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2459.京都大学緊縛映像YouTube生配信事件  
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/13(金) 14:34
最近、SM界隈でちょっとした騒ぎがあったようです。京都大学において緊縛師が女性モデルを緊縛しているところをYouTubeで生配信したそうです。そして、案の定アクセスが殺到し、批判の声もあったため、配信を停止したそうです。(YouTube上には第三者によって再UPされています。「MayerReal」で検索を。)

私は掲示板サイトで映像を少し確認しただけですが、緊縛師の技術が素晴らしく、とても美しいと感じました。YouTubeにおける、この公開講座は緊縛文化を民俗学の観点から考察するという学問的な立場から設定されたものでした。しかし、多くの批判の声がありました。その多くは「女性蔑視」などというものでした。もしも、モデルが男性だったらどうだったでしょうか?これほどの批判の声は聞かれなかったはずです。

関西ローカルの話題だからかもしれませんが、Blue氏の日記には今のところ、記載されていません。しかし、私も含めて皆さんも大好きなSMに関する話題ですので、ここの「SMの住民たち」の意見を聞きたいなと思い、このなんでも掲示板に書き込みました。

皆さんはどう思われますか?



2461.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:M女大好き    日付:2020/11/14(土) 9:19
緊縛太郎さま
はじめまして、M女大好きと申します。
この話題に関して、私見を申し上げたいと思い、コメントさせて頂きます。
緊縛太郎さまに教えて頂いた「MayerReal」を少しだけ拝見させて頂きましたが、この講座は、緊縛の美しさを見せており、美術の授業のようなものなので、学内で開いても問題はないと思います。まずは、学問の自由は保障されるべきです。それに、縛られることを欲する女性は、現実社会にいるので、性差別や女性蔑視とはならないと思います。視点を変えて見れば、緊縛されることを好む女性を差別して蔑視しているとも言えます。批判されている方々は、縛りやSMを単なるいじめのように思われているのでしょう。それでなければ、変態として一括りに扱っていると思います。
はじめてのことには、悪評や批判は付物です。諦めず、繰返し講座を開催して、負けないで配信・公開することで、認知度は徐々に増して行くものと考えます。


2463.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/15(日) 10:33
M女大好きさんへ

返信ありがとうございます。Blue氏の日記にもようやく記載がありましたね。今回の公開講座を開いた教授陣は緊縛に関する“文化”の側面について我々よりも詳しいはずです。その日頃の研究成果をYouTubeにおいて公開講座という形で広く一般市民に還元しようとしたのでしょう。我々は「緊縛」に関して、エロティシズム、もっと狭く言うとSM調教に関する見識しかありません。しかし、本来は緊縛というのは縛る対象がM性を持つものに限らないはずです。罪人を縛る技術のうちの一つだったからです。そのうちに歴史の中で様々な縛り方が編み出されて、ある者は芸術性を高めて緊縛をアートにしていき、またある者は被虐嗜好を持つ者を対象に縛り、セックスだけではない性の世界を広げたりしていったのでしょう。近代化に伴い、罪人を縛るときに縄が必要では無くなったことも、この緊縛の目的の分化に拍車を掛けたでしょう。現在では罪人を拘束するときには専ら手錠を使います。この時点で、罪人を縛る技術としての緊縛の役割は失われ、「緊縛=アート&SM調教」という現在の一般的な緊縛に対する認識が残ったと考えられます。

教授陣がこの公開講座で教えたかったことは「緊縛」の歴史を紐解いた上で、それらが日本人の文化のうちの一つであるという主張だったのかもしれません。緊縛は立派な文化であるというこの主張は緊縛の目的を分断して考えてはいません。高度な緊縛技術やアート、SM調教など、あらゆる目的を含む広義の意味で「緊縛文化」を捉えたのではないのでしょうか?


2464.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:ゆり    日付:2020/11/16(月) 15:44
緊縛太郎さんへ

緊縛太郎さん、初めまして。ゆりと申します。
緊縛太郎さんのコメントとBlueさんのコメントを読ませて頂きました。
またこの事件を初めて知りました。YouTubeは少し見ただけで、中身は全くみていません。
この状況で、またコメントの話の流れで、批判コメントを書くのは、とても勇気がいり相当悩みましたが、一意見として寛大な気持ちで読んでいただければ有難く思います。

まずBlueさんのコラム‐2を読んで頂きたいです。私はとても共感しているのですが、ノーマルな考えの方々とは精神的に住む世界が違うので、女性蔑視と思われるのは当然だと思うのです。
私も冷静な目で見たら男女問わず「人権侵害」と思います。ですので、ノーマルな人達に緊縛美を求めるのは到底無理ですし、無駄なことだと思います。

それでは誰がターゲットかというと「潜在的にS性M性を持っている人達」であり、その人たちがこの動画を見て「綺麗だな。」と思って緊縛美に興味を示し、SMを知るきっかけになるのだと思います。
大学で誰も出来そうになかった講座を開催し、話題となり、緊縛というものを知る・・・
それはSMを知る(SMに目覚める)ハードルを低くするということには貢献しているのかなと思います。
でも私は大学でそんなことをする必要もないのでは・・・と思います。

