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伊勢中世史研究会掲示板
中世の伊勢に関して議論をしていく掲示板です。会員の方以外もご自由にどうぞ。

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18.中世都市研究会鎌倉大会へ行ってきました 返信  引用 
名前:小林俊之    日付:2004年9月8日(水) 2時6分
 この土日、鎌倉へ行ってきました。なかなか盛会だったと思います。今回はいろいろなルートを使って案内を出したとのことで、それが多くの参加者を得ることができた要因なのかな、と思いました。
 中身は「鎌倉と鎌倉をめぐる諸都市」といったテーマでなかなか興味深い発表が多かったと思います。
 しかし僕は今回、運営面であることに注目していました。それはコメント制の復活です。前回の九州大会ではコメント制ではありませんでしたから。今大会のコメントを聞いて思ったことは、あまり報告内容と関係ないコメントが多いように感じました。報告者との連携があまり取れていなかったかもしれませんが、コメント制にするなら十分打ち合わせできるようにすべきかな、と思いました。
 あと大会1日目に質疑応答の時間があって、2日目はその時間がなくいきなり討論、というのもありました。討論の時2日目の質疑応答でけっこう時間を使ってたので、質疑応答と討論のありかた、やりかたについて少し考えさせられました。
 ナマイキなことばかり書き込んでしまいましたが、すみません。鎌倉へ行ってみての率直な感想です。
 それともうひとつ。遺跡見学は永福寺跡だったんですが、中へ入って見学できるのか、と思ってたら、なんと!柵の外からの見学だけでした。もちろん鎌倉の福田さんの解説はありましたが。てっきり調査か整備かしてて中に入れると思っていましたから〜。残念〜!草ボーボーで池の形がかろうじて斬り〜!



19.Re: 中世都市研究会鎌倉大会へ行ってきました
名前:竹田憲治    日付:2004年9月8日(水) 12時37分
私も中世都市研究会に行ってきました。その感想を述べます。
まずは発表について、違う角度からコメントをおこなうという方法は面白いと思います。同じ物や現象を考古学の目から見てどうで、文献史学からみてどうだという話しになると盛りあがるのは確実です。発表者とコメンテーターのバトルもあるかもしれません。
内容については、山川報告であった、伊派石工集団のうち、主流?派は畿内に残り一定の定着性を持ち、大蔵派は鎌倉で活躍したり、瀬戸内に乗り出したりするなど、広範囲で活躍するというところは非常に新鮮で興味ぶかい内容でした。他の職能者でもあるのでしょうね。
見学会については、少し「がっかり」でした。発掘調査で確認できた寺以外でも見学するところは多くあるのにというのが正直な感想です。
神奈川に行っていたおかげで、近畿地方の地震にはあいませんでした。19時の地震は浅草の寿司屋のテレビのテロップで知りました。0時の地震は震度5よりも揺れる夜行バス内だったので気づきませんでした。


21.Re: 中世都市研究会鎌倉大会へ行ってきました
名前:伊藤裕偉    日付:2004年9月8日(水) 23時1分
 皆さんが感想述べてますので、ぼくも書いておきます。
 まず一言で言えば、「大会を運営するのは難しい」ということです。簡単なことではない。今回の発表者も、その道ではかなり名の知れた(というか、権威といってよい)人ばかりでした。だからこそ、あれだけの人が集まったのでしょう。しかし、最後の討論の時間は、全体の3分の2程度の参加者で、多くは帰路に着かれたようでした。全ての参加者の興味を最後まで引きつけるのは至難の業だと実感しました。「研究進展か、参加者の満足度優先か」は二者択一の議論ではないですが、どちらもおろそかにはできないと痛感しました。
 内容については、個人的には興味深いものが多かったです。湯浅治久さんの「御家人経済」という視点は興味深かったし、それに対する秋山哲雄さんのコメントも要点を突いていたと思います。鋤柄俊夫さんは、相変わらずうまい話術で、高橋慎一朗さんのコメントは柔らかなお人柄がにじみ出た中にも「キレ味」のするどい、いいものでした。
 ただ、全体として「中世都市」に関する議論がぼやけていたようには思います。全体を貫徹したものが無く、総花的によいものが出された、そんな感じがします。それだけ、むつかしい課題であるということかと思います。
 それと、大会開催者の方には非常に申し訳ないですが、永福寺の見学はかなり残念でした(竹田さんは柔らかく書かれていますが・・・)遠方からの参加者は、このために早くに家を出ているわけですから。
 いずれにしても、鎌倉そして続く京都と、1年足らずの準備のなかで実施という段取りの中で、大変なご苦労をなされたことと思います。準備期間の長い三重は、だからといって固くなる必要は全くありませんが、自分らなりにがんばらねば、と改めて思った次第です。

