もなく、エホバの証人という存在自体を全く知りませんでした。

振り返ると、あの頃の主人は日常業務の仕事で時折接していても、なるべく事なかれと日々をこなしてる様な、軸足が仕事以外の何かに向いている様な気楽な印象を感じる所があり、これから3代目として会社を継いでいく事になる立場の緊張感とは程遠い感じでした

。そんな主人は、中国・上海での新しい試みにも意欲的では無く、年配の社員に説得され客先である私に対して断ることも出来ず仕方なくという状態でした。

そうこうしている内に、出発の日を迎え「そんな相手と上海まで行ってどうなるのだろうか・・・」という不安を抱えたまま、私は成田で主人と待ち合わせをしました。

ただ、成田で待ち合わせをした際の主人と交わしたありきたりな会話が、今の私達がこうして夫婦として生きている原点だったと思います。

それは早朝のフライトにあたり空港近くのホテルに前泊していた私が主人に話しかけた「貴方は前泊したの?それとも朝早く家を出て来たの?」という問いかけに対し主人の答えた「うちの嫁の実家が成田に近いから嫁の実家に泊まってきたよ。その方が嫁の親も喜ぶしね」という言葉でした。

何気ない言葉ですが私は「優しいご主人だな・・・」という仕事では垣間見る事の無い私生活での好印象と共に、何か無理をしている様な、合わない服を着込んでいる様な、違和感と言葉とは裏腹の人間臭くない感じがしました。そしてその本人がその部分に無自覚で突っ走っている様な、相反する2つの印象を持ちながら前を歩く主人を見つめていました

。主人のその背中は今でもハッキリと目に焼き付いています。

この出張が、主人の今後の人生を大きく左右し、私の人生をもこれにより大きく舵を切っていく一歩になるとは、その時は夢にも思って居ませんでした。



乗り気の無いままのパートナーと共に上海に着いた私でしたが、中国語も堪能で中国での在住経験もある主人と違い、私は初めての中国に身体が戸惑ってしまったのか、出発直前まで奮闘していた長女の中学受験の終わった疲れからか、とにかく体調を崩してしまい、仕方なく予定1日目をホテルで休まざるをえない状態となってしまいました。

主人は上海に着いてからも「なんとか断って帰ろう」という雰囲気を漂わせている状態でしたが、この状態では仕方なく不安ではありましたが、主人に全てを託す事にしました。

「仕方ない。何であんなにヤル気が無いのか、やろうとしないのか解らないけど、仕事だからその場になればキチンとやってくれるだろう」そう信じて私はホテルでぐったり休んでいました。

夕方、ホテルで休んでいた私に主人から電話があり、他の皆と合流して和食を頂きました

。見ず知らずの国で体調を崩した私に、初対面の中国の方々が気遣って下さり、その国境を越えた優しさに心救われる想いで食事をしていた時、ふとある変化に気が付きました。

あんなにヤル気の無かった主人が目をキラキラさせてそれはそれは興奮気味に「今日視察して来た所は凄かったよ!」と、あれがあーだったこれがこーだったと「こんなの俺初めてだよ!」と話してきます。

私は「一体何があったんだ?」という気持ちとホッとする様な気持ちで主人の話を聞きつつ、あの時この時と違った顔と反応を見せる主人に戸惑い始めていました。

やはり不可思議な人だ・・・そう思いました。



183.Re: 何、それ何かの宗教? 2
名前:さゆり    日付:2011/12/8(木) 13:48
その後、なんとか4日間の日程を終え私達は日本に帰国しました。

出張で視察した内容や調査した事柄を元に、

さあこれから本格的に商品開発に着手!という渦中に私の頭の中は突入して居ました。主人側もその同じ状況と当然の様に思って居た所、何があったのか主人側からは「出張のお礼」というビジネスメール一通が届いた以降

何の動きも無く、むしろ急ブレーキがかかって居ました。

私は訳が分からないので主人にアポイントを取り会って打ち合わせる事にしました。

会ってみると、あのキラキラ目を輝かせヤル気に満ちていた主人の表情とは一変し、思考も動きもまるで硬直している様でした。

そして主人の口から私としてはビックリする様な質問が飛んで来ました。

「一体これをやって何になるのか?」「これをしたらどの位の何があると明確な何かが無ければ、自分は動く事もこの仕事をこれ以上先に進める事も出来ない。」と。

イヤイヤながらも上海まで行った主人、あの目をキラキラ輝かせて私に初めて見たヤル気に満ちた顔、「必ず成功させよう!!」と別れた成田での言葉・・・

上海へ行った主人と目の前の主人は別物の様でした。「なんて保守的な人だろう」と驚愕する気持ちも交じり合い私は混乱しましたが

、主人は真剣そのもので私に質問し、明確で確実な答えを私に求めてきます。

私は内心「そんなのあたりまえでしょ」と思いつつも主人に言いました。「これをやって何があるかハッキリした結果の約束された物等そうそうは無いものよ。けれど“これを掴むんだ”“必ず成し遂げるんだ”という信念で一生懸命目標に向かって努力しなければ何も掴めない。とにかく結果は自分で出すものでしょう?」と私なりに考えを伝えました。

それでも主人は「結果がハッキリして居なければ動く事は出来ない」を繰り返しあっという間に「当社はこの件に関しては撤退します

。」と最後の言葉をポンと言ってきました。

私は更に驚愕し、何とも得体の知れない物と向き合って居る様な気持ちになり困惑しました。それと同時に「この人は自分の力で何かを得る努力をした事が無いのかも知れない。いつも欲すれば得られる与えられる物で生きて来たのかも知れないな・・・」というむなしさを感じました。