ここからが私が個人的に思うことです。
Blueさんのブログ内容から、この女性はプロの方ではないんだなと思ったので書かせて頂きます。
M女大好きさん、もしこの女性が娘さんだったら、どう思われますでしょうか?繰り返し講座を開催して、何度も配信公開されたいでしょうか?
ノーマルな感性の人々から奇異な人扱いされ、SMの感性の人々からは「この人はM女だな。」と思われ、知っている人からは「あの子こんなところ出ているの?」と笑われてしまうかもしれません。
私は、息子がこのような形で出ているのを見たらショックですし、ものすごく嫌です。動画をすぐ辞めてほしいです。
もう大人だから自分の意志で何をしようと勝手かもしれません。
でも私は緊縛美のことより、この女性の方のプライバシーが心配になりました。
いつも書いていますが、誰も自分を守ってはくれないのです。
自分の行動に責任を持つしかないのです。改めてそんなことを考えました。
話の主旨が完全に違っているかもしれませんが、これが私の意見です。
色々と書いて申し訳ありませんでした。

緊縛太郎さん、15日に書かれている内容がとても深くて素敵だなと思いました。緊縛文化というのに大変興味を持ちました。
私もイケメン男性さんだけが講義をされたら、YouTubeを見るかもしれません^^
長々と書いて大変申し訳ありませんでした。
それでは今後ともどうぞよろしくお願い致しますm(__)m


2466.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/17(火) 20:53
ゆり さんへ

返信いただきありがとうございます。子どもを持つ親御さんからの視点として大変素晴らしい意見だと思いました。SMや緊縛の当事者なら自分のことだから自己責任なのかもしれませんが、その当事者の家族や友人などの人とは理解の齟齬が生まれて、関係性に危険が及ぶかもしれません。だからこそ、ゆりさんがおっしゃったように自分の行動には責任を持つべきなのです。これはSMや緊縛に限らず、ネットでの発言やSNSの使い方にも通じるものがあります。自分もこのことに気をつけていきたいです。

他の方のスレッドにて、ゆりさんは11月末は返信しにくいことをおっしゃっていましたね。そろそろ2020年も終わりが近づいて来ました。何よりも大事なのは家族との絆です。無理をなさらずに、家族との団欒をお過ごしください。


2467.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:M女大好き    日付:2020/11/18(水) 7:22
緊縛太郎さん、わたし宛てに返信頂けるとは、光栄であります。
緊縛太郎さんの返信に対しまして、私見を述べさせて頂きたいと思います。
この講座は、歴史から緊縛を紐解き、美的に紹介されているので、美術・芸術世界の域にあると思います。絵画や彫刻で女体を表現することはアートとして認知されています。ですが、世間一般の常識では、SMも緊縛も変態として見下され、縛られた女は最下層にいる変態人か、裏社会にいるならず者のように扱われ、遠ざけられています。これがいまの現状です。縛られた女を美的に見る人は、ごく少数です。ある程度、世の中が変わっても、この認識は変わらないと思います。それでも一石を投じることは大事です。繰返し行うことで認知度は少しづつ上がり、美的に見る人も出てくると思います。視点を変えれば、この講座を批判された方々は、SM愛好者を差別しています。肌の色や愛する対象が違う人を差別することと同じに思えます。差別の無い社会を目指すことも大切だと思えるのです。

余談ですが、芸能界で不倫報道が出ると不倫した人も徹底的にやり込めて、復帰することが出来ないまで追詰めて行きます。逃げても、逃げても、追いかけて、生活が出来無いくらいに追い込んでいます。不倫はいけないことですが、やり過ぎと思います。反省すれば、温かく迎えることも大事だと思います。彼ら、彼女らは、芸を生業にしているので、芸の肥やしも必要だと思います。何もヤラカサナイ人は何も成すことは出来ない。このように感じます。いまの日本社会は、一方的に大衆モラルを押しつけているように思います。人と人は違うのです。間違いは誰にでもあること。誰にでも起こりえることです。寛容さと幅を持って欲しいと願うばかりです。

話題を緊縛講座のことに戻らせて頂きますが、わたしの娘がこの講座のモデルとして登場して、動画を配信されたらどのように思われるのか? ゆりさんのこの問いに対する返答ですが、仮に、動画を見れば、愕然として、耐えられないことでしょう。親子の縁を切ると言い出して怒ります。ですが、娘に信念があり、世界中の方々に見られることを覚悟して、プロとして緊縛モデルを務めたのであれば、いづれは許すと思います。そして、全てを投げ打ってでも、守らなければならないと覚悟すると思います。なにせ、親子ですから、しかも、自分を棚に上げていつまでも怒っていても致し方がないので。ただ、その時に私が如何思うのか?思えて如何行動するのか?推し計ることは難しいです。死にたくなるかも知れません。いまの立ち位置から、その時の自分を想像することは大変難しく、自信はありません。ごめんなさい。


2469.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:ゆり    日付:2020/11/18(水) 12:12
緊縛太郎さんへ

ご返信ありがとうございます。
私はいつも「嫌われてもいい」と思って、コメントを書いていますが、
こうしてお褒め頂くと内心ホッとしている自分がいます。

ネットは怖いですからね。今は小中学校では、ものすごく個人情報を
重要視していますが、その後は自己責任になるということに、とてもギャップを感じます。

私のスレにて11月末からのことをお読みいただき、ありがとうございました。またそれに対するご配慮有難く思います。
11月末からは、家族を第一に考えてマイペースに書き込みますね。

M女大好きさんへ

ご返信ありがとうございました。M女大好きさんがM女性をどれだけ
大切にされているのかが、とても伝わりました。

誤解されているようですが、私は女性の方がプロではないので、
プライバシーのことが心配になったのです。
私も息子が大学生の身でこんな風に出ていたらショックですが、プロだったら応援しますよ。自分の選んだ道ですし・・・・。

ここからは意地悪で辛口なコメントなります。大変申し訳ありません。
M女大好きさん、この動画が芸術世界の域だと思われたら、お子さん達や身内、友達に紹介できますか?緊縛の写真も息子さんと繰り返し一緒に観ることが出来ますか?私は素晴らしい芸術作品があれば、まず先に身内に勧めたいけど、SM関係は無理です。

また一番良いと思うのは、M女大好きさんが顔出しでYouTubeに出て、この動画を広めることですが、そんなこと出来ますでしょうか?