17.昨夜の地震から 返信  引用 
名前:河崎屋大師堂    日付:2004年9月6日(月) 18時21分
 昨夜の紀伊で発生した地震、とても大きかったですね。一回目午後七時頃のは偶然車内にいたので、「よく揺れるねえ、パンクしたかしら?」と運転者が心配げに運転してました。が、直後に遠方からの安否メールで「さっきの揺れって大きい地震のせいやったのね」と気づく始末。もっと大きかったら気づかずに『さよなら』だったかもって考えると怖くなりました^^)。
 でも凄かったのは深夜12時近くの二回目。家にいて仮眠状態だったのですが、ボロ屋の二階はゴンゴン!グラグラ〜!と揺れる状態で『ああ、やばい!終ったな』って真剣に思いました。テレビ・らじおの無い生活をしてるので、電話不通解除後に後輩に電話で聞いたところ「伊勢は震度4で震源地に近い新宮は震度5、何故か松阪と香良洲も震度5です云々」とのことを知りました。っと長い前口上はさておき、揺れも静まった後でふと「なんで松阪・香良洲が震度5で伊勢は4なんやろ?」と思い、「もしや、明応地震の時も実は中世安濃津付近が地盤の影響で物凄く被害が大きかったのでは?」なんて門外漢の浮世離れなことを思ったりもしました。
 いずれにせよ、大きな地震を経験したことのない自分にとっては衝撃的な出来事で、東海地震と東南海地震が同時に起こったら(『戦国の考古学』所収論文から過去もそういう事例があることを知りました)自宅は確実に崩れ落ちるでしょう。自分が寝返りを打っただけでも揺れる我家であるため、昨夜は、一番危険な場所が自宅であることをまじまじと実感した次第です。災害時に身軽に何も持ち出すものの無いことも実感し悲しくもなった一晩でした。



20.Re: 昨夜の地震から
名前:竹田憲治    日付:2004年9月8日(水) 12時42分
19時の地震が南海地震で、0時の地震が東南海じしんだったらどれほど幸せでしょうか。でもまだ東海地震があるか・・・

16.中世都市研究会2005年大会 返信  引用 
名前:魚屋善四郎    日付:2004年9月6日(月) 8時40分
中世都市研究会へ行ってきました。来年度2005年は、京都で開催されることになりました。取り急ぎ、皆様にお伝えします。

14.中世都市研究会へ行ってきます!! 返信  引用 
名前:伊藤裕偉    日付:2004年9月2日(木) 23時33分
9月4・5日に開催される中世都市研究会に参加してきます。大会の様子や運営方法など、いくつか勉強してきたいと思います。もちろん中身も。得るものが多い会であることを期待しています。このコーナーや、次回の研究会などで、皆様にお伝えしたいと思います。



15.Re: 中世都市研究会へ行ってきます!!
名前:河崎屋大師堂    日付:2004年9月3日(金) 16時35分
 ウチも行きたかったのですが、生憎仕事が入ってしまいまして(お金も余裕がないのもあるのですが)いけなくなりました、残念。また体験記をお聞かせください。お気をつけて。

12.第37回日本古文書学会大会報告につき 返信  引用 
名前:河崎屋大師堂    日付:2004年8月31日(火) 18時8分
ご無沙汰してます。さて、自分の話で恐縮なんですが、第37回日本古文書学会大会にて研究報告を行います。伊勢大湊に関する内容ですので興味のある方は聞きにきてください。
 日時 10月2日(土)午後1時過ぎ頃(午後3番目です)
 会場 筑波大学 大学会館国際会議室
 〒305−8571 茨城県つくば市天王台1−1−1
 連絡先 рO29−853−4069(筑波大学人文社会科学研究科山本隆志研究室)
 参加費 500円
 大会内容(三重県に関するもののみ)
  8、千枝大志(皇學館大学大学院博士後期課程)「伊勢『大湊古文書』に見られる銭貨記載についての基礎的考察」
  ※発表自体は20分程度の予定です。



