[ ホームページ ] [ 携帯用URL ]
古代史掲示板2(荊のキシ)
みなさんのご意見お待ちしています。

[ EZBBS.NET | 新規作成 | ランキング | オプション ]
iモード&(絵文字)、au対応!ケータイからも返信できる無料掲示板!
名前
 E-mail 
題名
内容
投稿KEY    タグ有効 改行有効 等幅フォント
URL



64.はじめまして 返信  引用 
名前:taka    日付:2005/9/16(金) 1:3
すばらしい研究ですね、予備知識がないので何もコメントできませんが、少しづつ拝見させていただきながら、理解を深めたくご挨拶に代えさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。   taka 拝



65.Re: はじめまして
名前:管理人    日付:2005/9/16(金) 1:12
さっそく書き込みありがとうございます。特に古代史にかぎらなくてもぜんぜんかまいませんので、気軽に寄って行ってくださいね。


66.Re: はじめまして
名前:taka    日付:2005/9/16(金) 1:14
ありがとうございます。


71.戸来村
名前:管理人    日付:2005/9/16(金) 2:37
KSさん掲示板でtakaさんご指摘の戸来村について、調べてみました。キリストの墓伝承は小耳に挟んでいたのですが、この戸来(へらい)村周辺の習俗や民謡、以下のHPを見ると、とても、ユダヤやキリスト教徒の風俗と類似しているようですね。
http://f-arts.co.jp/kuma/god.html

中国にキリスト教が入り皇帝に庇護されていたのは、奈良以前聖徳太子の時代で、日本にも相当影響を及ぼしていることは確かです。ストーンサークルなど、古代の山岳信仰についても興味深い地域ですね。秋田への流れ、今年の秋は探索に出かけなければならないような気がしてきました。貴重な情報ありがとうございます。

69.はじめまして。 返信  引用 
名前:ジョンスペ    日付:2005/9/16(金) 1:53
こんばんは。はじめまして。KSさまのサイトで今拝見し、レイラインに関して最近非常に興味があり、いろいろ調べている者です。僕は伊勢・志摩を拠点に地震雲や低気圧等で地震も勉強している者ですが、伊勢地方に何故巨大地震が起きていないかあれこれと考える内に、伊勢神宮の神秘的な配置、またレイラインの事を知り、実は災害の少ない地域を予め古人達は知り尽くし、伊勢神宮の鎮座地を決めたのではないかと思うようになりました。少しずつですがネット等で調べています。
僕も少しずつこちらのサイト、拝見させていただきます。よろしくです。



70.ジョンスペさん はじめまして。
名前:管理人    日付:2005/9/16(金) 2:22
ジョンスペさんさっそく書き込みありがとうございます。伊勢神宮のレイラインというと、飛鳥から真東に伊勢が位置していることが、有名ですね。ご指摘伊勢の地震すくないようですね。HIネットみていてもあまり来ないですものね。奈良盆地飛鳥も地震が少ないです。とすると、やはり古代人はご指摘災害の少ない地を知っていたのかもしれませんね。日本古代史研究では、まだ災害と居住地について研究している人はきわめて少ないようで、あまり聞いたことがありません。ぜひぜひ調査進めてくださいね。進展楽しみにしています。

62.684年の白鳳震災の状況 返信  引用 
名前:川崎@北部    日付:2005/9/16(金) 0:44

天武13年684年の南海地震の記載を調べています。八姓のカバネを賜った11月の初めの日から半月後に大震災がおきているんですが、そのときの被害ときたら、伊豆大島では太鼓のような音とともに土地が海へひろがって新しい島ができ、高知では逆に田畑が海にうずもれてしまいました。船の流出も激しく、官舎や寺院もかなり崩壊したそうです。そこで、臨時的に諸国の課役を減らしたり、王卿に禄をたまわったりしているわけですが、奈良の官人の死亡記載はないので不思議です。予定どおり次の月には朝臣を賜り、さらにその次の月には宿禰を賜る。でも、その後忌寸は半年期間があき、結局稲置などの姓、つまり地方官クラスだと賜られないままで終わり、そのころ天武は病気になって死んでしまうんですね。当時の家の建築構造や、わらぶき、かやぶきなど、崩壊時に覆ってくる重さとか、その辺も関係あるのでしょう。祟りを封じ込めた法隆寺、丈夫な建築物ですね。



67.683年の大地震前日の火球出現
名前:管理人    日付:2005/9/16(金) 1:20
日本書紀を読んでいたら、684年11月29日の白鳳南海大地震の前年683年8月12日の大地震記載の前日に火球の記載があるのを見つけました。
「十一日灌頂上幡のような形で、火の色をしたものが、空に浮かんで北に流れた。これはどこの国(日本国内)でも見られた。「越の海(日本海)に入った」というものもあった。この日、白気が東の山に現れ、その大きさは四囲(一丈二尺)であった。十二日、大地震があった。十七日、また地震あり。この日平旦(午後四時)に、虹が天の中央に日に向かいあって現れた」

先日も火球の出現があったようですが、火球とはどうも燃え尽きない隕石らしく、全国のHROで確認されることがあるそうです。隕石にも種類があり以下のとおりです。鉄でできており磁石にくっつくらしいのですが、結構頻繁に地球に来ているもようです。鉄だから磁場がおかしくなっているところに落ちるんでしょうか??

隕石について
http://research.kahaku.go.jp/department/engineering/3/inseki/koube_inseki2.html

火急出現、特殊な虹の出現、情報いただいている東方太鼓のような音、奈良からみて東の山の白煙?・・・この辺が出てきたら注意かもしれません。

63.関東古代の四方観念について 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/9/16(金) 0:47
四方観念に関連してですが、最近、関東の地下には四角形のプレートがあることがわかってきました。その四方の端は地震の巣であり、なにかその四方に囲まれた部分が地震から防護された領域になっているようです。紀氏さんところは地震の巣かな??そのあたり神社とか災害押さえのなにかありませんか??