前のコメントで言われていることは全部矛盾されていますよね。私たちは自分達のことを自覚なき差別をしているのだと思います。
これは神様がSMの才能を全ての人間に与えなかったせいです。
私もそのせいで困っているのです。
ですので、全部神様のせいにしてしまいましょう^^

M女大好きさん、先ほどは大変無礼なコメントをして申し訳ありませんでした。
「秘すれば花」という言葉がありましたね。私は内輪でSMに関することをこの掲示板でゆったりまったりと語りたいです。
知らないことが多いので、皆様に教えて頂きたいのです。

最後になりましたが、この生配信のBlueさんの最後のコメントを読ませていただいたら、「何のためにやっているのかな。」と思いました。
運送業の公開授業のほうが実用的でバイトにも役に立ちますね(笑)
かけがいのない20代は、長いようであっという間に過ぎます。
悔いのない充実した20代を過ごして頂きたいです。


2470.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/18(水) 17:19
M女大好きさん と ゆりさんへ

返信ありがとうございます。SMや緊縛の捉え方には様々な考え方があって、まさに、一筋縄にはいきませんね。緊縛だけに(笑)。そもそも、我々のような性的嗜好を持つ者はマイノリティーな立場にあります。その様な立場において、さらにSMや緊縛の社会的地位を高めたいかどうかも意見が割れるでしょう。この事件においては教授陣はどうだったかというと、SMや緊縛の社会的地位を高めようとすることなど眼中になかったと考えられます。その理由として、彼らは学問的に「緊縛文化」を考察し市民に紹介する黒子に徹していたからです。Blue氏は「・・・本心ではSMに興味があり、縛られたいと思っているのに、それを高尚な議論で覆い隠そうとしているように見えました。」と仰っていますが、この公開講座の登壇者はSMだけに興味があるのではなく、そのことも含めた広義の意味での「緊縛文化」に興味があって学術対象にしたのです。我々にとって彼らがインテリっぽく誤魔化しているように見える、Blue氏の言葉を引用すれば、「高尚な議論で覆い隠そうとしている」ように見えるのは、我々がエロティシズムの面でしかアプローチ出来ないからに他なりません。しかし、教授陣は黒子に徹して上手いこといった、学術成果を社会に還元できたから、公開講座は大成功だと思ったのに、今回のことが明るみになって炎上し、配信停止に追い込まれたのは、アカデミックな世界と一般社会との間に、認識に隔たりがある内容だったからかもしれません。一般社会においては緊縛はエロティシズムと結びつけられ、マイノリティーな立場にあります。一方でアカデミックな世界では緊縛はエロティシズムはもちろんのこと、その発生と歴史、罪人を縛っていたことや、時代を経るにつれて高度化していく緊縛技術やアートとしての側面など、ありとあらゆる切り口での考察が可能です。この隔たりこそがこの事件の本質なのかもしれません。

以上、自分なりにこの事件について考えてみましたが、様々な意見があって当然で、これだっ!という一つの正解は無いのかもしれません。ただ一つ言えるのは、緊縛をエロティシズムの面で捉えるならば、そこには縛る者と縛られる者との間に絶大な「信頼」がないと成立し得ない、ということです。


2472.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:ゆり    日付:2020/11/19(木) 15:4
緊縛太郎さん M女大好きさんへ

緊縛太郎さん、M女大好きさん、お返事ありがとうございました。
今日は急いでいるので少しだけ書きますね。

緊縛太郎さん、一筋縄と緊縛がツボに入って笑わせて頂きました。
公開授業の内容ですが、「緊縛美」と「エロティシズム」が問題になるのですね。どうしてもSMの要素が不可欠ですよね。
美しさも器用さということではないのですから・・・。

M女大好きさん、もし遠い将来、遺伝子の関係でSとMの人がほとんどになると仮定します。そうなればこの公開授業の内容は社会の教科書に載り、緊縛された女性は芸術としても美術の本に載るかもしれません。

でもM女大好きさんと私の子孫はノーマルな性癖に産まれてしまいました。
縄に縛られた女性を見て「これのどこがいいの?僕には縄が体に食い込んで痛そうにしか見えないよ。こんなの拷問じゃないの?」とお母さんに言いました。
それを見たM女のお母さんは怒りました。「どうしてあなたはそんな風にしか見えないの?お母さんには、この女の人芸術にしか見えないわよ!」
男の子は泣いてしまいました。

M女大好きさん、この話を読まれて如何でしょうか?M女大好きさんは大事な子孫に何と声をかけてあげたいですか?
これでも一生懸命考えました(><)

この公開講座では緊縛の歴史を緊縛美とは切り離して伝えたらよかったのだと思います。
でもそれでは意味がないのであれば、この公開講座はしなくても良かったのかなと思います。


2474.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/19(木) 16:35
M女大好き さんへ

返信ありがとうございます。SMや緊縛は秘め事であり、世間的に低く見られている、との意見に共感します。その理由はただ単にそのような性的嗜好がマイノリティーだからに他なりません。しかし、SEXのみを取り上げれば、最近では女性向け雑誌の特集にもなるなど、SEXは社会的地位を得つつあることが、SMや緊縛との差です。とは言っても、未だにSEXは男女間における関係性において議論されることが多く、同性愛者やその他の性的嗜好を持つ者を対象に議論、考察される機会は少ないのが現状です。その理由もやはり、彼らがマイノリティーだからです。

性の世界におけるマジョリティーとマイノリティーの違いは何か?