とは言え、海の向こうの他社まで巻き込んで動き出した責任は、そう簡単には放り出せる物ではありません。私は必死になって訴えかけました「ともかく目標に向かって努力して取り組んでみようよ!思った程得られないかも知れないし、思った以上に得られるかも知れない。最悪は目標とした物を得られず終わるかも知れない。結果は見えないけれど、その努力の過程で経験した事や時間は必ず副産物を生み出してくれるはず。その副産物がその先の自分の礎となって行く事だけは貴方の求める絶対的な何かに値すると思うから。とりあえずその副産物だけはあるのだから・・・」本当に必死に訴えました。

下を向いたまま私の話をじっと聞く主人を見ている内に、仕事の責任感だけで無く「この人に目標に向かって努力して切り開いていく苦楽と出来れば結果を得た時・フ喜びを味あわせてあげたい。第一それを知らなければダメだ。

この人はこれから社長として立っていかなければならない人なのだから」という同じ境遇の中で働く者としての想いも入り混じっていき、私は一通り熱弁を奮いました。

そんな私に主人は諦めと不安の入り混じった顔で「解ったよ。思考を貴女にあずけるよ」

と答えてきました。

「変な返事をする人だな」と思いましたが、不安でいっぱいの主人の顔を見ていたら「これは絶対に結果につなげなければならない」と思わされて居ました。



あれから6年、今ならあれもこれも主人の心の中が見える様に浮かびますが、当時それを知らなかった私には何もかもの全てが不可思議でしかなく、その時の主人がどれ程勇気が要っただろうか等は想いを馳せる事は出来ませんでした。とにかく当時の私には見当もつかない次元に主人は居ました。

どちらにせよ、主人のターニングポイントでした。
日常の日々、それに伴う仕事の中にポツンとあったターニングポイントは、当時の主人の日常の中で埋もれていました。
何か劇的な事があった訳でも無く、ひっそりとそこにあったターニングポイントを、そうとは知らずに超えたその瞬間から実は主人の人生は主人の知らない内に、今迄とは違う方向に舵を切り始めて居たのだと気付いたのは、つい最近のことです。


184.Re: 何、それ何かの宗教? 3
名前:さゆり    日付:2011/12/8(木) 13:59
〜エホバの証人〜

上海での商品開発に着手した私達は、一時的に毎月1回の中国出張が日常になりました。

そして、まだ販売商品として達成していない商品開発に関する打合せは、必然的に日常業務の終了した夕方以降になり、私達は時間の合う限りファミリーレストランで夕食を兼ねて打合せをして居ました。

話題は尽きる事無く、他愛もない世間話からお互いのプライベートな話まで交わす様になり、そんな日々が数か月にわたり続く内、性別を超えた友情もしくはそれ以上の信頼関係が構築されていきました。

それは初めての上海出張から1年程経った頃だと思います。お互いの身の上話をしていた時主人から「実は俺、エホバの証人なんだ」

と打ち明けられました。私は目をパチクリさせて「何それ何かの宗教?」と聞き返しました。主人は「え?エホバの証人知らないの?

」と大変驚いた様子でしたが、私は私で「何か聞いた事はある様な気がするけど・・・あっそれってアラーの神ってやつ?」と更に聞き返しました。主人は少しムッとした顔をして「神はエホバだよ。俺は真のクリスチャンなんだ」と言いました。私は信仰をもっている人の神の名を間違えてしまい申し訳ない気持ちになり「ごめんね。私よく知らなくて」と謝りました。そして心の中で少し思いました“カトリックでもプロテスタントでもなさそうだけどクリスチャンとは、一体どういう事だろう・・・”と。

それ以上に直感的に感じた事がありました。

当時の主人や主人の妻の生活や行動は、厳格なクリスチャンとしてはそぐわない部分がある・・・

「貴方がクリスチャンという事になると、あの時の事もアレもコレも神に背いた事になるのではないの?」そう聞くと主人は「そうだよ。その通りだよ。」と下を向きました。

別に一般社会では社会的に反した事ではありませんが、それは主人があくまで私と同じ一般人であればの事。クリスチャンとなれば重大な過ちになってしまう事もある。それを知らずに主人と接してきた為に、知らず知らずに主人に罪を犯させてきた自分を私は責めたい気持ちになりました。

それと同時に主人の当時の結婚生活に対する私なりの疑問や違和感も、無関係ではない!と様々な遣り過ごしてきた違和感や疑問が一気に繋がりました。



前途した様に私達が時間の合う限り自由に時間を使い仕事や食事が出来たのは、私自身が娘2人をもつ身でありつつ夫の居ないシングルマザーだった事はさる事ながら、主人の当時の妻がほとんど毎晩飲み歩き、深夜まで帰宅しない生活をしていた事にありました。時折その事に触れ「奥さんにそんな生活させて居ていいの?貴方それで幸せなの?」「その状態で結婚生活を継続する意味があるの?」等とおせっかいを私は言っていました

。私から見ると30代に差し掛かり子供の居ない夫婦が、バラバラの生活をし続け子供も作らずに目標も無く生活している事自体に、違和感があり「早めに話し合って問題解決にあたらなければお互いの人生をダメにしてしまうよ。奥さんだって出産のリミットが近いんだよ」そんな老婆心を主人に吐露する事がありました。

けれどその度に主人は「離婚だけは事情があって絶対出来ないんだ」「俺は一生子供を持つ気は無い。」の一点張りでその頑なさと異様さに私も深く追求は出来ませんでした。



主人の「俺はエホバの証人なんだ」という一言から思いも掛けず熱い討論となったその夜

私は主人に言いました「私にもその聖書を教えて欲しい」と。

翌日、主人は“新世界訳聖書”と小冊子“聖書は何を教えていますか?”を渡してくれました。

その時主人は「俺の一番好きな聖句」と言ってコリント信徒への手紙 第13章4〜8節愛は寛容であり・・・を教えてくれました。



自分でも何故かはハッキリ解りませんが、同志と例えるに相応しい関係にあった主人の見せる孤独な影の理由を知ってあげたかった様な、どれだけ共に過ごしても何処か通じ合えない違和感の理由を解消したかったのか・・・とにかく私はこうして主人の生きて来た世界を知ろうとし始めました。


