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古代史掲示板2(荊のキシ)
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88.推古天皇7年(599年)の奈良大地震 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/9/30(金) 2:42
推古天皇7年(599年)の4月27日条に、「地震がおきて建物がすべて倒壊した。それで全国に命じて地震の神をお祭りさせた」とあります。建物がすべて倒壊する震度というと、震度7〜8位、マグネチュード7〜8クラスを想定できると思います。推古紀の記載というと聖徳太子の話が有名ですが、太子の伝承には後代からの挿入が多く見られ、推古紀の記載の信憑性も疑われているところではあります。ただ、逆にこの地震の記載、および年代が立証できるなら、記載の信憑性も出てくることでしょう。
そこで地震が少ないといわれる奈良周辺の大地震については、以下のサイトをご参照ください。
http://www.bo-sai.co.jp/tounankai1.htm
奈良周辺では南海・東海地震が、90〜150年ほどの周期で襲っておりますが、その間の期間に琵琶湖・京都地震や三重・紀伊方面の地震が挟まって起こっていることがわかります。この間に起こる地震が、仮に599年の奈良大地震とすると、次の684年の白鳳南海地震までは85年となります。その辺の地震周期が解明されてくると、推古紀の正確な年代も出てくることでしょうし、それに対応する考古遺物の分析も進んでくるのではないかと感じます。
なお、大地震の周期については、以下のサイトに関東大地震、東海大地震の周期が掲載されているのでご参照ください。ちょうど今年は両方の周期が満了してくる時期であり、関東大震災・東海・南海震災の連動の可能性も強く要注意でしょう。



89.リンク貼り付け忘れていました。
名前:管理人    日付:2005/9/30(金) 16:7
以下のサイトに関東大地震、東海大地震の周期が掲載されているのでご参照ください。http://www.geocities.co.jp/NatureLand/8896/syuki.html

87.682年9月の鶴が数百羽上空を舞った記載について 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/9/28(水) 2:19
682年8月12日の大地震の後の、9月10日の日中(うまのとき)つまり昼ごろに、数百の鶴が大宮(飛鳥浄御原宮)方面へ向かって2時間ほど空高く舞ったとの記載があります。これも、684年の白鳳南海震災に続く異常事象のひとつかもしれません。
その前の8月13日には、筑紫(福岡)の役人が「三本足の雀が現れた」ことを報告しています。この三本足の雀は、翌683年正月2日の賀正の礼で筑紫の役人が朝廷へ差し出しているのですが、7日の節会で群臣に示しています。そして18日の天武天皇の言葉には「みな共に聞け、自分が皇位を継いでより、天瑞(天の祥瑞)が一つ二つでなく、数多く現れている。伝えられるところでは、こうした天瑞は政道が天道にかなっているとき、示されるという。自分の治世に毎年相次いで現れることを、あるいは恐れあるいは喜んでいる。・・・」
この天皇の言葉に、よく682年、684年の大震災にかけての数多くの地震前兆現象が示されているようです。こういう自然現象からも、この天武紀の信憑性が高いことが逆に証明されてくると思います。ただ、まだ地震学会では大地震の前兆現象がよく研究されていないようであり、その前兆現象の立証が確立してこないと、古代史面での応用が利かないところが残念なところではありますが、その辺の研究の発展に期待ですね。

84.680年11月の発光現象、鳥の大群移動 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/9/27(火) 5:46
天武9年(680年)11月3日には「三日、戌(午後十時)から子(午後十二時)まで、東の方が明るかった」という記載があります。深夜にかかわらず、東方が明るい、つまり地震の震源方向によく現れる空が白や赤にぼんやり光る発光現象ではなかったかと思います。その前の11月1日に日食の記載があり、十日に「西方に雷あり」、16日に月食、30日には「ア古鳥が天を覆って東南から西北へ飛んでいった」と鳥の集団移動の記載がありました。この前後の時期の地震記載は9月23日、翌年3月21日にありますが、このころから2年後8月12日の大地震、さらに4年後の白鳳南海地震まで、地震記載が頻繁にあり、発光現象、鳥の移動が一連の前兆現象を捉えている可能性もあるのではと感じますがどうでしょう。



86.臘子鳥とは
名前:管理人    日付:2005/9/27(火) 5:58
上記臘子鳥(あとり)についてですが、「群れは非常に大きくなることがあり、餌がありますと、群れは膨らむ一方です。春先には大群となり、一斉に飛び立つ時はすさまじいばかり。ピレネー山脈の麓(ふもと)には100万羽を超すアトリが集まるねぐらがあります。また日本でも数万羽からなる群れが珍しくな」いそうです。
詳細は以下HPにて。
http://kaze3.net/asama/23-bird/atori.htm

75.いにしえの暮らし 返信  引用 
名前:taka    日付:2005/9/19(月) 20:25
我々の住むこの極東の国、日本に住む昔の記録が残っていることは、奇跡的なことですね。日本書紀でしょうか?