私は「生殖」が関係していると思います。言うまでもなく、男女間で行われるSEXは子孫を残すことに直結し、そのことが目的の一つに加わります。その一方で、マイノリティーの人々は生殖行為としてのSEXはしませんし(Blue氏も普段の調教の中で「このM女との子孫を残したい。」なんて夢にも思っていないでしょう)、同性愛者の人々に関しては、生物学的に出来ません。しかし、マジョリティーもマイノリティーも「愛」を確認、または得る為にSEXを行うのです。この「愛」は「信頼」と言い換えてみても良いでしょう。この点において、マジョリティーとマイノリティーに違いは無く、ただ一つ「生殖」の観点のみ違いがあるのです。

この「違い」こそがこの問題の種だと考えられます。

マジョリティーの人々はマイノリティーの人々に対してこう言うでしょう。

「あいつらはよく分からない。子孫を残す訳でもないのに裸になったり、聞いたところによると、SMなんてものは、縄で人を縛ったりしているらしい。挙句の果てに、蝋燭なんかも体に垂らしたりして喜ぶんだとか。何だって!?、街中で露出もするって?何を考えているんだろうな(笑)」

マイノリティーの人々はマジョリティーの人々からの、このような視線に耐えかねて、性的嗜好を口にしづらい現実に直面しています。「生殖」に関する観点の違いはあれど、両者とも「信頼」を得る行為としてのエロティシズムの側面は同じなのに。

M女大好きさんが仰ったように、マジョリティーの人々は低い立場の人々を見下すことで自分が優位に立ちたいのかもしれません。本来、マジョリティーもしくはマイノリティーであることは選びようがありません。このことは、我々がよく知っています。私も含め、ここの「SMの住民たち」は気がついたらマイノリティーになってしまっていたのですから。


2475.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:M女大好き    日付:2020/11/20(金) 7:33
緊縛太郎さん、わたしのコメントに共感頂きありがとうございます。かつては、SEXも、公でお話することはタブーでした。タモリなどの一部のタレントが禁を壊してくれたことで、扉が開かれつつあります。これは、残念と申すべきか、それとも、必然と云うべきか、オブジェクションはあると思いますが、緊縛が市民権を得ることは無いと思います。それでも、こうした機会を通じて、海外などから、緊縛された日本女性の美しさ、芸術的に高く評価する声も出てくるかも知れません。普遍というものは世に存在しないので、一石を投じることで変わるものはある。こう思います。

ゆりさん、質問戴いたことですが、まるで「世にも不思議なドラマ」のような設定ですが、質問の要旨から察すれば、SかM、どちらか一方の癖を持つ人間だけが世に存在する。こうした時代が到来したと仮定します。その時代のバラエティー番組では、たびたび緊縛や露出狂が出てくるようになって、道すがら、奥様方の話題の中心になるかも知れません。また、性的な行為はもはや当たり前となり、SMも大ぴらに語り合えるようになることでしょう。そう、これはすでにヒメゴトではありません。秘めたる部分もないとエロスが希釈されてしまいます。程ほどが良いですねぇ。(^^)  逆に、SMや緊縛の良さが分らない人だらけ、つまり、わたしや緊縛太郎さんのような、マイノリティーすら完全消滅、絶命したと仮定すれば、SMプレイとしての緊縛も罪人を罰する拷問、有害として見られ、出版物全て、お蔵入りすると思います。
男女の中にあるSMとは、一言では言い表すことができない、深くて広い世界です。いたみや恥辱を伴う行為に耐える姿を愛でることで、愛おしいと感じ、いたみや苦しみ、恥に耐えることで貴方を愛する気持ちを言葉以上で伝えたい。緊縛をはじめ、さまざまなSM行為の中には、深い愛の中にあって、はじめてエクスタシーが得られるものであり、緊縛行為こそ、信頼や心の通い合いの中にあるからこそ美しいと感じられる。そう思えるのです。質問の答えになったでしょうか?
追伸ですが、亡くなった、わたしの父は、おそらくSM好きだったと思います。わたしの息子の癖はわかりませんが、父が私の癖を分らなかったように、わたしも息子の癖を見ていないだけで、隠れSM愛好者かも知れません。わたしはそれで良いと思います。ただし、人を傷付けるような行為は駄目です。ましてや、犯罪に結びつくようなことは、けっして、やって欲しくないと思います。あくまでも、SM小説を読んだり、書いたり、AVを見てシコッたり・・嗜好や趣味の程度で楽しんでほしいと願っています。