185.Re: 何、それ何かの宗教? 4
名前:さゆり    日付:2011/12/8(木) 14:2

主人から手渡された“新世界訳聖書”は、主人が19歳の時に改めて聖書を勉強し直した時に使った物という事で、沢山の書き込みがありました。その書き込みを見ているだけで、当時の主人がどれ程一生懸命に聖書に向き合ったかが感じ取れました。

ただ、自宅で1人聖書を開いていても何もならない思いで私は主人に「貴方が行っている集会とやらに私も連れて行って欲しい」と頼みました。けれど主人は「いや、それは出来ないんだよ」と言い私は断られてしまいました。

そうこうしている内に、2人の間ではあまりエホバの証人に関する会話が無くなって行きました。主人もエホバの証人についてあまり話したくはなさそうでした。



それと同時に、最初に上海に言った頃とは比べ物にならない程、主人も大分変ってきていました。仕事に於いても積極的でグングン自己成長をしていました。

自分の人生、特に今の結婚生活に疑問を持ち始めている様でした。

主人は相変わらず集会に行きながらも、何か煮え切らない自分を抱えているようでした。エホバの証人である主人と、いわゆる世の人である私はある一面の共有出来ない世界で、隣り合わせに生きている様な関係でした。

本来なら守らなければならない厳しい戒律と

、社会で生きる為の処世術の様に身につけた

世の人的な生活を綱渡りの様に生きながら、

神権家族である自分の家族には見せられない生活と、漠然とした罪の意識を心に背負いつつ、本来なら耐えがたいはずの呵責に慣らされて生きている主人が私にはだんだん見えてきました。

それは一口で言ってしまえばズルい生き方だけれど、そうは一口では責められない部分を

私は主人に感じていました。

それは、主人の人一倍の慈愛深さと他者への

無償の献身さが深く関わって、別の側面から主人を救いバランスが保たれて居た故だと思います。

けれど、そんなどっちつかずの日々は長くは

続きませんでした。そんな毎日の中で主人の意識は家庭から離れ、自分自身に向けられて行きました。主人の妻は元々エホバの証人ではありませんでした。学生時代に恋をした女性を献身させ結婚していました。主人の妻にはエホバの証人の生活は到底馴染めなかったのだと思います。大会に行く行かない、集会に行く行かないと事あるごとに夫婦は揉めて居ました。

そんな諍いや生きる世界観の不一致から、夫婦は形だけのものになり、主人は休日を義務の様に家庭で過ごすだけの生活に限界が来ていました。

その家庭生活の限界は、離婚の二文字を頭に

浮かばせる物となり、しかしながらエホバの証人には離婚が許されないという壁にぶつかります。前々から「離婚だけは絶対出来ない

」と言って余計な事は考えず何とかなるだろうと生きながらえていた主人も、自我に心が揺さぶられ少しづつバランスが保てなくなって行きました。その頃の主人の心模様は私にも計り知れないものでした。





196.Re: 何、それ何かの宗教? 5
名前:さゆり    日付:2012/1/22(日) 8:26
〜迷走〜

2009年夏頃、主人は私以外の誰にも内緒で仕事用と称したマンションを借りた。
もちろん妻にも内緒であった。
その前から、SOHOの事務所等模索している事等と言う話は時折聞いてはいたが、最終的には家具付きの賃貸マンションを契約した

マンションの契約にあたり保証人を頼まれた私は快諾した。
仕事用のマンションとは主人の自分自身に必要な名目であり、現実は自分の居場所だったと今にして振り返りつくづくに思う。
こうして、主人はこの頃から迷走し始めた。
そのマンションは、洒落たデザイナーズマンションだったが、住居として使う事を想像したら、とても落ち着かず暮しには不向きな印象がある内装デザインで、そんなところが仕事用というスタンスに沿っていて、「妻に内緒でマンションを借りる」というとんでもない行動に対する様々な思いのハードルを越えるには格好の物件だったのだと思う。
マンションを借りたものの、さすがに不必要なベッドやタンスを管理会社に引き取ってもらい代わりにソファーを置いた。
心中察するに余る主人の心を慮りつつ時には理解し難くもありながら、それに加担している私の心も複雑だった。
けれど、一言では言い切れない体と心と現実と環境と・・・そのどれもが、ギズギズと音を立てて不一致な中を生きてバランスの限界にいる主人が私には感じられていたので、「この人はこの先どこへ向かうのだろうか」と思いつつ本人自身がきっと「自分はこの先どこへ向かって行ってしまうのか?」と思って居るであろう主人を私はもはや見守るしか術が無くなっていた。
当時、最初の結婚の只中にあり妻帯者だった主人が当時の妻に内緒でマンションを借りる…とんでもない事です。
しかし、じわじわと人生レベルで行き詰まっていく姿を私はヒヤヒヤした気持ちで見守る様な日々になって来ていたので、その延長線上の感覚でした。
その頃は、本来の自分が日々をどうしたいのかすら主人には判らなくなって来ていました
。ですから、言葉にし無くとも今の彼自身の人生が何かしらの変化をし始めるであろうと感ずるものを主人はオーラの様に身にまとっていました。
ある休日に、2人でカーテンやら照明やらをそれぞれ買ってマンションで待ち合わせました。カーテンを吊るしたり、照明を組立たり2人で悪戦苦闘してた時に見た主人の顔は、とても楽しそうでした。やはり新しい空間を創る事は、自宅でも他人宅でも楽しいのが常ですから、私も楽しかったので良く覚えています。そうして2時間程で、部屋らしくなり私達はマンションを後にしました。
それからの主人はマンションで、ゲームをしたり昼寝をした本を読んだり何のしがらみも無い自分を満喫して過ごしている様でした。
暫くは「このマンションの存在で保てるかな〜?」そんな感じがしてました。
しかし、真夏に借りたマンション時間にも慣れて来た秋頃、主人は時折ジッと考えこむ事が増えました。離婚を時折考えては打ち消してる…そう見てとれました。
そうかと思えば、ある月曜日に「昨日、猫買ったんだ!」と言い出しました。「その猫の寿命分もつか判らない夫婦が猫飼ってどうする気だろう…」何故ならもし自分だったら今のこの先の見えない状態で動物を飼うなどという先の長い事は手が出せないもんです。
「完全に迷走してる!」少し危うさを感じずには居られませんでしたが「当分は猫で夫婦の会話や共有する時間が増えるだろうな…」そんな風に楽観視して捉える事に私はしました。