76.Re: いにしえの暮らし
名前:管理人    日付:2005/9/20(火) 21:5
お返事おくれてすいません。パソコン故障してました。以下の記載の引用は日本書紀の天武天皇条です。まったくご指摘のとおり、奇跡的なほど、地震の前の数々の現象を記載しているのは驚きですね。さらに、後ほど記載する発光現象など、まだ地震学でも最新の分野に関する記載も多く出ています。そして逆にこのまれな現象記載の数々からこの時期の記載の信用度が高まったくるので、古代史研究にも役立ちます。それにしても古代史研究で、現代にダイレクトに役立つのはきわめて稀で、この地震の記載は貴重な部分ですね。もっと古代史家もこの辺真剣に取り組まねばなりませんね。


77.KS様にて
名前:taka    日付:2005/9/22(木) 23:38
へらい村にいかれたこと聞きました。すごい行動力ですね。
もう帰ってこられたのでしょうか?つかむものはありましたか?
このことは、確か十年以上前になりますがマンガにも連載されたことを記憶しています。自分もいつか尋ねてみたいです。昔の歴史や古文書など読みこなせる方などは現地での発見があるんでしょうね、すばらしいことだと思います。


78.Re: いにしえの暮らし
名前:岐阜鳩@多治見    日付:2005/9/23(金) 0:31
始めまして 私もKS様の掲示板でヘブライ語につられて来てしまいました。突然で申し訳ありません。
 古代ロマンです。ユダヤと日本のつながり興味深いです。東北地方の岩手県の民謡「ナギヤドヤラ」歌い継がれながら日本人には意味不明だそうですがユダヤ人に聞かせると神を讃える歌として歌い継がれた歌と同じとか。古代ヘブライ語研究の川守田英二博士より。
 ノアの箱舟がお神輿と酷似している事。生活習慣も共通点が見られるそうです。  
 参照 日本文芸社 宇野正美 薯

キリスト=八戸太郎天空 山根キク
 できるものなら、タイムカプセルに乗って事実を確かめたいです。


79.Re: いにしえの暮らし
名前:ジョンスペ    日付:2005/9/23(金) 2:46
ヘブライと日本の関係については、自分なりにいろいろ調べていますが、究極は天照大神=キリストに辿り着くのでしょうかね。
岐阜鳩@多治見さまがご指摘されている他にもヘブライとの共通点はたくさんあります。皆さまご存知かもしれませんが解りやすいサイト、リンク貼っておきます。http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA4F/hatchJ/b1fha102.html
この他挙げ出すとキリが無いのでまた。


81.Re: いにしえの暮らし
名前:管理人    日付:2005/9/24(土) 23:1
やっと今日東京戻ってきました。青森はいろいろおもしろかったです。まったく言葉が通じない、アイヌ系とも縄文系ともしれぬ不思議な顔立ちのおじさんとであったり、やはり修験道っぽい神社もあり、いろいろ渡来的な部分も見える地域でした。その理解不能な方言や歌謡の数々、古代史の文献解読能力では無理そうです。こういうのは、下手な日本の学者にもっていくよりは、ヘブライ人のところに直接もっていったほうが、偏見ないので理解が正確かもしれませんね。地震サイトでも、例のすたんでよさんみたいに、優れた外国の研究者さんのほうに、いろいろ英語で交流していくのは、いい方法だとおもっています。ともあれ、パソコン治して、青森探索もアップいたします。


83.おつかれさま
名前:taka    日付:2005/9/25(日) 18:48
吉幾三さんが自分のクニの言葉はフランス語に近い(笑)といっていましたがやはり、そうでしたか・・・アップされること楽しみにしています!
PS:昔の記述には、チョウ(昆虫の)が出てこないということを耳にしたことがありますが本当なのでしょうか?


85.Re: いにしえの暮らし
名前:管理人    日付:2005/9/27(火) 5:48
takaさんご指摘のとおり、虫の記載、考えてみるとすくないですね。動物はわりと多いのですが。確かにゴキブリとかぜんぜん出てこないです。不思議ですね。

80.日本書紀 返信  引用 
名前:かわかつ    日付:2005/9/24(土) 11:7
日本書紀の天災記録は中国の習慣にならい、革命、重大事件などの勃発を予感させるために書き込まれていることが多いようですからあまり信用しない方がいいですよ。いらぬ世話ですが。



82.Re: 日本書紀
名前:管理人    日付:2005/9/25(日) 13:5
いやいや天武紀の天変地異の記載は極めて正確なようです。多分中国的なその影響はないでしょう。ただ紀も中国思想に影響された中国人の編集者が入った部分とそうでない部分もありますし、六世紀代の天変地異記載は思想的影響あるのかも知れません。

74.白鳳地震の翌年3月の信濃に火山灰、4月紀伊温泉停止 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/9/19(月) 3:32
684年10月の白鳳南海地震の翌年3月に信濃国(長野県)に灰が降って草木がすべて枯れた記載がありました。相当な量の火山灰であり、富士山噴火の可能性もあると感じます。白鳳南海地震の起こった10月の震災記載の時点で伊豆大島の活動が記載されており、おそらく南海から東海、富士山への流れがあったのではと推測します。
また、4月4日には、紀伊半島の牟ろ温泉(和歌山県)が埋もれて湯が出なくなったという記載があります。地下水に変化があったのでしょうか。

73.684年10月の白鳳震災の翌月11月の流星群と彗星出現 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/9/19(月) 1:35
684年10月の白鳳震災の後、11月では、21日に東北の方向に七つの星が落ちたとあり、23日夕方6時に長い器のような星が東に落ちて、その後8時ごろいっせいに隕石が雨のように落ちたとあります。またこの11月昴と並んで月末まで、彗星がともに動いていたとあります。流星群と彗星が同時に出現していたようですが、珍しい一致であったのかもしれません。白鳳震災となんらかの関係性は見出せないでしょうか。

72.683年大震災前の大風と冷害 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/9/18(日) 3:54
さて、684年の白鳳南海地震の前年の683年8月12日にみられる大震災直前の7月27日の記録に、長野と岡山から「ともに」、「霜が降り大風がふいて穀物が実らなかった」という報告があります。この大震災、東の山から白い煙が出ていた報告があるので、富士山方面ではと思うのですが、長野でも信濃は諏訪方面でその富士山のふもとであり、大風は台風理解すると、なにか最近の状況とかさなってくる部分もあるのではと感じます。


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