2476.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/20(金) 15:54
ゆり さんへ

返信いただきありがとうございます。この公開講座では必ずしも目の前で緊縛を実演することが「緊縛文化」の理解に繋がらないと思いました。その理由は、写真やイラストでも伝えることができるからです。それにもかかわらず、実演に踏み切ったのは、前のスレッドにも書いた通り、教授陣のいるアカデミックな世界と一般社会との「緊縛」に関する理解の隔たりを、彼ら自身が理解できていなかったからでしょう。以上の理由から、この事件が起きてしまったと推測します。

M女大好き さんへ

返信いただきありがとうございます。マイノリティーは糾弾される運命にあります。しかし、それでもマイノリティーのプライドを持って生きていくことが我々にとって必要なことでしょう。私は自分がS性を持っていて良かった、とつくづく思います。なぜなら、相手の女性の言動や仕草として出る、心の機敏な動きに対して、マジョリティーの人よりも敏感になっている気がするからです。特に緊縛をする場合は相手の生命に関わることなので、より一層、この能力が活きていると思います。(能力と言うとおこがましいですが。)
自分がS性に目覚めてからは、相手がM性を持つ女性であろうと無かろうと、きっちりと相手の方に向き合えている気がします。私にはマイノリティーであることが人生を豊かに生きるための道標になっているように思えてならないのです。


2477.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:君の青    日付:2020/11/21(土) 23:24
緊縛太郎さん、M女大好きさんはじめまして。
そしてBlueさん、ゆりさんお久しぶりです。

久しぶりの掲示板で気になる話題が取り上げられておりましたので…
私のような未熟者ですが、あくまでも個人的見解からの感想を少し語らせていただけたら幸いです。
(誹謗中傷はご遠慮願います)

まず。
さらりと皆様方ご指摘のYouTube、掲示板投稿、日記を拝見させていただきました。

その上でこの話題に関してですが…
私はその結論に対しての可否はナンセンスだと思います。

理由といたしましては…
個々に世界観があるものに統一性を求めるのは不可能だと思うからです。

SMに関してだけでも世界観はそのパートナーの数だけ違うモノだと思われます。

SM=○○という表現はできないとも思われます。

仮に。
広義に解釈するのならノーマルとアブノーマルに分けられた後者の中にSM。
狭義に解釈していくのならアブノーマルのあらゆるモノの中にあるひとつがSM。

一般的という表現は難しいのですが…
仮に一般的とするのなら、人々の安易な認識の中にSM=縄、蝋燭、鞭といった感覚があるとも思われます。

私も以前はそのようなイメージを抱いておりました。
色ならば赤と黒のイメージを…

しかしながら…
いま私の抱くSMは実のところ先のモノではなく主従関係なのです。
主従関係のプレイの範囲内にそれらの嗜好がと入り入れられているような感覚もあります。

個人的に縄、蝋燭、鞭という分野に興味が抱けないところもあるのですが、それに近いことには興味があるのもまた事実です。

例えは…
縄の代わりに拘束するプレイ。
鞭の代わりに手の平でスパンキングするプレイ。

要は特定の個体として決めつけられないとも感じております。


先に。
文化的、芸術的ともありました。
まさしくこの言葉にも尽きるとも思われます。

文化的。
受け入れられるモノとそうでないモノがあるはずです。
少し反れますが、宗教のそれに近い感覚もあるのではないでしょうか。
嗜好でしょうか。

芸術的。
好むモノとそうでないモノがあるはずです。
美術館で油絵には興味を示すも彫刻には興味が抱けないというような嗜好でしょうか。


また先に。
男と女についてもありましたが…
個人的には男なので男目線からになりますが、人類に2性しかない中で(心の性別はここでは除いて)男が女の美しさを表現する術が、今までの歴史の中であらゆるカタチで生まれ変化しSMという価値観も生まれたのだとも思われます。

拷問でという派生もあるのかもしれませんが、かつてのそれを愛を語る手段として今もなおプレイされているのは時代の流れもあるのではないでしょうか。

SMの世界観に入るのか?あるいはアブノーマルの世界観に留まるのか?
NTR(寝取られ)という願望を持つ旦那様や彼が存在するのもまた事実です。
彼らとの会話やその相手の彼女との会話からは愛の突き詰めたひとつのカタチなんだと実感にいたるのです。
愛おしいからこそに尽きるとも思われます。


話しがあらゆる分野へ飛び火してしまいましたが…

逆にこのような視点・視野からSMという世界観をみつめてみないと本質の近くには添えないとも個人的には感じました。

最後に一喝させていただいくのであれば、本質をわからないモノがとやかく指摘するのはそもそも何をもって指摘しているのか理解に苦しみます。おそらくは極々一般的な性に対する価値観がそうさせているのは察するにわかるところですが…

あらゆる面で自由に解放されカミングアウトできる時代になっているとも思われます。
誰かがこのようなYouTubeの件のようなアクションを起こさなければ一歩踏み出せないという事実もあるのかもしれません。


個人的には昨今のマスコミの在り方には少し違和感を感じております。
有名な話かも知れませんが…
トヨタ自動車社長豊田章男氏が今年の株主総会の席でマスコミについて触れたことはYouTubeのトヨタイムズでも新しいところです。

いまや1億そうメディアです。
ユーチューバーのチャンネルが地上波より興味深い部分もあるでしょう。

時代の流れとともにメディアの在り方も問われているとも思います。

同時にYouTube生配信のケースであれば若者、未成年も閲覧できる環境であれば…
そう思うとM女性願望を持つ若者がいるであろう中で、その芽を摘んでしまうような在り方だけは避けてほしいとも願うばかりです。