新発見の台形プレートについてのHP
http://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/nr20050610/nr20050610.html
 その台形プレートに四方からかかる太平洋プレートや つまり、足の関節にいろいろ衝撃を与える筋肉や筋・骨と四角い皿骨との関係ですね。足の皿骨が、各部からの動きの摩擦を吸収して、関節が滑らかに動くようにしている、まさに四角い台形プレートそのものが、神の偉大なるみ摂理でそういう皿骨の役割を果たしてしまっているのかもしれません。その四角い皿骨という防護壁の上で暮らしている東京人も不思議なところにいるものだと感じます。古代人はなにかを感じ取っていたのかもしれませんね。

61.地学(地震)古代史・歴史地理の掲示板にしました。 返信  引用 
名前:川崎@北部    日付:2005/9/16(金) 0:26
管理人です。掲示板の趣旨を一部修正し、日本・東アジア古代史の中で、地学(地震)関連の古代史、歴史地理に関する掲示板にいたしました。お気軽にご投稿くださいね。

60.(untitled) 返信  引用 
名前:アウストラピテクス    日付:2005/8/22(月) 10:9
何を食べていたか

59.点と線の方法論 返信  引用 
名前:とみた    日付:2005/7/22(金) 8:14
点と線の方法論  《 哲学者 :坂本博先生 》

考古学は土器のかけらから、古生物学者は骨の断片から全体像を復元しなければならない。
破片が全部見つかることはむしろ例外で、ほんの1−2−3個ぐらいしか見つからないかもしれない。同様に古代史において、データはわずかしかないことが多い。
事実(つまり、筆者のたとえでは、「点」が少ないのは古代史研究の宿命である。しかし、事実は歴史の現実の中では単なる点ではなく、「線」の一部をなし、方向性をもっていた。

歴史的現実から事実が切り離されて歴史学の一つの資料になったとき、一見したところそれは方向性を失って、単なる点に縮まってしまったように見える。しかし、それは点ではなくやはり方向性を持ったベクトルである。

あるいはそれ以上分割できないと思われていた原子をよく見ると電子や陽子・中性子などの内部構造を持っていることが判明したように、単なる点に思われていた事実もよく見ると線が折りたたまれて深い内部構造が隠れているかもしれない。

それをよく掴みとり開くなら、その豊かな点から多くの新しい話を聞くことが出来る。
たとえ資料が少なくても、その点の持つ方向性や内部構造を掘り起こしそれを延長し展開して資料の新しい意味を見出すという作業をやり遂げ方向性を極限まで追い求めるべきである。それが限界になったとき、歴史学と物語を分ける境界線が横たわっている。

点が二つ与えられるなら、一つの線を引くことが出来る。点がもう一つ与えられるならこの第三の点から最初の二つの点に対して二本の線を引くことが出来る。そしてここに三角形ので示される一つの基本的な構図が見えてくる。次にこれらの三本の線を延長するならその延長線上にいくつかの点が見つかるかもしれない。これらの点はそれまで問題とは関係がないと思われていたが、これまで見出された点と結ばれることによってそれは基本的な構図の中に取り込まれる。そしてさらに新しい構図を描き出す。
後はこの操作を繰り返せばよい。

資料やデータ(これを〔点〕と呼ぶ)の不足は避けられない。資料やデータによって真理を証明することを実証と呼ぶなら科学は実証だけではやってゆけない。それ以外に論証という方法が必要である。これは想像力に助けられて知性が行う推論(筆者は比喩的に〔線〕と呼ぶ)のことである。
すなわち、乏しい点を線によって結びつけその線を延長することによって新しい点を発見しさらに新しい点と古い点を別の線で結びつけることによって詳細な構図を描いてゆくという操作を筆者は<点と線の方法論>
と名づける。この方法を使って問題とされる事物の一貫した全体像を描き出すことは歴史家を含む科学者の仕事だ。と思う。

27.蘇我氏表(7世紀後半) 返信  引用 
名前:管理人    日付:2005/7/5(火) 14:28
Size: 1KB

演繹掲示板でテスト課題の蘇我氏表(7世紀後半)です。

蘇我氏の大化の改新前後の記載を見ると、大化元年から5年、5年から斉明4年、4年から天智3年までと、蘇我氏が出てくる記載に年数の間隔がみえる。これは何を意味するか?



28. 蘇我氏系図
名前:管理人    日付:2005/7/5(火) 16:7
Original Size: 400 x 200, 6KB

続いて蘇我氏の系図つくってみました。



58.Re: 蘇我氏表(7世紀後半)
名前:管理人    日付:2005/7/12(火) 17:19
こちら帰納掲示板へ変更しました。表データ等の資料の掲示板としてご活用ください。

56.海部関連地図 返信  引用 
名前:かわかつ    日付:2005/7/12(火) 10:54
Original Size: 608 x 655, 88KB

海流と定住地と遺跡の位置関係
http://8912.teacup.com/kawakatu/bbs



57.Re: 海部関連地図
名前:管理人    日付:2005/7/12(火) 17:14
お、力作ですね!こうみると、海部の行動範囲の広さがわかりますね。

55.nihonntizu 返信  引用 
名前:かわかつ    日付:2005/7/12(火) 9:30
Original Size: 1627 x 1759, 229KB

よく見てみよう。日本地図。
http://8912.teacup.com/kawakatu/bbs



ページ: |< << 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 

無料アクセス解析

アクセス解析の決定版!無料レンタルで最大100ページ解析!

   投稿KEY
   パスワード

EZBBS.NET produced by InsideWeb