[ ホームページ ] [ 携帯用URL ]
伊勢中世史研究会掲示板
中世の伊勢に関して議論をしていく掲示板です。会員の方以外もご自由にどうぞ。

[ EZBBS.NET | 新規作成 | ランキング | サポート ]
名前 一覧
 E-mail 
題名
内容
投稿KEY    タグ有効 改行有効 等幅フォント
URL
添付




776.(untitled) 返信  引用 
名前:竹田憲治    日付:2013年2月17日(日) 7時26分
伊勢中世史研究会のフェイスブック・グループを作成しました。フェイスブックに登録されている方は、『伊勢の中世』〜伊勢中世史研究会と検索していただき、登録してください。

772.次回例会のご案内 返信  引用 
名前:竹田憲治    日付:2013年2月9日(土) 12時5分
伊勢中世史研究会の2月例会を下記の通り実施いたします。ふるって度参加ください。

               記
内容:伊勢市白米家墓地見学(あわせて伊勢市天神丘墓地の見学も行います)⇒伊勢御師の一族墓です。戦国末から近世の墓標多数あります。
期日:平成25年2月16日(土)
集合:伊勢市駅外宮側改札付近、13時集合
※墓地付近には駐車場がありませんので、ご注意ください。
※雨の場合は見学会は中止します。その場合は朝8時までにこの掲示板に書き込みます。



773.Re: 次回例会のご案内
名前:竹田憲治    日付:2013年2月9日(土) 12時14分
「度参加」ではなく「ご参加」ですね。申し訳ないです。


774.Re: 次回例会のご案内
名前:竹田憲治    日付:2013年2月16日(土) 9時21分
会員の皆様

おはようございます。寒い朝になり、北伊勢では雪が降っているようですが、中伊勢以南は曇りですので、予定通りに見学会を開催します。
参加される方は13時に伊勢市駅外宮側改札にご集合ください。


775.Re: 次回例会のご案内
名前:竹田憲治    日付:2013年2月17日(日) 7時24分
見学会、無事終了しました。伊勢市内は珍しい雪でとても寒かったです。

770.第42回大会のご案内 返信  引用 
名前:三重大学歴史研究会事務局    日付:2013年1月14日(月) 16時37分
 下記の日程で三重大学歴史研究会大会を開催します。本会では、活動を市民の皆さまに知っていただくべく、会員以外の方の参加を広く呼びかけています。一日をかけ、江戸時代の津八幡町、伊勢から選出された著名な政治家尾崎行雄、唐朝の国際関係、清朝西太后による政治の話など、幅広いテーマを、学生および大学教員が報告・講演します。学生部会のみ、講演のみの参加も可能です。皆さまの幅広いご参加をいただきますよう、よろしくお願いします。

日時:平成25年1月26日(土)午前9:00 受付開始
場所:三重大学共通教育1号館3階 PBL演習室2
※大学正門よりお入りいただき、正門脇にある守衛室・案内所で御尋ねください。

【大会日程】
9:00 受付開始
9:30 開会
9:45〜12:00 学生部会報告
     日本史部会
      「津八幡(やわた)町の特権」
     東洋史部会
      「唐代国際秩序―中国・西北アジアの関係に着目して―」
     張崇文
      「勝海舟の中国論―清朝という国家、中国社会―」
12:00〜13:00〔昼食休憩〕
13:00〜16:30 講演(途中休憩)
     大坪慶之 氏(三重大学教育学部准教授)
      「西太后統治下の清朝中央における政策決定過程と「政治空間」」
     松村勝順 氏(皇學館大学非常勤講師)
      「尾崎行雄の選挙基盤」

※講演終了後は、会員の総会等となりますので、会員以外の方は16:30迄となります。
※会員以外の方は資料代(300円程度)をお願い致します。

【午後講演概要(予定)】

〈お問い合わせ〉
〒514-8507 三重県津市栗真町屋町1577
三重大学教育学部歴史学研究室内 三重大学歴史研究会
電話(059)−231−9219(大坪) E-mail:otsubo@edu.mie-u.ac.jp