長文乱雑失礼いたしました。


2478.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:M女大好き    日付:2020/11/23(月) 6:44
君の青さん
こちらこし、はじめまして、M女大好きと申します。新入りとして、ここに挨拶をさせて頂きます。誠に、勝手ながら、貴方様のコメントを拝見させて戴きました。
一億総メディアというコメントが印象に残りました。また、コメントの後半に書かれていた、文化・芸術に対する見解について、同じようなものを感じさせて戴きました。


2479.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:ゆり    日付:2020/11/23(月) 11:34
緊縛太郎さん、M女大好きさん、君の青さん、こんにちは^^
君の青さん、お久しぶりですね!皆様のコメントを読ませて頂きました。

緊縛太郎さん、あれから冷静にこの事件について考えました。
まず緊縛美ですが、教授の方全部がSではないと思うので、緊縛美というのは着物に縄(アクセサリー感覚?)でもノーマルな人には「美」に見えると思います。罪人の縛りからはすごい進歩です(笑)
でもそれよりも、そのようになった背景の緊縛文化について講義がされたかったのでしょうね。別に緊縛愛好会の生徒さんが縛っても良かったのです。(というのかそのほうが良かったのかもしれません)

M女大好きさん、前の差別についてですが、SMをしている人はどんな人たちかがわからないから差別に繋がると私は思うのですね。レズやゲイという言葉は今は義務教育で教えていますし・・・。
それに私たちは差別されていても普通に生活出来ているので声を上げる必要がないのですね。なので差別されても仕方がないのかなと思います。(私と同じように考えていらっしゃるS男性さんもいます)

美術は私にはわからないのです。例えばミケランジェロのダビデ像。
教科書で覚えるので芸術だと思っても教科書に載っていなかったら、
ただの「わいせつ物」に思えます。その線引きがよくわかりません。
もし美術の巨匠がM女性の緊縛絵を見て「この絵は素晴らしい。」と言ったら、一気に芸術の域に上がるのでしょうね。
外国人の皆さんは「日本のM女」を知るきっかけになると思います。

私が作った話は確かに「世にも不思議な物語」のような感じですね(笑)私なら、その男の子にこう言います「君はSMの才能がないから芸術には見えないんだよ。それは決して悪いことではない。子供にそう思うように押し付けるお母さんが悪いんだよ。」と。女性蔑視にしか見えない人もいますので、私としてはその辺は大らかな気持ちで接したいです。
私の父もSM好きだったかもしれません。M男性っぽいですし・・・(笑)だから気の強い母と結婚したのかな?と今思いました(笑)
M女大好きさんのコメントはいつも「M女性愛」にあふれていますね。
嬉しいですし、心強く思います。

緊縛太郎さん、性の世界におけるマジョリティーとマイノリティーのお話がとても面白く、大変共感しました。
特に日本は産む性以外は悪のように捉えられていますね。それなのに
結婚すると子供を沢山産むことを奨励されて、どこかおかしいですね。

M女大好きさん宛てに書かれたことですが、「マイノリティーになっていることが人生の道標になっていることに思えてならない。」というコメントが、なんて素敵な文章なんだと思って泣いてしまいました。
この言葉がわかっただけでも、このスレッドは良かったです。
私もそのように心掛けたいと思います。
S男性で本当に良かったと書かれた方も初めてのような気がします(多分ですが・・・)
怒られるかもしれませんが、この生配信事件がきっかけで、緊縛太郎さんを知ったことが私には収穫だったので、この事件に感謝しています。

君の青さん、青い字のコメントが懐かしいです^^
思えば色々ありましたね・・・。今も色々な方の悩みの相談をされているのでしょうね。
私も縄、鞭、蝋燭に興味が持てないので、40代までSMを知ることが出来ませんでした。今はネットがあるので知りましたが、YouTubeがあれば
もっと身近に感じられるのでしょうね。
芸術や文化のコメントはM女大好きさんと似ている印象を受けます。

私は絶対ノーマルな人は理解できないと思っていましたが、それは自分の想いに捕らわれ過ぎているのかなとも思いました。
自由に解放されカミングアウトできる時代・・・確かに・・・。
なかなか私にはできないことですが・・・。
私はこのままでもいいと思っているのですが、「私はMよ。」と声をあげても誰もおかしいと思わない時代が来ればいいなとは思います。

今日は誰もいないので、ゆっくり書き込めました。
人の想いや考え方はそれぞれですし、私も勉強になった部分が多くて、やっぱり掲示板の書き込みを読ませて頂くのはいいなと改めて思いました^^
皆様、優しい方々なので、本当に感謝していますm(__)m


2480.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/23(月) 17:10
ゆり さんへ

こんにちは。メッセージを読ませていただきました。イタリアにあるミケランジェロのダヴィデ像はもとはフィレンツェ市庁舎の前にあったそうです。ルネッサンス期を代表する芸術品としては傑作ですが、お役所の前に男性の全裸像があったなんて、今では考えられませんね。しかし、当時の人々はそれをいかがわしいものとは捉えずに、むしろ「宗教からの人間の解放」というルネッサンス期の主題を表すものとして、大いに喜んだのではないでしょうか?