197.Re: 何、それ何かの宗教? 6
名前:さゆり    日付:2012/1/22(日) 8:29

そんな迷走の日々の末、冬に差し掛かる頃、主人から「大事な話があるから今夜会えないか?」と言われました。
その日は私は現場での夜間作業の立会い予定でした。主人は私の仕事の終わりを待って現場近くまで来るというので、近くのファミレスで待ち合わせました。
ファミレスに行くと主人は先に来て居ました
。緊張した面持ちで息をついて私に「俺、離婚するよ!」と決意を吐き出しました。私はビックリしつつも、遂に来た!という様な緊張が走りました。
よくよく話を聞くと既に妻にも話をしたというので「奥さんなんだって?」と聞いたら「もう結婚したんだから離婚は出来ないでしょ?」と言ってた「あいつは何かの目的で教理を盾にしてきた」と憤りの顔を浮かべてました。私も奥さんと同じ女性である以上、今までの生活もふまえてこの一件を捉えた時、奥さんの気持ちや考えが想像出来ました。
私は主人にハッキリ言いました。「エホバの証人として、夫として母親と妻から籠の中の鳥の貴方は、余程の覚悟を決めて相応の根気と自分の信念が無いと籠から羽ばたく事は出来ないでしょう…離婚は簡単では無いと思うよ」と答えました。
主人はジッと考えてました。
私も主人の事をジッと考えてました。
長らく"エホバの証人である事"にしがみついて生きてきて、それを軸に結婚したものの遂に行き止まり、離婚という新たな道を踏み出さざるを得ない現実の生活と心境に立ったは良いが、エホバの証人のまま離婚するに価する理由が見当たらない。
30歳も過ぎ、離婚に直面するに至って立ち返るとエホバの証人のままで生き続ける事も見直さなければならない。
しかし、滅ぼされる恐怖と両親や家族への愛情で中途半端ながらもエホバの証人であり続けてきたのに、結果的には自分は離婚をしようとし、それにより家族がめちゃくちゃになるかもしれない…
だからこそ、今まで頑張り続けてきた牙城を自ら崩すのが、自らの離婚になるとはなんとも物悲しく感じ、私も頭の中が混乱していました。
年が明けほど無くした頃、主人は離婚準備の為にマンションを変えた。その頃には離婚を拒む主人の妻が主人の鞄や財布などを手当り次第に荒らし、離婚するにしても、なんとか自分に有利になる材料はないかと血眼になっていたので、マンションの存在が知れたら誤解を招き不利になるという次第で、マンションを解約する事にしたものの、あの頃より更に心が居場所を欲してる主人からマンションが引き剥がされるのは忍び無く、私名義で新しいマンションを賃貸契約をして主人が保証人になった。前回の逆である。
新しいマンションに引越して直ぐに、妻が既に前のマンションの存在を知り得ていた事が判明した。「すごい調査能力だ‼」と笑い飛ばしていたが、完全に嫌気が刺したらしく、遂には新しいマンションに寝起きをし自宅に帰らなくなった。
そして、集会に行く事も辞めた。
今にして思えば、その一件がそれから3年もの間、抜けられなくなる迷路に入った瞬間だった。
迷走から迷路へ・・・そして迷路の出口を見つけるまでの、まさに戦いの日々が幕開けした。
                      つづく