13.Re: 第37回日本古文書学会大会報告につき
名前:伊藤裕偉    日付:2004年9月2日(木) 23時5分
日程的に行けませんが、またレジメなど見せてください。関東では今でも大湊の唯我独尊状態でしょうか?山田や河崎の機能をめいっぱい宣伝してきてください(^^;

7.「守護所シンポ@岐阜」の雑感 返信  引用 
名前:伊藤裕偉    日付:2004年8月23日(月) 22時21分
 守護所シンポ、なかなか盛会でした。地元スタッフで盛り上げる努力をしたこと、それを全国発信したことなど、全国的なテーマを掲げた研究会としては画期的なことだと思います。やっぱり大切なのは、地元の意識でしょうね。一般にも案内していたようですが、岐阜市民の参加具合はどうだったんでしょうか?聞いておけばよかった。
 内容は、岐阜関係・豊後府内あたりの発表が興味深かった。あと、レジメでしか見ていない(寝過ごして時間に間に合わなかった)ですが、丹後府中からの指摘も貴重だと思います。紙上参加の方では、個人的には市村先生の指摘が重要だなと思いました。
 資料集は、全国の守護所を総覧したものとしてははじめての試みであったと思います。ただ、どの場所がどの段階の守護と関係しているのかが分かりづらい。古い地図を載せるというのは非常にいい手法だと思いましたが、全国に貫徹せず、部分的に白紙となっていたのは残念といえば残念でした。
 一番感じたのは、やはり一定の概念規定をしたうえでの議論が必要なのではないか、ということでした。「守護所」と「守護館」を使い分けている人もいましたが、大方は混乱していたように思いました。また、守護町(守護城下)を言うにしても、前身集落の有無を確認したりする作業が不可欠だな、とも思いました。
 いずれにしても、こういった問題を再認識するなり、新たに感じるなりするといったことを提起した集会であり、有意義なシンポであったと思いました。岐阜の皆様、お疲れ様でした。



8.Re: 「守護所シンポ@岐阜」の雑感
名前:伊藤太    日付:2004年8月25日(水) 22時24分
伊藤さん、こん**は。

守護所シンポ@岐阜の「丹後府中」の事例報告者の伊藤です。
(って、中世史業界、「伊藤」大杉!笑)

私の今回の報告は、雪舟の件のほかには、
1.「府中=守護所」論
2.守護所をつなぐ日本海交通の重要性
がキモだったつもりです。
シンポの準備会の段階では、美濃府中(垂井)の見学会なんかもあったんですが、時間等の関係から結果として、シンポ当日の討論では「府中」の件は省略されてしまい、ちょっと残念です。

シンポの帰りに、尾張の守護所「下津」と一宮(真清田神社)、国府宮などをまわってきましたが、これらも明らかに〈府中型〉ですよねぇ・・・

7月に、一色氏が分郡守護をつとめた尾張知多の本拠地「大野」をまわってきましたが、ここって伊勢との交通の要所だった中世の「湊」だったんですね。
一色満範が法華経を奉納した羽豆神社のある師崎も行きましたが、ここも、今でも伊勢の鳥羽と三河の伊良湖岬を結ぶ現役のフェリーの「湊」。
一色氏は日本海では、若狭と丹後の守護を兼務して「若狭湾」をおさえ、同時に東海では伊勢北半国と尾張海東・知多と三河の守護を兼ねて「伊勢湾&三河湾」をおさえている・・・
大野や師崎から海を眺めながら「一色氏は海民だぁ!」と思わず一人ごちてしまった今日このごろではあります。

