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8246.2/8(土)は『やぶ椿と水仙の里』を少しだけ散策のGONsanでした(^.-)☆(8)  
名前:GON    日付:2020/2/16(日) 15:39
 海岸沿いの走行を続けますと、対岸に「磐台寺・阿伏兎観音」が(^.-)☆

 ◆磐台寺

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 磐台寺(ばんだいじ)は広島県福山市沼隈町能登原にある臨済宗妙心寺派の寺院。本尊は十一面観音。瀬戸内海に面する阿伏兎(あぶと)岬にあるので阿伏兎観音とも呼ばれる。瀬戸内三十三観音霊場第二十四番札所、備後西国三十三観音霊場第四番札所。

 ・沿革

 0992年 花山法皇により石造十一面観音像を本尊に祀り、付近の航海の安全を祈願するために創建。
 1185年 源平合戦(治承・寿永の乱)により被害を受け荒廃する。
 1338年 磐台寺をかねてから厚く信仰していた鞆のある漁師の夢枕にお告げがあり、その翌朝お告げ通り、石造十一面観音像が阿伏兎岬の沖合で網にかかり再安置される。
 1570年 毛利輝元が堂を再建し整備。
 1667年 歴代の備後福山藩主の手厚い保護を受ける。福山藩四代藩主水野勝種により、石垣や鐘楼、回廊を増築し現在に近い姿となる。
 1956年 観音堂が国の重要文化財に指定される。
 2004年 台風による被害を受け、復旧修理工事を実施。金箔で飾られた軒丸瓦や屋根からは「天正17年」(1589年)と記載された豪華な瓦が見つかる。

 ・風光

 険しい海食崖が続く沼隈半島の南端である阿伏兎岬は奇勝として知られ、岬の突端の断崖に岬の岩頭に建つ朱塗りの観音堂は、その美しさから歌川広重の浮世絵「六十余州名所図会」、川瀬巴水の風景版画などの絵画の題材に多く取り上げられている。
 また日本を訪れた朝鮮通信使の残した文献などにも紹介されており、近代でも志賀直哉の小説『暗夜行路』にも言及され、今も瀬戸内の自然と調和した見事な景色をつくり出す。現代においても海難除け・安産・子育ての観音として広く信仰を集めており、女性の乳房の形をした絵馬が多数奉納され、また乳房型の護符もある。

 1934年に近接の鞆の浦と共に、瀬戸内海国立公園として全国で最初に国立公園に指定された地区であり、それを記念して発行された当時の逓信省発行の記念切手にも鞆の浦の仙酔島とともに観音堂の姿が描かれている。
 鞆の浦〜尾道間に定期運行されている観光クルーズ船から海上からその優美な姿を望むことができる。

 ◆阿伏兎観音/磐台寺観音堂

 鞆の浦から西に4キロほど行った沼隈半島の南端。その阿伏兎岬の突端に挑むようにして鎮座するのが、臨済宗のお寺・「阿伏兎観音」です。
 1570〜73年(元亀年間)に、毛利輝元によって創建された観音堂で、国の重要文化財に指定されています。急峻な岩肌に、青々と飛沫をぶつける瀬戸内の海。その荒々しい自然の中にあって、この異国情緒漂う朱塗りの観音堂が、妙に調和して見えるから不思議です。
 その美しさは古くから名高く、安藤広重の浮世絵や、志賀直哉の小説「暗夜行路」の中でも取り上げられているほど。一度は訪れてみたい名所です。

 ・桃山様式の優美さを湛える磐台寺の客殿
 境内の中に入ると、まず見えてくるのが広島県の重要文化財に指定されている「磐台寺客殿」。桃山様式の禅宗方丈建築で、意匠も実に優美です。さあ、客殿を堪能したら、裏手から観音堂へと続く石段を上りましょう。朱塗りの柱に囲まれた階段廊下を上へと進むにつれて、いよいよ空気は静謐さを増していきます。

 ・おっぱいがいっぱい
 階段を上りきると、観音堂に到着。外側の欄干へと顔を出してみると、瀬戸内の海が間近に眺められます。その際、ちょっとひやり、床板が傾いているのでご注意を!一方、観音堂の中を眺めると、そこには、壁一面に、奉納された“おっぱい絵馬”が飾られています。安産や子宝を願う女性たちの想いには、胸を打たれますね。
 いっぱいの“おっぱい絵馬”--- 最初はびっくりするかな?