199.Re: 何、それ何かの宗教? 7
名前:さゆり    日付:2012/2/21(火) 15:19
〜迷路の中へ〜
親にも妻にも居所を教えない別居生活を始めた主人でしたが、さすがに毎日会社で顔を突き合わせ、エホバの証人として長老も務めている父親には段々と怪しまれている感を感じたらしく、離婚を考えて別居している旨を吐露しました。場所は何度問いただされても教えませんでした。それと同時に集会へは主人は行かなくなっていました。
私は、当時の親子のやりとりには当然同席はしておりませんでしたので、この当時の親子のやりとりは主人からの伝え聞きでしかありません。
主人の父親は、別居理由云々より父親の金銭援助もあって購入したマンションに息子の妻が暮し息子は賃貸マンションに暮らしている事の方が納得いかない様子でした。
主人の両親は、「とにかく集会だけは行くように」とだけは強く言っているようでしたが
、息子夫婦の別居に関しては静観姿勢をとっていました。子供夫婦が危機に陥った場合、あれこれ親が介入していく親も多い中で、静観姿勢を見せる主人の両親の姿勢はある一定の息子への信頼があっての事と私は普通に受け止めてました。
そんな折、母親から手紙が来ました。「今この時点でも如何に教えに救われるか」「今の貴方は否定するけど結婚した当初の2人は幸せそうでした。思い出してください。」「〇〇の聖句を祈りなさい。煙がスッと立ち消えるように貴方の問題も迷いも消え去ります。私も今まで幾度とない苦難の時そうして祈り、事実それにより救われてきました。嘘ではありません。それを実践してみて下さい。」という文面の内容でした。
私は、主人の父親のマンションへの執着はさておき、母親の手紙には違和感を感じました
。文面全体に強い強要感を感じました。
まず、母親自身が認識してきた息子達夫婦の姿が唯一の真実であり、息子の今感じている事や吐露してる事は一時の気の迷いという前提でしか受け止めてない。その上で聖句を伝えるも素晴らしいがそれを実践することを強要して息子の心を動かそうとしている・・・そんな印象が私にはありました。「なぜ聖句ではなく自分の心の言葉で伝えないのだろうか・・・なぜ息子の吐露した苦しみに正面から向き合わず、気の迷いと言わんばかりに否定するのだろうか・・・」エホバの証人に限らず一般の無宗教の人でも、子供も大人になれば親に言えずに抱えている問題等は有るのが当たり前であり、こと離婚問題となれば問題が問題だけに致し方なく今迄言えなかった実情や胸の内を初めて親に吐露せざるを得なくなる。良くある誰でも理解できる状況であり心境だと思う。
ましてこの時点で主人は教えから離れるような事は一言も口にしておらず、親子に横たわっている問題は離婚問題だけでしかなかったのに、その勇気をもって吐露した胸の内すら
真っ直ぐには受け止めてもらえない中では、
両親からのメッセージも愛情も、主人としては自分自身の生き方に対する改善の決意を強めるものになって行きました。家族でありながら互いの真の姿を知らない親子は、決定的な危機にそれまでの歪みの溝を親が子に必死になればなる程広げていく状態でした。
主人は母親思いの優しい息子でした。常に母親の事を考えていましたし守ろうとしていました。けれど、一度目が開いてしまった主人には母親が必死に伝えようと今までどうりの伝え方で駆使しても、思いが複雑になるだけで今までなら伝わった言葉も愛情も今までの様には伝わりません。
母親からの手紙にも目を背け。全てのエホバの証人的なものからの関係性を絶つ事は怯えや恐怖・罪悪感等の様々なものを抱える苦しい状態だったと思いますが、生き方に限界のきたは主人苦しくてもそうする事しか出来なかったのだと思います。
私は側で見守りつつ自分は何をしてあげられるだろうか・・・と自問自答して居ました。
数年前、主人と上海へ飛び立ったあの空港での主人の背中が思い出され、主人にとって何が最善なのか?何が必要なのか?私にできる事は?悶々とした思いで見つめる日々でした
。側で支える私としても生きる事の難解さをここまで感じたのは初めての事でした。
そして考えた挙句、私の中で出た答えは「一度立ち止まり彼の知らないいわゆる世の人の暮らしを経験させてあげる事をしてみよう。選択の余地なくエホバの証人として生きて来て、生き詰った主人にエホバの証人として以外の暮しを経験してみてもらおう。その上で
、本人がエホバの証人として生きていこうと思うのか、世の人として生きでみようと思うのか、自分の人生の選択のチャンスをこの機会に持たせてあげられるようにして、この先同じ後悔をしない為にも自分で答えを出せる環境の手助けをする事が信教の自由、個人の尊厳に基づいた私の最善」という」ものでした。


200.Re: 何、それ何かの宗教? 8
名前:さゆり    日付:2012/2/21(火) 15:22

前妻との離婚の話は膠着状態の中、私が妻帯者である主人を今迄よりもかなり近い立ち位置に立ち、その為にとる行動も共に過ごす時間も、私の中での倫理観や狭い業界内で仕事関係の周囲に知れる事により生じる誤解がもたらす主人と自分への悪影響に対する怯えも私にとっての心の苦しみをもたらしました。
しかし私の目の前には、迷いと苦しみの中でどんよりとした目を見せる主人、集会に行きなさい!とにかく一旦家に帰りなさい!と感情的になる主人の両親、多額の慰謝料や金品の要求をほのめかしたり飼ったばかりの猫を盾にまともに話し合わない妻・・・
彼の心に向き合う人は一人も居ないのが現実でした。そんな中、毎日会社で顔を合わす父親には仕事中に社長室に呼び出され、ジリジリした父親の感情のままの問答に対処して居ましたので、その状態では妻との話し合いまで心に余裕も無く、話し合いは棚上げ状態になっていきました。