伊勢にもそのうち参りたいと思いますので、よろしくお願いします。


9.一色氏は日本海と太平洋をつなぐ!?
名前:伊藤裕偉    日付:2004年8月25日(水) 23時37分
伊藤太さま。確かに「伊藤」が多い業界ですね^^)
「府中型」という設定の仕方は、文献・考古(さらに歴史地理もか?)ともに非常に分かり易いと思います。国府が果たしていた機能を守護が引き継ぐ、ということだと理解しています。その中に、国府の機能とは違う守護的要素をひとつひとつ見つけ出していき、その場の特性を解明していくのがひとつのポイントですね。伊勢とはまた違った様相がありそうで、研究の進展がとても楽しみです。
 一色氏が海を押さえているというのは、ご指摘のとおりでしょうね。丹後と京都の間は1日の道程だと思いますが、京都と伊勢(安濃津)の道程も1日たらず。京都を拠点としていれば、いずれも1日で動ける範囲というのも興味深いところです。一色氏の動きによっては、日本海側と太平洋側とが有機的につながっていた、という視角も生まれるように思います。また、15世紀後半に伊勢守護となった際、守護代の石河直清が泊に執着しているのも、ご指摘の知多半島との関係を考えると頷けるところです。石河氏の本拠も含め、丹後にもお邪魔したいと思っておりますんで、その節はまたよろしくご教示ください。


11.伊勢守護一色氏
名前:竹田憲治    日付:2004年8月27日(金) 11時58分
伊勢中世史研究会の竹田です。仕事柄、北伊勢で発掘調査をしております。現在の勤務地は石川氏の被官大矢知氏のいた朝明郡です。ここにいて思うのは北陸への近さです。現在でも員弁川を遡れば1時間あまりで関が原に抜け、さらに1時間もあれば日本海まででることができます。すべて京都を経由するのではなく、北伊勢―北近江―越前・若狭といったつながりも想定できます。
また、三河・尾張知多とともに伊勢守護は志摩国守護も兼ねていることが多いという事実も加えると一色氏の海運へのかかわりはよりきわだってきますね。

10.9月の準備会について 返信  引用 
名前:小林俊之    日付:2004年8月26日(木) 0時38分
 実行委員補佐の小林俊之です。9月18日の準備会(松ヶ島見学)の後、恒例の懇親会を予定しております。場所は近鉄松ヶ崎駅前の一升びん塚本店(松阪肉の焼肉屋さん)です。ですから、なるべく電車で来られる方がいいでしょう。(当日の松ヶ島までの足はなんとかなるはず・・・)
 たくさんのご参加お待ちしております。

4.守護所シンポジウム@岐阜に参加します 返信  引用 
名前:竹田憲治    日付:2004年8月21日(土) 3時24分
本日から開催されます「守護所シンポジウム@岐阜」に参加してきます。いつも早起きの竹田ですが、シンポジウムが楽しみでこの時間に目が覚めました。子どもの時の遠足の日の朝のような心持ちです。それではみなさま会場にてお会いいたしましょう。



6.Re: 守護所シンポジウム@岐阜に参加します
名前:亀山隆    日付:2004年8月23日(月) 21時8分
参加したかったのですが、仕事でいけませんでした。くぅ〜(T_T)。また情報を教えてください。私は枝広館跡周辺で生まれ育っていますので(当時は知りませんでしたが)地名や地形などはすぐ理解できるのですが、今行っても立派な公園になっていてとても館跡だとは思えないですけど。そういえば、小学生のとき、近所のじいさんに「あそこにはさわるとたたりがある巨石が埋まっている」と教えられました。

1.新掲示板 返信  引用 
名前:山田雄司    日付:2004年8月19日(木) 17時12分
掲示板を新しくしました。以前と同様画像もアップできます。投稿内容の最大文字数が8000文字に増加し、過去ログが1000件となりました。また、過去ログは私がすべて保存しておきます。
今まで以上に活発な議論が行われることを期待します。

http://www.human.mie-u.ac.jp/~yamada/index.htm



2.Re: ありがとうございました
名前:伊藤裕偉    日付:2004年8月20日(金) 0時59分
山田先生、ありがとうございました。これで、ここでの議論などがより有効にできると思います。今後も、ネタが入り次第、どんどん入れていこうと思います!!


5.Re: 新掲示板
名前:竹田憲治    日付:2004年8月21日(土) 3時27分
21日の早朝に掲示板を開けて驚きました。山田先生有難うございます。今後もどんどん書き込みましょう。


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