771.修正
名前:三重大学歴史研究会事務局    日付:2013年1月14日(月) 16時43分
上記案内にて、下から5行目に【午後講演概要(予定)】とありますが、誤記載です。

769.蘇る聚楽第〜野面積の王権〜 返信  引用 
名前:西脇 智広    日付:2012年12月25日(火) 22時14分
 昨日、京都の聚楽第現地説明会に行ってきました。通説では、文禄4年の関白秀次事件の後に完全に「抹消」されたとされる聚楽第ですが、今回、新聞報道にもあった様に約30メートルも石垣が出土したことで、その通説は見事にくつがえりました。
 さて、石垣はほとんどが花崗岩で、切り割りした痕跡のない野面積です。ただ、70センチから1メートル大のものを使用し、石仏や石塔の類の転用石は使用していません。高さは2メートル程度、3段〜4段ほどしか残っていませんが、裏側には栗石もよく残っていて豊臣政権の公邸としてふさわしい威容でした。完全に破却されたことなどから、全容が分からず城郭史の中でもその位置づけは微妙でしたが、平城の系譜の中で重要なものである事はまちがいないはずです。(安芸の広島城や、伊勢の安濃津城など「聚楽邸型」としてその影響を受けているという説もありましたね。)とにかく今回出土遺構は今後の研究に必ず一石を投じるものになるでしょう。野面積城郭の完成形態といえるかもしれませんね。今後の調査結果が楽しみです。(すみません、写真は容量が重すぎて貼れない様です)

768.関西近世考古学研究会第24回大会のご案内 返信  引用 
名前:事務局 竹田憲治    日付:2012年11月4日(日) 19時2分
堺の嶋谷様からご案内をいただきましたので掲示します。

関西近世考古学研究会第24回大会 案内
『関西における町屋敷の変遷』

平成24年度の第24回大会は、大手前大学史学研究所リサーチセンターとの共催により、大手前大学夙川キャンパスにて開催することとなりましたので、ご案内申し上げます。
8年前の第16回大会『近世の建築と屋敷地の構成』では、近畿・四国・中国地方などの都市遺跡に見られる屋敷地の変遷が発表され、西日本における屋敷地の様相がわかりました。さらに、各遺跡間の差異や、画期についても比較検討しましたが、武家屋敷や蔵屋敷、町屋敷と異なった性格の屋敷地の間では当然に差異があることがわかりました。
しかし、町屋敷だけをとっても遺跡によって屋敷地の構成に特徴があり、変化の画期に差異があるのではないかと考えられます。さらにそれらを類型化し、比較検討することにより、地域性、階層性の様相が明らかにできるのではないかと思われます。
今回の大会では「町屋敷」に限定し、最新の資料から屋敷地の変遷・構成を検証し、関西における町屋敷の特徴を明らかにしたいと考えています。
万障お繰り合わせの上、よろしく御参加の程、お願い致します(大会申し込みは不要です)。

*開催地 〒662-8552 西宮市御茶屋所町6−42 大手前大学 本館 A28教室http://www.otemae.ac.jp/
最寄駅 阪急夙川駅南へ徒歩10分、JRさくら夙川駅西へ徒歩10分、阪神香枦園駅北へ徒歩10分
*宿泊について 大学周辺にはなく、大阪駅・三宮駅周辺にございますので各自で予約ください。
*懇親会について 本会主催としての懇親会は実施しませんが、別途、有志による懇親会を計画しています(別紙の懇親会案内参照)。
<プログラム>(予定)
12月1日(土)
 午後1時 受付開始
   1時25分 開会挨拶 大手前大学史学研究所長 櫃本誠一

   1時30分 報告1「遺跡から見た近世京都の町屋敷」 内田好昭
   2時10分 報告2「中世・近世の奈良町遺跡の宅地」 中島和彦
   2時50分 (休憩)
   3時00分 報告3「大坂城跡・大坂城下町遺跡に見る町屋遺構の
           変遷」 渡辺晴香
   3時40分 報告4「伊丹郷町における町屋敷の変遷」 赤松和佳
   4時20分 (散会)
12月2日(日)
 午前 9時 30分 受付開始
    10時00分 報告5「赤穂城下町跡における町屋敷地の変遷」
            荒木幸治
    10時40分 報告6「江戸、町人地中心部における町屋の様相」
            仲光克顕
   11時20分  (昼食)