201.Re: 何、それ何かの宗教? 9
名前:さゆり    日付:2012/2/21(火) 15:31
だんだん心が追い詰められ、屈託なく笑う主人の笑顔は段々成りを潜めていきました。そんな主人を見ていた私は、意を決し毎晩会社帰りに夕食を作り温かい食事を主人に提供し始めました。そしてとにかく笑っている事に決めました。
食を通してひと時でもいいから安堵と安らぎを与えてあげたかったのです。
荒んだ状況と崩れてゆく牙城だけしか無い中では人は生きてはいけない。このままでは、やがて心身共に荒んでしまう気がして温かい手料理を食べて主人にその安らぎを実感し、この苦境の活力にしてもらえればと必死に祈る思いで台所に立ち私は笑い続けました。
もう別居中の主人の家で台所に立つ事も躊躇なんてしてられない。
そして週末には私の自宅に呼んで子供達や同居する母も一緒にワイワイ食事をしました。
私の母も夜中まで一緒に主人の相談にのりました。「沢山の人が貴方を応援しているよ」
それが伝えたかったのです。
そして、集会のある曜日は特に知恵を絞って主人が夢中になりそうな予定を計画しました
。リアルタイムに集会に行ってない実感を感じるのは罪悪感をもたらし辛いだろうとの思いからです。
そんな日々が脈々と続き1か月が経つ頃に、
主人がポツリと言いました。「もう1か月集会に行ってないな・・・集会にこんなに行かない生活なんてした事なかったし、想像できなかった。でも実際に経験してみたら何てことなく日々が過ぎて行ったな・・・俺は今まで何してきたんだろう・・・」私はとりあえず集会に行かなかったこの1か月が主人にとって大きな苦痛では無かった事だけに安堵しました。
それから間もなくの休日には、「余暇を楽しむ事はあまり迎合されない中で生きて来たけど、平日は一生懸命に働いて休日は思いっきり余暇を楽しみ、また平日を一生懸命働くという生活は非常に充実していて無理が無く素晴らしいな・・・皆こんな風に生きて来たんだな・・・」そんなことを感慨深気に言っていました。
別居から1月半が経ち、そろそろ春の兆しが感じられる頃になって居ました。
私は主人に言いました「そろそろ奥さんとの話し合いを再開したらどうかな?週末にマンションに帰って週一回でも話し合ってみたら?」すると主人も「うん。そうだな・・・向き合わなきゃな・・・このままおざなりには道が開けないしな・・・」と妻との話し合いをする活力を取り戻して居ました。
しかし話し合いは2回程しか続きませんでした。平たく言えばお互いに話にならない状態の様でした。その後1か月半の間夫婦は一度も話し合う事無く4月終わりに正式離婚が成立しました。
その顛末は、主人にとっても妻にとっても不本意な、どちらかちえば主人の母親主導のエホバの証人の考え方に偏った離婚劇でした。
夫婦の間に起きた事や離婚理由はどっちもどっちというのが主人の自覚でもあり、主人の妻もそうであったと思います。しかし膠着した状態の打破には文化の壁がありました。
もうエホバの証人式なやり方しか無かったのです。離婚から2週間後夫婦は電話で本当の別離をしました。「これで終わった・・・キチンと終わった・・・」そう言って主人は泣いていました。その終わったものと涙は、ただ妻との離婚では無く、主人がエホバの証人であり続ける為にした結婚とそれに伴う過ちの全てを指してる気がしました。
「俺は親に押し付けられた事と同じ事を妻にしてしまったんだ」以前ポツリと主人が言っていた言葉を思い出しました。
主人にとってこの離婚は自分の人生の舵をきり直す為の必要な一歩であり、他人の人生まで巻き込んでしまってから踏みだした遅すぎた一歩だったのでしょう。
その後しばらくして主人は会衆の長老に連絡をし、当面集会には行かない旨を伝え、会衆内で担っていた役割を外して頂ける様にお願いしました。
集会に行かなくなり半年が経とうとしていました。
私と主人に静寂な日々が戻りました。
そして主人から正式に交際を申し込まれ私は快諾しました。
ビジネスパートナーがいつの間にかライフパートナーになっていました。
また次の更なる試練が起る等、まったく想定してませんでした。
まだまだ私も、そして主人すらもエホバの証人の本当の凄まじさを知りませんでした。
この頃の束の間の静寂で幸福な日々は、1か月も続きませんでしたが、今でも私達夫婦のキラキラした大切な想い出です。

194.JWの子として生まれて 返信  引用 
名前:杏子    日付:2012/1/1(日) 13:24
エホバの証人の両親の元に生まれ16歳で排斥(喫煙)。社会に出て18年間世の中の渡り方が分からずマインドコントロールをされてしまっているかの様に地震や豪雨、災害が恐怖でまだ取れない。
私は子供を2人授かり幸せですが両親の死を考えると私が歩み寄る事をしなければいけないのかと思い何度も尋ねた事がありますが
@証人ではない人とは家族であっても話をしてはいけない。今電話で話をしているのは哀れみをかけている。
Aあなたは邪悪で滅びる。孫は関係ないから滅びない。
B娘の交通事故時。輸血をしないで死んでも復活があるから輸血はするな(輸血をして今は元気)
C私も輸血をしなければ血が少なくなっていく病気で輸血をしたが『何をやってるんだか』と一言。
D保育園に行ってはいけない。悪い影響を受けるから。校歌や騎馬戦は駄目。世の友達と遊んではいけない。彼氏を作ってはいけない。
E見ていいテレビはNHKと笑点、サザエさん、わくわく動物ランド、紅白、大家族、大草原の小さな家。
今考えると母の見たい番組だけ。
まだまだ沢山ありますが
旦那様はそんな家族の中で育ってきた私でも今の私が正しいのだから大丈夫と言ってくれますがハルマゲドンの恐怖を叩き込まれて来た私は同じ境遇の方と話をしてみたいと思うようになりました。
ここに至るまでとても辛かったです。
心の中では親にはエホバの証人から抜けてもらって普通の家族になって行き来できるようになりたい。今は何とも言えない嫌悪感がありますが
復活なんてないし生きている間に気付いてもらいたい気持ちも諦めながら呆れながらもどこかにあります。

193.JWについて 返信  引用 
名前:昌也    日付:2012/1/1(日) 13:19
・聖書に興味を持つ→JWは聖書に興味を持つ人が大好き
・(人間関係が出来た段階で)
 こうじゃないのか!と上からJWに指摘しない。平行線の関係におちいってしまう。むしろ、素朴で純粋な疑問を投げかけてみる。
・教理の矛盾などを指摘するのではなく、真面目な人生の疑問をぶつけてみる。人生とは、幸せとは、人とは、友人とは…など。
・最終的には“答えを与えてあげる“JWは答えをもらえることに慣れている。

*脱会について
・JWをやめる時のとてつもない障害に目を向けてあげる。ex家族の影響、家族からの疎外。友人を失う、世の中に放り出されてしまう、どうやって生計を立てていくか?など。
本当の意味で、自分の意思で道を決めなさいと促す。

186.あなたの家を訪問するエホバの証人の「危険性」 1 返信  引用 
名前:たも    日付:2011/12/12(月) 15:30
 あなたの家を訪問するエホバの証人の「危険性」

