「専門家の説によって、己能末多干岐を分解してみると
干岐=王
末多=王を強める言葉、たとえば最大の、最初の
三国史記百済本紀p371訳注14に、「摩牟」、「遺」王暦には摩帝、余大とあり、余大は扶余氏と王名の牟大を略称したもの。
日本書紀雄略天皇23年(478)夏4月条に東城王を末多王としている。
牟大、摩帝、末多はともに「マタ」の表記で、「長・初・最」の意味 とある。
ある専門家の説によれば、己能(この)=已能(いのう)=異脳
己(こ)は已(い)の誤りとしている。
と言うことから、己能末多干岐は大伽耶国の「異脳大王」となる。
「韓半島から来た倭国」によれば、新増 東国與地勝覧 高霊県の条に、 その建置沿革に釈順応伝を引用し、その中で ・・・
」https://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/e/0263ee8afd17eec439c9435e6187f2ab
|
|