 午後1時00分  講演「中世から近世の町屋敷の形」 松尾信裕
   2時00分 (休憩)
   2時10分  討論(司会)川口宏海              嶋谷和彦
   3時30分  閉会挨拶 関西近世考古学研究会会長 森村健一
   3時35分 (散会)
紙上報告「堺における屋敷地の変遷」永井正浩

765.伊勢中世史研究会加入の件 返信  引用 
名前:阪本敏行    日付:2012年10月27日(土) 15時7分
今日は。お世話になっています。
伊勢中世史研究会加入を願って他の雑誌代金と共に指定された金額を納入したのですが、まだ返事がきませんし、会誌も送られてきません。伊勢中世史研究会加入と書かなかったためでしょうか。
私の思い違いであればお許しください。



767.Re: 伊勢中世史研究会加入の件
名前:事務局 竹田憲治    日付:2012年11月2日(金) 7時12分
阪本様
事務局の竹田です。ご心配をおかけして申し訳ありません。
阪本さんには9月末に入会していただいたのですが、9月、10月と会誌が発行されておりませんでしたので、会誌の送付ができておりません。11月からは、会誌の発行が予定されておりますので、お送りをさせていただきたいと思います(とはいえ、何号かをまとめての送付になりますが)。

今回の阪本さんのご指摘をうけ、今後、入会していただいたかたには、事務局に残っている会誌(169号・170号が手元にあります)もお送りさせていただきます。もちろん阪本さんにもお送りいたします。

今後とも、何かありましたら遠慮なくご指摘ください。

653.かしらこ塚 返信  引用 
名前:多度大権現    日付:2009年9月22日(火) 18時12分
Original Size: 699 x 524, 247KB

9/19に多度町戸津・香取をめぐる歴史散策会があり、参加してきました。初めて見るものがあり、とても楽しい時間でした。
特に気になったのが「かしらこ塚」で、「富津二郎維綱」を祀っている伝えられているそうです。実際、桑名富津二郎を名のっていたのは清綱で、維綱は桑名三郎ですので伝承に間違いはありますが、伊勢平氏関連の史跡は多度町内に他にないのでおもしろい発見でした。
このあたりは古代から港として機能して場所ですので、いずれ何らかの形で紹介していきたいと思います。
ちなみに「かしらこ」とは、「頭古」と書くとか、イヌツゲのことをかしらこと呼び古くはイヌツゲの古木が生えていたからとも言われています。



766.Re: かしらこ塚
名前:歴史正しく    日付:2012年10月31日(水) 17時24分
桑名三郎左衛門といって平維綱のことを云う。


桑名二郎は富津二郎という、又、平清綱の事を云って
「かしらこ塚はこの人の事である。

桑名市の文化課も分かっているのに訂正しない。
平成24年11月25日の「くわな歴史講演会」のパンフレットも、間違いのまま載せている。

(訂正しないのならば”桑名のいろは”を訂正したらよい)

624.天然寺の慶長20年宝篋印塔について 返信  引用 
名前:斎藤隼人    日付:2009年2月15日(日) 22時44分
 三重大学教育学部・教育学研究科(藤田研究室)卒の斎藤です。本日は見学会に参加させていただき、お世話になり、ありがとうございました。
 天然寺にありました宝篋印塔についてですが、調べましたところ、藤堂勘解由家初代の氏勝のものと思われます。確かに5月6日に戦死しています。
 出典は、林泉氏(藤堂式部家の子孫)の『藤堂姓諸家等家譜集』です。藤堂姓である家(一族・賜姓)の系図と簡単な人物伝が書かれています。その中の氏勝の部分に
「尚、津天然寺所在ノ墓碑ニ、諡 法蔵院殿進誉正忠居士 トアリ」
とあります。なぜこれを氏勝のものと断定したのか、根拠は示されていません。ただ、氏勝室・二代氏紹室・三代氏祥・四代氏信は天然寺に葬られているようです(同書)。
 『高山公実録』の戦死者の諡号一覧の部分を見た限りでは、氏勝の諡号は「自足宗由」とありました。
 なぜ江戸方面の石なのか、氏勝のものと断定した理由は何なのか、『高山公実録』の他の記事・他史料のチェック等はまだですが、とりあえずの速報という形でお知らせします。もし詳細がわかりましたら、またお知らせさせていただきます。