本年11月21日 地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム裁判が終結しオウム信者13人の死刑が確定した。この裁判で明らかになったものは,「教団やカルト,マインドコントロールの恐ろしさ」である。オウムの若い信者達は,教団の教えにのめり込んでいくなかで「思考停止」に陥り,考えることをやめてしまった。
そうした信者は,教団教祖に命令されるまま松本・地下鉄サリン事件や弁護士一家殺害事件を引き起こし,多くの人の尊い命を奪い,残された家族を悲しみのどん底に突き落とし,日本中を恐怖のどん底に突き落とした。
凶悪犯罪を引き起こしておきながら,裁判にかけられたオウム信者の被告からは,反省や謝罪の言葉のひとかけらもなかったのである。
それどころか,依然として教団の頂点で絶対的な影響力を持ち,殺人を進める危険な考えを維持しているとされる,教団教祖の麻原彰晃こと(本名松本知津夫)(本年11月死刑確定)にオウム信者の帰依が進んでいるとして。公安調査庁は,団体規制法に基づきオウム真理教に対して,引き続き監視が必要と観察処分更新請求を公安審査委員会に請求した。
オウムが改称した主流派「アレフ」,19年に脱退した上祐史浩(48)が率いる「ひかりの輪」が監視対象団体である。
公安調査庁は,最近,両派は,説法の中で東日本大震災の被害を引き合いに出し,「修行しないとまた起きる」と教えていると述べている。
教団の本来の意図を隠した危険思想の教えにマインドコントロールされた,思考停止状態の信者には,自分の属する教団組織が引き起こした事件が何を意味するのか,何ら罪のない人達の命と人生を奪っておいて,その事の重大性も認識できないのである。マインドコントロールの恐ろしさを知ることができる。
東京府中市では,宗教的儀式と称して数年間にわたり,女子中学生(13)に性的虐待を加え負傷させたとして,歯科・開業医の男(61)とその妻(28)が,強姦致傷の疑いで警視庁府中署に本年11月16日逮捕される。
女子生徒は小学生だった平成21年からこうした性的虐待を「宗教的儀式」名目に反復継続して,歯科医の男に加えられており,女子生徒の父親は,その場面を見ていたと言われる。また,この女子生徒の母親は,この容疑者の自宅に呼び出され,家族の世話をさせられていたと言う。
自分の子供が性的虐待を受けても,何ら抵抗する意志を示していないことから。警視庁府中署は,親子に対する「マインドコントロール」が行なわれていたとみて,詳しい経緯を調べている。
この事件を報道した産経新聞本年11月17日朝刊の記事の中で,新潟青陵大学大学院の碓井真史教授(社会心理学)は,マインドコントロールについて次のようにコメントしている。
「マインドコントロールに遭うのは特別弱い人ではない。不安や恐怖で感情をコントロールされると,抜け出すのは容易ではない」と指摘している。
碓井教授のコメントのキーワードは何か。マインドコントロールに遭うのは特別弱い人ではない。つまり私達のだれでも知らず知らずマインドコントロールされる危険があるのである。そして,一度,不安や恐怖で「感情」をコントロールされると,抜け出すのが容易ではない。支配され呪縛状態から逃れられないのである。
オウム信者が引き起こした凶悪事件,オウム信者残党の現状,東京府中の親子の事件例は,マインドコントロールの恐ろしさ,マインドされた人間の悲惨さを端的に示している。
カルト教団は,狂信者の教義(狂義)によって信者の思考を思考停止させ,支配し,呪縛状態にして,信者を隷属状態に置く。事実上,私生活まで監視状態におき支配される。家庭の中まで入り込むのである。これが人を支配し抑圧状態に置くカルト教団の実態である。そうしたマインドコントロールされ呪縛状態にされていることをカルト教団に属している信者個人は気づかないでいる。むしろ,そうしたカルト教団に属していることが「幸福」であると感じているのである。
自分の「尊い命」と「人生」をカルト宗教組織に盗み取られ,台無しにされていることを気づかないのである。マインドコントロールされた人間の悲惨な状態である。



187.Re: あなたの家を訪問するエホバの証人の「危険性」 2
名前:たも    日付:2011/12/12(月) 15:34
典型的な例が,カルト教団エホバの証人の信者である。
カルト組織にマインドされたエホバ信者は,自分が伝道し話している内容や配布している雑誌,出版物の内容が,狂信者組織の欺瞞と危険思想の考えで満たされていることを認識することはできない。
神の王国,(実際はカルト教団組織)第一の名のもとに,神の喜ばれることがら(実際はカルト教団の命令)として,来る日も来る日も各家庭を個別訪問し伝道して歩くのである。
そのようにしてねずみ講,いわゆるマルチ商法的組織作りで出来上がった,カルト教団組織の命令で,カルト信者を増やして行き。他の人の尊い命と人生を破壊する,狂信者組織集団,カルト教団エホバの証人の罪深き業の片棒を担ぐのである。
カルト教団エホバの証人。識者は,彼らのことをカルト「宗教」団体とよぶが,宗教団体などではない単なる「カルト教団」である。
一人の狂った狂信者が神の啓示を受けたなどと妄言を吐き,それに賛同した変わり者集団が,マルチ商法的な独自の組織を作り上げた「カルト教団の組織」である。それを神が用いる唯一の組織と標榜し,各信者には,「神の忠実な奴隷級」と称されるところから,教えや情報が提供される。神の忠実な奴隷級から提供される,教えや情報をエホバ信者は,「霊的な食物」と言い,集会や大会のことを「霊的な宴」と言う。
「神の忠実な奴隷級」などは,エホバの証人の組織が自ら作り上げた独自の組織であり,エホバ信者が言う「神権組織」の中枢をなす,頭脳的役割を果たすセクションである。
この奴隷級のセクションを通して,ものみの塔誌,めざめよ誌等の雑誌,(信者は集会の際に用いる研究用ものみの塔を渡され研究する),出版物が提供される。これが先程述べた信者が言うところの霊的食物であり,霊的宴と称する集会・大会で話される事柄も霊的食物である。
実際のところ,神の忠実な奴隷級などから提供される,教えや情報は,信者をマインドコントロールし呪縛状態にして,カルト組織に縛り付ける為の道具にしか過ぎないのである。
そのカルト教団エホバの組織の教義に従い,組織の指示に服することが,イエスの購いの犠牲に信仰働かせ,神に忠節に服していることになると徹底して教えられる。言い換えるとカルト教団エホバの「組織」が第一であり,イエスの名も神の名も名目として出てくるだけである。エホバ信者の考え方,生き方自体が,イエス,神を否定し,この組織の教義自体も,イエスや神を否定していることからもそのことは理解できる。
だから単にエホバの証人は,カルト教団エホバの組織に忠節を示しているに過ぎない。