緊縛太郎を知ることが出来たことが収穫だ、なんて言ってもらえて大変恐縮です。SNSの暖かい一面を共有できることがとても嬉しいです。ありがとうございます。


2481.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:ゆり    日付:2020/11/24(火) 15:58
緊縛太郎さん、お返事ありがとうございます。
昨日は考えながら書いたのですが、おかしい部分や抜けている部分もあって書いています。
ダヴィデ像は「宗教からの人間の解放」なのですね。歴史も併せて美術を観ると楽しそうですね。緊縛太郎さんはお好きそうな気がします^^日本では役所の前に男性の裸というのは、すぐ撤去されそうですね。
日本の性と海外の性というのは考え方や在り方が違うような気がします。

昨日書いた「産む性以外は悪に感じる」というところから文章がおかしくなってしまいましたが、どこか日本は「性を楽しむ」ということが悪い感じに私には思えます。性に閉鎖的と言ったらいいのでしょうか?
それなのに少子化を何とかしろみたいな感じは辛いですよね。

緊縛太郎さんが書かれた「S性を持っていて良かった」という文章は何回も読んでいます。こんな考え方があったんだと目から鱗でした。
私は感受性と落ち込みが強くて、あまり人と接したくないのです。人が怖いというか・・・。
SMも身体の疼きが止まらない時があるので、SMのブログを見てしまいますが、頭の中ではどこか「私はMではない」と拒否反応しているのです。
それは自分がM女と思われたら、親、夫、息子から変人扱いされるのではないかという恐怖心からです。(特に息子に知られるのが一番辛いです)
世間の人ともSMの世界にも馴染めない自分が悲しくなってきて「心溶かれて」という心の叫びのような言葉が出てしまいました。
でもマジョリティーの人は人数が多いだけで、性格がきつい人、傲慢な人、変な人一杯いますよね。
私も自分のM性と感受性をなるべく良い方向に捉えていきたいと思いました。

M女大好きさんも君の青さんもSMは深い愛情ということを書かれていて、本当にそうだなと思います。
君の青さんは、実際に性について悩まれている方々をご存じですよね。結構いらっしゃるのかなと思います。
どこかに「変態夫婦は長く一緒にいられる」と書いてありました。
同じ性癖を持つご夫婦が羨ましいです。うちは今後も主人とはレス状態が続くと思います。
コメントの「SMの世界観から見る」ということ、「自由に解放」という言葉が頭の中に残りました。世間の人からは変態と言われてもアブノーマルの人のほうが性を楽しめて得ですよね。なんといっても人生100年時代なのですから・・・。
これからもこんなことを書いていきますので、また教えてくださいね。

M女大好きさん、差別についてですが「私はレズではなくてM女でよかった」と思うことがあります。これも一種の差別ですよね。
女の人と結婚という表立ったことが嫌なのです。でも現在、世間の人から認められて、その方たちの満足そうな顔を見たり、どれだけ今まで辛かったかをテレビで語る人がいたら「私は満足もしていないし、こんな公の場所でも辛さを話せない。」と思うのです。
SMのことを世間には知られたくないけど、そのせいで自分も辛いし、
何とも言えない歯がゆい気持ちになります。
昔の人はもっと我慢されていたのでしょうね。日本は「村八分」という言葉があるように、他と違っていたら多数の人に合わせないといけなかったと思うので・・・。
YouTubeの進出で、ちょうどM女大好きさんと私が古い今までの時代と、
これからの新しい時代の境目になっているような気がしますね。

また長くなって申し訳ありませんでした。書いて伝えるということは
本当に難しいですね^^;


2482.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:M女大好き    日付:2020/11/25(水) 7:51
緊縛太郎さん、ゆりさん、おはようございます。朝4時に起きて書いています。これは行き過ぎ。早起きが過ぎますねぇ(^^)
最近、嫌なことや腹の立つことが続き、考えがまとまらなくなっていたので、少少凹んでいました。
ですが、私に対する、ゆりさんの温かいコメントに励まれて、どうにかパソコンの前に座ることが出来ました。ありがとうございます。
さて、緊縛太郎さんのコメントにありました、ダヴィデ像が庁舎前にあったことを初めて知りました。文化復興大革命期というべき、ルネッサンス時代が成し得たこと、当時であっても、斬新と思われ、ヨーロッパだったからこそ建てることが出来たと思います。これが中国や日本などでは、出来なかったことでしょう。良い物は良いといえる、戦って自由を獲得してきた西洋だから出来た事象のように感じます。
また、ゆりさんが仰っています、誰が評価するのか、だれが論評したのか、それで物の価値や良否が決定される、決定されてしまう。その通りですねぇ。そうなってしまうのは、致し方が無いでしょう。巨匠らしい人が言えば世論が引っ張られる。一面に於いて、迎合します。オピニオンリーダー的な存在も大事です。ですが、彼らに、文化の価値基準を全て委譲してもいないので、ある面では違和感を覚えます。(うまく言えませんが)
自然発生的に産まれた物や概念が暗黙で認知されて、文化となって行くことがあっても良いな、そう思います。ひとりひとりが、マスコミになれる時代が来たので、いつしか無名な人が巨匠の概念を覆せる時が来るかも知れません。
話を主題にリバースしますが、わたしは、多くの方々にSMの愛好者になってほしいとは思っていません。人を卑しめたり、傷付けたりしない限り、公で講義したり表現する自由は確保すべきではと申し上げたかったのです。講義した表現者の発信を停止に追込んだことは、異種なものを排除することに等しく、少しづつでも、良いので、マイノリティーの行為や考えも理解して頂き、こうした停止に追込むようなことの無い社会になってほしい。SMや緊縛行為を妖しげな卑しいものとして一括りにすることは、その行為自体を裏側へ追いやり、かえって危ない状態にしてしまう。そんな気がします。文化や美を表現する緊縛もあって良い。遊びや被虐性欲や感情を満足する、させる行為があっても良い。恥ずかしい行為を見られて興奮する人もいるでしょう、そうした方の脳を満足する行為があっても良い。視覚的に楽しむ、楽しめるビジュアルがあっても良い。そんな風に寛容で幅を持った世論に変わって行くことを願っています。云うに及ばないことですが、あらためて申し上げます。嫌がる人を縛ったり、叩いたり、脱がしたりすることは、犯罪なので、これは絶対にやってはいけません。駄目です。