 暫く走行しますと、続いて眼に入りますのが「内海大橋」と、その後方の「常石造船」です(^_^)v

 ◆内海大橋

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 ・概要

 1989年10月開通。福山市沼隈町(旧沼隈郡沼隈町)と、福山市内海町(旧沼隈郡内海町)を結ぶ唯一の橋であり、広島県道53号沼隈横田港線筋の橋である。田島とその西隣の横島は1979年から睦橋で結ばれていることから、この橋により田島・横島ともに沼隈本土と結ばれていることになる。
 沼隈側近くに鞆の浦や阿伏兎観音(磐台寺観音堂)がある。路線全体が「アメニティーロード」と名付けられ、欄干や歩道、照明にデコレーションが施され、内海側を降りると南国風のヤシの木が並ぶ。沼隈側の橋下周辺が「敷名」と呼ばれた古来から存在した港であり敷名番所跡として整備されている。
 元々フェリーでの渡峡のみだったこの2つの島の住民が1969年に架橋運動を起こし、これを受けて県は1970年から調査に入る。1979年になり県の事業として正式に決定し、1981年から取付工事に着手し、1986年に橋桁工事着手、そして1989年に全線開通した。

 ・特徴

 この橋の線形は“くの字”に曲がっている。この海峡は、直線距離550m程であるが、中間部にマナイタゾワイと呼ばれる浅瀬岩礁があることと、常石造船など付近に造船会社が存在し比較的大きな船が航行していた。そのため架橋地点の中央部を航路とすることが出来ず陸地側に橋脚を設けることは航路を塞ぐことになるため、マナイタゾワイに橋脚を設けその両陸地側を航路として用いるよう道路線形および長大橋が考えられた。
 そこでニールセンローゼ橋、さらに剛性を高めるためアーチ桁を内側に傾けた“バスケットハンドル型”と呼ばれるアーチ橋に決定した。さらにマナイタゾワイは地盤として十分強固であったため直接基礎あるいは杭基礎が採用され、基礎工の施工費および将来的な維持管理費が少なくなったことから直線で結ぶよりもくの字で結んだほうが経済的に優れることになった。
 沼隈側のアーチ橋が219.6mと最も長く、バスケットハンドル型ニールセンとしては完成年度当時で日本最長であり、この形式としては初めて200mを超えたものとなった。

 ◆常石造船

 --- 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』---

 常石造船株式会社(つねいしぞうせん、英語: Tsuneishi Shipbuilding Co., Ltd.)は、日本の大手造船メーカー。通称「つねぞう」。

 ・概要

 広島県福山市に拠点を置く造船事業会社である。現在の会社は法人格としては2代目で、初代は現会社の持ち株会社であるツネイシホールディングスにあたる。同社が2007年(平成19年)1月にグループ10社を吸収合併して「常石造船株式会社」から「ツネイシホールディングス株式会社」に改称、造船事業部門を担当する社内カンパニーが「ツネイシホールディングス 常石造船カンパニー」となった後、2011年(平成23年)1月にツネイシホールディングスの事業部門を新設分割した際、造船事業部門を「常石造船株式会社」として分割した。
 バラ積み貨物船を主力とする国内有数の造船メーカーであり、常石工場(広島県福山市)を製造拠点としている。また、フィリピン、中国に造船所を持ち、海外展開も進めている。 新造船竣工量(艦艇を除く)を基準にした2005年の国内順位は5位。
 同社のバラ積み船はTESS(Tsuneishi Economical Standard Ship)シリーズとして販売されている。

 スッキリしません天候ですから、景観的には今一なんですけど、晴天でありましたら素晴らしい景観なんですけどねぇ(^-^)//"












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