聖書の原則に従ってという言い方をエホバ信者は言う。ところが実際は,聖書の原則などにエホバ信者は従うことはできない。
エホバ信者が用いる聖書は,エホバの組織に都合の良いように独自に編纂された聖書である。そして,その聖書に基く教えは独自に解釈され意義付けされたものだからである。
そうしたことからするとエホバ信者は,カルト教団エホバの組織の教義に従い。カルト信者的生き方ができても。本来の聖書のことばに信仰をおいた生き方などできないのである。
エホバ信者の用いる雑誌,出版物などは,神の霊の所産ではない。それは,エホバの組織が退けている,高等教育,研究機関など世俗の機関が発表したことがらを寄せ集め,彼ら独自に編纂して聖書に照らし合わせ,独自に解説された,世俗の資料の集大成である。
ものみの塔誌,めざめよ誌などは,世俗の資料の集大成であり,信者が伝道で用いる「論じる」の本などは典型的なものである。


188.Re: あなたの家を訪問するエホバの証人の「危険性」 3
名前:たも    日付:2011/12/12(月) 15:37
高等教育を否定,批判しながら,高等教育に携わる者や権威者の研究成果,言葉,資料を都合の良いように解釈,引用し,協会の雑誌,出版物をマインドコントロール用に作り上げ。それを信者に対して,「霊的食物」として提供しているだけの話である。
そんなものは霊的食物でも何でもない,今時の大学生,大学院生がやっている,出された課題のレポートを仕上げるのに,インターネットで資料を調べ,あるいは他人の論文の一部を盗用し,コピー,ペーストして,いかにも課題を自分で作り上げたかのようにレポートを仕上げる「コピペマ」と同じである。情報統制されている一般のカルト信者にはわからないだけの話である。
エホバの組織,独自に都合の良いように作り上げられた情報でマインドされ,出鱈目情報に煽られ,振り回されたあげく,自分自身を見失っていく,これがカルト教団エホバの証人信者の結末である。
未来も展望もなく,自分の根が浮いて,不安の海にあてもなく漂い出て,初めも終わりもなく,生きていることの手ごたえもなく,自分がこの世に存在することの意味を確かめようとすることもない。
エホバ信者は,欺瞞組織,カルト教団エホバの証人の組織の為に一生を棒に振るのである。
このカルトの組織にとって一般信者など,単に消耗品のスペアインクにしか過ぎない使い捨ての道具なのである。
そうしたマインドコントロールされた人間,カルト教団の信者が,今度はあなたをマインドしカルト教団の信者にしようと毒牙を隠しながら,あなたの家を訪問するのである。あなたの家を訪問するのは,単なる宗教団体の人ではない。人間と言う存在そのもの,本来の人間の生き方を否定した,カルト教団の信奉者と言う生き物である。その教えは,人の「人生」と「家庭」を破壊するカルトの教えである。あなたが玄関先,職場,学校,地域で相対するエホバの証人とは,そうしたカルト教団であり宗教団体ではない,カルト教団信奉者なのである。
エホバの証人のようなカルト教団に関わった瞬間,あなたの人生はあなたの人生でなくなり,カルト教団エホバの証人という欺瞞組織の為の人生となる。あなたの「命」と「人生」が盗み取られるのである。
オウム信者,府中の親子のように悲惨な結末を迎えたくないたら,宗教を名目にしたカルト教団のマインドコントロールの被害に遭いたくないなら,しかり自己防衛すべきである。
特に年末,年始にかけて危険思想団体マインドコントロール実践団体エホバ信者は,宗教活動名目に終末論を掲げ,反社会的運動を各家庭の迷惑を関係なく展開するはずである。その時,「カルト団体の信者の方ですね,うちでは必要ありません」としっかり断ろう。
帰らないようだったら110番通報すれば良い,警察にはこう通報すれば良い「輸血拒否で知られるカルト教団エホバの証人が訪問して来て,帰らない。パトカーをよこして下さい」とあなたが迷惑していることを警察に110番して伝えれば,警察はすぐパトカーをよこしてくれる。後は,駆けつけた警察の人が対応してくれる。
キーワードは,「宗教」と言う言葉を使わないことである,あくまでもあなたの認識は「カルト教団」

178.エホバの証人をやめた匿名さん 返信  引用 
名前:たも    日付:2011/11/21(月) 16:5
エホバの証人を辞めた匿名さん,貴方の判断は英断です。

東京大学名誉教授竹内均先生が翻訳・解説された本の中に牧師で詩人のジョージ・ハーバート氏のこんな言葉が出てくる。「真実を語る勇気を持ちなさい。嘘をつく必要などこの世には存在しない」。そして,竹内先生はこの言葉を引用しこう述べておられる。
 いかにも真実であるかのように見せかける嘘つきほど悪質な人間はいない。彼らは事実をあからさまに語る勇気をもてず,事実を装ったとんでもない嘘をいう。
 また,口先の嘘に劣らず悪いのは裏表のある生活である。卑劣な人間は,自分が公言したことに背いた行いをする。
 これをある宗教団体とその信者に当てはめてみると,カルト宗教団体,大欺瞞組織のエホバの証人とその個々の信者に当てはまります。
 私が今までエホバの証人について,掲示板に投稿した投稿文がそのことを裏付けています。
 嘘つきは正直でないばかりか,卑怯なことである。
エホバの証人を辞めた匿名さん,あなたはそうした卑怯で腐敗した大欺瞞団体,エホバの証人の「組織」と卑怯な人間集団「信者」との関係を断たれました,そうしたあなたの勇気と決断に敬意を表します。
 これからは,この言葉をしっかり胸に刻み込んで歩んで下さい。

たったひとりしかいない自分を,たった一度しかない一生を,ほんとうに生かさなかったら,人間,生まれてきたかいがないではないか。 山本 有三 「路傍の石」より

 


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