625.Re: 天然寺の慶長20年宝篋印塔について
名前:魚屋善四郎    日付:2009年2月17日(火) 8時44分
 早速一歩前進していただき、ありがとうございます。藤堂一族というのは納得がいくところですね。追跡調査の結果が楽しみです。
 調べていただいた内容からは、偕楽霊園に残る石塔の状況を調べるのが非常に重要ということになりますね。また調査を実施しましょう。


626.Re: 天然寺の慶長20年宝篋印塔について
名前:藤堂高虎    日付:2009年2月18日(水) 13時6分
早速ご苦労さまでした。藤堂氏勝は、伊予以来城普請のリーダー的存在でした。江戸築城との関係を詰めてゆけば、問題が解明されるかもしれませんね。よろしくお願いします。


627.Re: 天然寺の慶長20年宝篋印塔について
名前:竹田憲治    日付:2009年2月21日(土) 7時23分
斎藤さん有難うございます。戦前にはこのような墓が多く残っていたのかもしれませんね。ひとまずは霊園に残っていないかを調査しなくてはなりません。
この宝篋印塔が藤堂氏勝のためのものと言う事はわかったのですが、いつ頃のものなのでしょうか?没後まもなくか、何回忌かに造ったものなのかどうなんでしょうかね。


764.Re: 天然寺の慶長20年宝篋印塔について
名前:武内成(たけのうち おさむ)    日付:2012年10月10日(水) 11時13分
>  三重大学教育学部・教育学研究科(藤田研究室)卒の斎藤です。本日は見学会に参加させていただき、お世話になり、ありがとうございました。
>  天然寺にありました宝篋印塔についてですが、調べましたところ、藤堂勘解由家初代の氏勝のものと思われます。確かに5月6日に戦死しています。
>  出典は、林泉氏(藤堂式部家の子孫)の『藤堂姓諸家等家譜集』です。藤堂姓である家(一族・賜姓)の系図と簡単な人物伝が書かれています。その中の氏勝の部分に
> 「尚、津天然寺所在ノ墓碑ニ、諡 法蔵院殿進誉正忠居士 トアリ」
> とあります。なぜこれを氏勝のものと断定したのか、根拠は示されていません。ただ、氏勝室・二代氏紹室・三代氏祥・四代氏信は天然寺に葬られているようです(同書)。
>  『高山公実録』の戦死者の諡号一覧の部分を見た限りでは、氏勝の諡号は「自足宗由」とありました。
>  なぜ江戸方面の石なのか、氏勝のものと断定した理由は何なのか、『高山公実録』の他の記事・他史料のチェック等はまだですが、とりあえずの速報という形でお知らせします。もし詳細がわかりましたら、またお知らせさせていただきます。

763.五知見学会お疲れ様でした 返信  引用 
名前:魚屋善四郎    日付:2012年10月9日(火) 1時2分
10月7日に志摩市磯部町五知の見学会を開催しました。当日は、福寿寺に伝わる木製懸仏(県指定文化財)、木造十一面観音菩薩立像(市指定文化財)や、地蔵堂の六地蔵木幢、観音堂の円空仏などを拝見し、充実した時間を過ごすことができました。また、別働隊による磯部岳道踏破も充実した内容でありました。
 当日は、福寿寺様をはじめ、区長の大杉様、文化財管理者の中西様には大変お世話になりました。ありがとうございました。
 またこのような見学会を催したいと思います。皆様からのご要望もお寄せください。

762.明日の五知見学会 返信  引用 
名前:魚屋善四郎    日付:2012年10月6日(土) 17時47分
近鉄五知駅には、鳥羽方面13時16分着の電車で来ていただくことになろうかと思います。では、みなさまよろしくお願いします。


ページ: |< << 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 >> >| 


   投稿KEY
   パスワード

EZBBS.NET produced by InsideWeb