2483.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:ゆり    日付:2020/11/25(水) 16:22
M女大好きさん、朝早くから、ご返信ありがとうございます。
お仕事お疲れ様です。嫌なこと、腹が立つことは沢山ありますよね。
私は人間関係が主ですが「何でこんな言い方するんだろう。」「どうしたらこういうことが出来るの?(悪い意味で)」と人を見て思うことは多々あります。私の年齢より年配の人に多いです。
M女大好きさん、ゆっくり休憩されて少しでも元気になって頂きたいです。

私も巨匠の人が「この絵がすごいから」と言って、その絵が有名になっても自分が好きでなければ違和感しか感じません。そしてそれでいいと思います。
私はピアノが好きで「もっと上手になりたい。」と思い、県内の著名なピアノの先生に習いに行ったことがあります。その先生は音大で日本の名高いピアニストの方に習ったそうです。
でも期待とは逆で、この先生とは全く合わないと思いました。ということは「私には全く音楽が理解できていないのか」と、ものすごく悩みました。
でも自分にはどうしても先生の弾くピアノや考え方が受け付けなくなって半年も絶たずに辞めてしまいました。
話がそれてしまってごめんなさい。そんなこともあって「緊縛美」といっても観る人によって様々だということを言いたかったのですね。
縛られる人を見て心理的に受け付けない人もきっといますからね。

M女大好きさんのコメントが「自分と考えがどこかズレているような感じがする。」と失礼ながら思っていましたが(すみませんm(__)m)、やっとわかりました。
私も動画配信の廃止のこと、大変共感します。確かに一方的な圧力は怖いです。書いてはいけないのかもしれませんが、戦争のことを思い出します。
私は私でYouTubeで誰でも公の場に出られるようになって顔も覚えてもらえる一方で、危険な事件も多発していることもあって、こんなことは辞めればいいのにと思ったのです。
話せば簡単なのですが、書くのは難しいですね。何回も同じことを書いていますが・・・^^;

明日は私も4時前に起きます(涙)。M女大好きさん、お仕事大変だと思いますが、あまりストレスをためられませんように・・・。
皆様、寒くなってきましたので、お身体にお気をつけ下さいね。


2484.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:緊縛太郎    日付:2020/11/26(木) 17:4
ゆり さんへ

どうも、こんにちは。緊縛太郎です。メッセージの中でゆりさんは「私はMではない。」と拒否反応を起こしてしまう、とありました。確かに、マイノリティーに対する世間の目を考えると、躊躇してしまいますよね。しかし、ゆりさんがMであること、つまりマイノリティーであることは何ら恥ずべきことではないと思います。私はありのままの自分を受け入れることが大切だと考えています。

ゆり さん と M女大好き さんへ

世の中には変わった性の形を持つ人がいます。

例えば、対物性愛者。とある対物性愛者の女性はベルリンの壁と結婚したそうです。(1989年にベルリンの壁が崩壊したときはどのような気持ちだったのでしょうか?冷戦終結への一筋の光として群衆が喜ぶ一方、悲しい気持ちになったのではないでしょうか?)
他にも、エッフェル塔と結婚した女性もいます。

動物性愛者。オーストラリアに住む、とある男性は飼い犬と結婚したそうです。

上記に挙げた以外にも、小児性愛者や死体性愛者などが有名です。

これらは極端な例ではありますが、性的嗜好と性的指向に関して考えるときに、外せないものとなります。

一体、我々の考える「普通」とは何なのでしょうか?


2485.Re: 京都大学緊縛映像YouTube生配信事件
名前:M女大好き    日付:2020/11/27(金) 6:30
励ましのコメントを頂き、ありがとうございます。ゆりさん。貴女さまも早朝から大変です。ご苦労さまですm(_ _)m  生きていれば、悩みは尽きません。悩み苦しむことが生きることそのものなのでしょう。いまの若者世代は弱すぎます。どうなる日本!属国なる日が来ないことを祈ります。
少し、休んだら、拙作紹介文を綴りますので、ご覧下さい。
緊縛太郎さんへ 物や動物と結婚した人がいること初めて知りました。私の脳では、なかなか理解出来ませんが、例えて云うならば、バーチャル画像や漫画の女の子を可愛いと思える、そうした意識概念なのでしょうか? 感覚としては分らないことです。それでも、人様に迷惑を掛けている訳ではないので、愛する対象として何を選択するのかは自由と思います。普通って、多くの人が皆々そう思うよねぇ。その程度で曖昧なもの。また、常識は普通よりも圧力的で、押しつけ概念があるように思います。押し並べて、普通も常識も絶対値では無く、時代や場所で変わって行く。変わってしまう。可変するものだと思います。


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