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家系研究協議会掲示板

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3253.楠正行の子孫について  
名前:二村順二    日付:2021年7月1日(木) 14時0分
私は、池田輝政の家系を調べるのが、今のところの関心です。池田家は、幕府に提出する系図では、源氏頼光流としていますが、流石に千年の家系で純系(源氏を名乗り続ける)は無理で、紀氏・橘氏・藤原氏・大伴氏の系図が混在しています。詳しくは、国立国会図書館で岡山藩の本を読めばいくらでも文献が見つかります。特に、池田氏家譜集成をお勧めします。その第25冊の諸系譜に、紀氏から始まる系図があり、池田九郎教依の子教正は、実は楠正行の子で、母は内藤満行の娘です。正平四年に正行が戦死して、その妻内藤氏が実家に戻っていて、懐妊を承知で池田教依が娶った話があります。ところが、池田の周辺が足利方に染まり、楠正儀が怒って内藤を攻めています。これを詳しく調べるには大日本史が参考になります。明治維新後、大名で華族となった池田家は楠氏との家系を強調して、南朝びいきを主張しました。具体的には、三勲神社を創設して、和気・児島・楠の三公を顕彰しました。ところが、昭和二十年の敗戦後は、軍国主義・忠君愛国の批判で、神社は荒廃しました。三勲小学校は、明治からの校名を伝えています。四条畷市の楠正行かるたでは、「父知らぬ正行遺児という子あり池田の庄の城主になりて」の札があります。池田輝政は、武家華族にふさわしい大人物です。


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